ボディーガード
大切な人を危険な目に遭わせない!
“安全がタダではない”時代に需要拡大の予感
屈強な肉体に周囲を威圧する鋭い眼光、要人にひとたび危機が迫れば体を張って守り抜く――映画やテレビドラマでよく描かれるせいか、ボディーガードといえば、カッコいいイメージが定番だ。しかし職業としての実態は、謎に包まれている。ボディーガードは、具体的にどのように仕事をしているのか。治安悪化を背景に、一般向けのストーカー対策としても注目される民間ボディーガードは、SP(セキュリティポリス)とどう違うのか。“人が人を護る”仕事の知られざる本質に迫る。
なぜSPは上着のボタンをいつも外しているのか
ボディーガードとは、政府首脳や国賓、会社役員、著名人などの要人から、海外の危険地帯に出向くビジネスパーソン、ストーカー被害者まで、さまざまな危険にさらされている人物の身辺を警護するスペシャリスト、およびその職業を指す総称である。日本で、一般にボディーガードと呼ばれる仕事にたずさわる道は、大きく官・民二つの領域に分かれる。前者は、国家公務員の警察官や特別司法警察職員となり、専門部署に所属する方法。いわゆるセキュリティポリスや天皇・皇族の護衛にあたる皇宮護衛官、暴力団から危害を受ける恐れのある人を警護する身辺警戒員などがこれにあたる。また後者は、身辺警護を請け負う民間の警備会社などに就職したり、私立探偵業の一環として個人で行ったりする方法である。
セキュリティポリス、通称“SP”は警視庁警備部警護課に所属し、政府首脳や国賓などのボディーガードに専従する警察官のみを指す。要人のそばを片時も離れず身辺に目を光らせるSPの姿は、ニュースなどを見るとすぐにそれと分かるが、じつはかつての要人警護はもっと目立たない形で行われていた。1975年に佐藤栄作元首相の国民葬で、当時の三木武夫首相が暴漢に殴打される事件が発生。これをきっかけに、SPが前面に立つ現在のスタイルに転換されたという。ちなみに、SPがスーツの上着のボタンをつねに外しているのは、いざというときに拳銃などの装備品をすばやく取り出すためである。
一方、民間のボディーガードは、日本では警備業について定めた警備業法第二条一項四号により、警備業務の一つとして規定されている。警備業界でボディーガード業が“四号業務”と呼ばれるのはそのためだ。したがって、法人、個人とも各都道府県の公安委員会の認定がなければ、これを職業にすることはできない。身分はあくまで民間の警備員であり、現行犯でない逮捕や身体捜検、車両による緊急走行といった、警察官に認められている法的特権は一切有しない。警護の方法にも警備業法による制約が課せられ、装備品は警察の許可を得た特殊警棒やフラッシュライト、防刃ベストなど、非殺傷性の護身具に限られている。
それでも、SPや警察の保護対象とならない要人や財界、芸能界の著名人が、不測の事態に備えて、民間のボディーガードを雇用しているケースは少なくない。また近年は、ストーカー被害の急増をはじめ、体感治安の悪化が社会問題になっていることから、一般の人々の間にもボディーガードに対する潜在的な需要が高まっている。貴重品や多額の現金を持っての移動の際、トラブルやもめ事の交渉時、海外出張への同行など、身辺警護の用途は身近な日常にまでおよび、しかも多岐にわたっているのだ。
デキるボディーガードは体を張らない!?
テレビドラマや映画の影響で、ボディーガードというと、屈強で腕っ節のたつ格闘の達人、といったイメージを持つ人が多いのではないだろうか。もちろん腕力や武術のスキルは重要な要素の一つだが、そうした目に見える“武器”だけでは、身辺警護の任は果たせない。官・民を問わず、ボディーガードの仕事の本旨は、保護対象の人物を「危険な目に遭わせないこと」にあるからだ。いざとなったら、自分の体を張って依頼人を守るのは当然だが、そもそも体を張らなければいけないような窮地に陥らないために、想定外を想定し、危険そのものを可能なかぎり排除する――予防的・防御的な準備行動こそがまず優先されるのである。
たとえばSPは、要人がトイレに入るときも、警護のために中までついていくのだろうか?答えは、NOである。事前にトイレの中や周辺に不審者が潜んでいないか、不審物が置かれていないかを徹底的に確認しておくことのほうが、はるかに重要であるのは論をまたない。したがって、基本的な適性としては、状況を的確に見極める判断力や観察力、危機管理能力などが何よりも求められるのである。また、依頼人に安心感を与えるためには、態度や姿勢の面でも、物事に動じない胆力や落ち着き、実直かつ献身的な物腰が欠かせない。
もちろん女性にも十分できる仕事であり、現に、SPには女性警察官がいる。民間でも警護される側が女性や子供の場合は、警護する側も女性が求められることが多く、女性のボディーガードの需要はむしろ高まっているのが現状だ。
公僕の警察官であれ、民間の警備員であれ、身の危険を感じている保護対象者にとっては、ボディーガードの存在が自らを守る“最後の砦”である。それだけに責任はきわめて重いが、やりがいも大きい。大切な人を護りたい――心からそう思える人ならば、任務をまっとうし、緊張と重圧から解放された暁には、この上ない充実感が得られるに違いない。
腕力だけではダメ、幅広い知識・スキルの習得が必須
厳しい条件をクリアし、厳しい講習で鍛え抜かれたものだけが、SPとなることができる。
学歴や経験は特に問われないが、一人前のボディーカードとして実際に働けるようになるまでの道のりはけっしてたやすくない。SPになるには、まず警察官であること。身長173cm以上、柔道または剣道三段以上、けん銃操法は上級でなければならない。強健な心身と機敏な動きも求められる。そうした条件を満たし、所属長の推薦を得た候補者が、一定期間の講習を受け、さらに選抜されてSPとなるのだ。
民間でも、さまざまな専門知識や技術を身につけなければ、ボディーガード業は行えない。具体的には、セキュリティに関する基本的な心構えから、警護理論やテロ対策、警備計画作成のための情報収集方法、警護の基本動作としての視線の動かし方や歩行訓練、護身術、車輛の運転技術・乗降訓練、さらには法律に関する知識や応急手当法、英会話に各種マナーまで――必要なスキルはきわめて幅広い。これらを身辺警護専門のスクールや養成所で学び、その上でボディーガード部門を持つ警備会社や探偵社などに就職するのが、進路としては一般的だろう。最近は、自前の教育研修制度を用意している会社もあるので、入社してから、それらの知識や技術を習得していくことも可能。実践経験を積めば、独立開業や登録社員として手広く仕事をしていく道も開ける。
収入については、危険がともなう仕事ということもあり、民間の場合、時給で3000円~7000円前後が相場となっているようだ。「水と安全はタダ」――それは日本人にとっても、すでに過去の常識となりつつある。これからの日本の治安は、警察力の向上だけでなく、人が人を護る民間ボディーガードの普及と育成にかかっているのかもしれない。
※本内容は2015年6月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | 大切な人を護りきる充実感 |
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就く方法 | SP:警察官の中で条件を満たしたものからさらに選抜 ボディーガード:スクールや養成所で専門知識・技術を身につけ就職 |
必要な適性・能力 | ・状況を的確に見極める判断力や観察力、危機管理能力 ・物事に動じない胆力や落ち着き、実直かつ献身的な物腰 |
収入 | 時給3000円~7000円前後(民間) |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。