【アクチュアリー】
保険や年金から経営管理まで多岐にわたる活動分野
確率・統計で将来を測り、リスクに備える
米求人サイトの「CareerCast」が、全米200種類の職業の中から、労働環境や収入面などを総合的に評価して選んだ2015年の職業ランキング(The Best Jobs of 2015)において、堂々1位にランキングされたのは、日本ではあまりなじみのない職種だった。「アクチュアリー」――確率・統計などの手法を用いて不確定な事象を扱う保険数理・年金数理のプロフェッショナルである。「人生、一寸先は闇」とよく言われるが、変化の激しい時代だからこそ、予測し難い将来を予測する知恵とスキルに、なおさら期待が集まっているのかもしれない。
始まりはイギリス、万一の不幸を支え合う仕組みから
「いつ起こるかはわからないけれど、確実に起こる出来事」といえば、何を思い浮かべるか。現在の日本なら“大地震”を連想する人も多いだろう。しかし古今東西を問わず、万人に共通するのは“死”に違いない。17世紀の英国・ロンドンのある地域で、仲間に万が一の不幸があっても葬式代や遺族の生活保障が賄えるよう、皆で毎月一定額を集める互助制度が生まれた。誰かが亡くなるたびに組合員が減り、若い組合員たちの負担が増したため、この制度は10年ほどで廃止されたが、その数十年後、同じ英国で、今度は若者も高齢者も一律の料金を支払うのではなく、加入者の年齢や加入年数に応じて月々の支払額が変わるという新しいシステムが考案された。近代的な生命保険の始まりである。これを事業化する過程で、必要不可欠な職種として生まれたのが、適正かつ合理的な保険料を計算するために、確率論や統計学から当時の死亡率を解析し、個々の加入者のリスクを測定する専門家。彼らこそが、世界で初めて「アクチュアリー」と呼ばれた人々だ。
「アクチュアリー」とは、確率や統計などの数学的手法を用いて、将来のリスクや不確実性の分析・評価を行うプロフェッショナルのことで、上述のように保険分野で成立・発展した経緯から、日本語では「保険数理士」や「保険数理人」などと訳される。個人にとっても、組織や社会にとっても、将来はたえず不確定。希望もあれば、万一のリスクもつきまとい、そうしたリスクが顕在化すれば、人々は精神的・経済的に多大な負担を強いられる。人の寿命や病気、事故に至る確率など、予測し難い将来の出来事の発生確率を膨大なデータに基づいて評価し、どうすればそのリスクを軽減できるのか、あるいは顕在化したリスクの影響にどう対応すればいいのか、というところまで知恵を絞るのが「アクチュアリー」の役割だといっていい。
伝統的にアクチュアリーが活躍する業界は「生保、損保、年金」の三分野。生命保険会社、損害保険会社、信託銀行の年金部門、社会保険を担当する官公庁(厚生省、厚生労働省、公的共済組織等)などに所属して、保険・年金の料率設定や決算などに関わる保険数理・年金数理業務をはじめ、商品開発やリスク管理分析、長期計画策定に携わっている人が多い。しかし、近年は伝統的な分野だけでなく、企業の経営管理やリスクマネジメントなどの場面においても需要が高まりつつある。例えばM&Aに際して、相手企業の価値を評価したり、市場リスクを予測したりするなど、高度な専門知識を有するアクチュアリーが求められるフィールドは拡大する一方だ。外部コンサルタントとして保険会社などの収益管理に関するコンサルティングを行うアクチュアリーや、監査法人に所属して中立的な立場から外部監査に携わるアクチュアリーも増加中。米国では日本に比べ、コンサルティング会社で働くアクチュアリーの割合が多いという。
資格取得までの道のりは長く険しい、働きながら勉強を
