タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第8回】
ウィズコロナのいま、求められるキャリア開発支援とは?
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアン・ゼミも第8回を迎えました。緊急事態宣言もあけて、日常の暮らしが戻ってきていますね。これからの働き方は、新型コロナ禍で一気に導入の進んだテレワークと、職場での対面ワークとの「ハイブリッド・ワーク」になっていきますね。
さて、質問です。
Q. あなたは自らどのようにキャリア開発をしていますか?
人事としてどのようなキャリア開発支援をおこなっていますか?
いかがでしょうか?
今回は、ウィズコロナの時代に必要な「キャリア開発(Career Development)」について考えていきます。「キャリア開発」とは、「キャリア(Career)」と「開発(Development)」を掛け合わせた言葉です。
キャリア(Career)という言葉は、よく耳にするようになりましたね。「人生100年時代のキャリア」という文言をみる機会が新聞紙面やネット記事でも増え、キャリアという言葉が意味する内容も、近年、広く認識されるようになってきました。
キャリアとは、ビジネスの実績や成果のみを指すのではなく、働き方や生き方の全てを含む「軌跡」を意味します。「軌跡」というと「これまでたどってきた道=過去」のことが想起されると思います。しかしキャリアでは、「これからたどっていく道=未来」のことも考えていきます。
つまり、キャリアとは「過去」―「現在」―「未来」をつなぐ「軌跡」として理解しておくようにしましょう。プロティアン・ゼミでもこのキャリアの視座に基づき、これまでを振り返り、今を見つめ、これからどうしていくかを連続性の中で捉えてきました。
一方で、開発(Development)という言葉は、システム開発、事業開発、土地開発など、さまざまな日常的場面で用いられています。開発は「何かを創り上げていく」という「プロセス=過程」に重きが置かれた言葉として用いられていますね。キャリアの考え方にひきつけて述べるなら、ただ単に「これからたどっていく道」をイメージするだけでなく、「より良くしていくための道」を構想していく手段が開発になるのです。
「過去」―「現在」―「未来」の軌跡からなる「キャリア」と、これから「何かを具体的に創造」していくという「開発」という言葉をかけあわせているのが「キャリア開発」です。
キャリア開発には、次の二点の狙いがあるのです。
(1)あなた個人がこれまで培ってきたビジネス経験を活かして、これからのキャリア形成をより良くしていくこと
(2)組織があなたのビジネスパフォーマンスを恒常的に上げていくこと
つまり、キャリア開発とは、<個人と組織>をつなぐ実践的な考え方なのです。
このようにキャリア開発を難しく捉える必要はありません。あなた自身がこれからの自分自身のことを企業に任せないこと。自ら主導権を握りキャリア形成をしていくための方法としてひとまず、イメージを膨らませておいてください。
誤解をしてはならないのは、次の点です。
キャリア開発とは、自分だけよければそれでいい、というような身勝手な考え方ではありません。組織にキャリアを預けないとしても、まずは、いま雇用されている職場であなた自身がベストなパフォーマンスを発揮するための準備であり、心構えであり、具体的な取り組みなのです。
言い方を変えるなら、「あなたらしさをしっかりと発揮しながら、組織内での関係性も大切にしながら働き続けていく」手助けとなるのが、「キャリア開発」なのです。
個人視点からのキャリア開発
個人の視点からのキャリア開発を考えるときに、参考になるのが「キャリア自律」という考え方です。
キャリア自律とは、社会変化に適合し、自ら主体的にキャリア開発をしていく継続行為の総体です。例えば、ミドルシニアのキャリアは定年後の生活の安定について考慮しておく必要があります。「ポストオフになり初めて給与明細を見たときのショックは大きかった」と、多くの当事者が心境を口にします。自ら主体的に成長していく意志を持ち、個人が自らのキャリア開発を理解し、主体的に準備・行動することが望まれています。
企業視点からのキャリア開発
キャリア開発は、組織が社内で実施する人材開発に加えて、個人が主体的に能力を高めていく行為の両方を含んでいます。
個人が主体的にキャリア開発について向き合うきっかけとなるキャリア開発研修は、入社後、定期的に実施されているわけではありません。これまでは新入社員研修や、階層別研修として実施されてきました。
日本的経営が歴史的転換を迎える今、社内教育制度も当然変化していかなければなりません。ですが、企業においては若手、中堅までを対象とした研修が依然として多いのです。キャリア中期からキャリア後期の研修が手薄なのです。それぞれの年代での役割・責任を明確にしたうえで、人生100年時代のキャリア開発を構築していかなければなりません。
個人にとっても、企業や組織に自らが雇用され得るに有能な人材として認められて評価され、自らの雇用を引き続き確保することは、何よりも重要課題です。その支援者として、企業・組織のインフラを社会と組織内部に作るべきと強調していますが、まだまだ道半ばです。
従業員個人がキャリアオーナーシップを持ち、社内外の広い選択肢を視野に入れてキャリア開発をすることが必要です。従来は入社後の終身雇用が前提であり、キャリアは会社が作ってくれますが、景気の悪化に対応できない、定年後は再雇用しか道がない、という制度設計でした。
しかしウィズコロナの時代には、「従業員は組織にキャリアを預けず、自らキャリアを開発する」「組織は社員のキャリア開発を支援する制度を整えていく」ことが必要です。
キャリア開発のきっかけ
キャリア開発は、次のような声を耳にしたときがスタートです。
「実務担当者となり、挫折感を抱いている」
「仕事の変化に困惑し、不満を募らせている」
「仕事がマンネリ化して、面白さや興味が見つけづらい」
「責任がなくなり、リーダーシップを発揮できない喪失感がある」
「会社に対する信頼や愛着が薄れ、会社からの期待や自分の存在価値や意義が見つけにくくなった」
これらは、ミドルシニア世代の心の内を代弁した語りです。サニー・ハンセンは著書『キャリア開発と統合的ライフ・プランニング』(2013)の中で、不確実な今を生きるための重要課題として次の六つをあげています。
(1)変化するグローバルな文脈の中でなすべき仕事を見つける
(2)人生を意味ある全体の中に織り込む
(3)家庭と仕事をつなぐ
(4)多元性と包含性に価値を置く
(5)スピリチュアリティと人生の目的を探求する
(6)個人の転換と組織の変化のマネジメント
大きく変化している社会において、個人のキャリア発達と組織のキャリア開発の相互作用が不可欠なのです。
しかし、未だに特定の組織内でのキャリア(Organizational Career)を中心に考える人が少なくありません。個人のキャリア開発までを組織に委ねた弊害が未だに解消されていないのです。
「発達(development)」は個人においては言葉通りの発達、組織においては「開発」を指します。個人と組織のdevelopmentが問われています。
ウィズコロナの幕開けは、キャリア開発の個人の取り組みを見直し、組織としても新たな人事施策を構築していく良きタイミングです。個人で今すぐ始めることができるキャリア開発については、第5回のゼミで取り上げています。
組織での取り組みについては、NTTコミュニケーションズ社のキャリア開発支援の事例を書籍『ビジトレ』にまとめました。参考にしてみてください。
キャリア開発とは、形式的なプログラムではありません。変化に適合するビジネスシーンの現場で必要とされるきわめて実践的なアップデートなのです。
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を18社歴任。新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。