具体的な業務の内容としては、死亡率、自殺率、事故率、伝染病、天候、国の景気、災害の確率、政治・経済情勢などのデータをもとに、確率論・統計学を用いて将来起こり得る事象を予測し、おもに保険や年金に関わる諸問題を解決する。保険事業や年金制度においては、アクチュアリーが適正な掛け金や支払い金を算出することによって、財政の健全性と制度の公正な運営が担保される半面、わずか10円でも価格設定が違うと、将来的には会社の収益もしくは損益に何千万円、何億円という違いを生む可能性もあるため、リスクの分析・評価には慎重の上にも慎重を期さなければならない。また、保険や年金に関わる数字は、事業者の将来だけでなく、加入者の人生も左右するだけに、人々の将来に安心をもたらし社会を下支えする責任とやりがいはきわめて大きいといえるだろう。一般的にあまりなじみのないアクチュアリーが、海外では国際的な専門職として高い評価を受けているゆえんである。
日本において「アクチュアリーになる」とは、公益社団法人日本アクチュアリー会の正会員になることを意味する。正会員の資格を得るためには、日本アクチュアリー会が実施する資格試験の全科目合格と、プロフェッショナリズム研修の受講が必須条件で、資格試験は「第1次試験(基礎科目)」5科目と「第2次試験(専門科目)」2科目の計7科目から成るが、実際に全科目を合格するまでには平均で8年~9年かかると言われ、資格試験の中でも最難関として挙げられることが多い。生半可な知識や経験では到底太刀打ちできないため、まずは生命保険会社や損害保険会社、信託銀行などに就職して実務経験を重ねながら、試験勉強を続けるのが一般的なパターンである。
アクチュアリーを目指すなら当然、「数字や計算に強いこと」は基本的な適性として欠かせない。また上述のように、資格取得までの道のりは長く、険しく、ほとんどの人は働きながら試験勉強を続けることになるので、何よりも目標に向かってコツコツと努力する強い気持ちと根気強さが求められる。
圧倒的な“売り手市場”、年収1000万円以上も期待できる
アクチュアリーの資格試験には年齢制限はないが、最も早くて「大学3年生(4年制大学において、休学期間を除き2年以上在学し、かつ62単位以上の単位を修得した学生)」から受験可能となる。第1次試験では「数学」「生保数理」「損保数理」「年金数理」「会計・経済・投資理論」の計5科目が出題され、全科目合格した人のみが第2次試験に進める。第2次試験では「生保コース」「損保コース」「年金コース」の三つから一つを選択、アクチュアリーとしての実務を行う上で必要な専門知識および問題解決能力が判定される。一度にすべての科目に合格する必要はなく、毎年一科目ずつ受けていく方法もあるが、それでも5年で第1次試験を突破できれば早い方だという。合格により近づくためにも、保険関連などに就職する場合には、アクチュアリー業務に関係する部署への配属を目指すのが望ましい。実践的な知識や経験が得られるのはもちろん、そうした職場では、試験対策のための講座受講費の助成や、複数の科目に合格すると給与面で優遇されるなど、会社の支援が期待できるケースが多いからである。
日本アクチュアリー会の発表によると、2015年度末時点で、アクチュアリーの有資格者数(正会員数)は1514名と、米国の15分の1にも満たない。需要は年々高まっているものの、弁護士や会計士など他の専門職と比べてもまだまだ不足している状態だ。そのため、企業では給料や待遇面で優遇されやすく、国内企業で年収1000万円を超える人も少なくない。外資系企業の場合は、2000万円〜3000万円以上になることもあるという。
この仕事のポイント
やりがい | 人々の将来に安心をもたらし社会を下支えする |
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就く方法 | 日本アクチュアリー会が実施する資格試験の全科目合格と、プロフェッショナリズム研修の受講が必須条件 合格までに平均で8年~9年かかるため、生命保険会社や損害保険会社、信託銀行などに就職して実務経験を重ねながら、試験勉強を続ける |
必要な適性・能力 | ・数字や計算に強いこと ・目標に向かってコツコツと努力する強い気持ちと根気強さ |
収入 | 国内企業で年収1000万円を超える人も少なくない外資系企業の場合は、2000万円〜3000万円以上になることも |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。