HR業界TOPインタビュー「人・組織」ビジネスを牽引する希代の経営者

株式会社MS-Japan 代表取締役社長

有本 隆浩さん

感性を研ぎ澄ませて時代の流れを読み、あとは行動あるのみ――
「管理部門特化型」の人材紹介で市場を創造

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株式会社MS-Japan 代表取締役社長 有本 隆浩さん

2016年12月、株式会社MS-Japanは、東証マザーズ市場への株式上場を果たしました。人材紹介会社としてはきわめてユニークな「管理部門に特化する」戦略によって、業界屈指の高収益・高付加価値を実現。着実に業績を伸ばしている注目の企業です。同社が現在の中核事業である人材紹介ビジネスに進出したきっかけは、1990年のバブル崩壊とそれに続く景気後退によって、それまでの求人情報誌を中心とした事業が大幅な縮小を余儀なくされたことにあったといいます。そのピンチを今に続くチャンスに変えたのが、同社の創業者、代表取締役社長の有本隆浩さん。リクルートのトップ営業として数々の記録を塗り替え、20代で独立・起業。独自の発想力でゼロからビジネスをつくり上げ、時代の変化を新たなビジネス創造のチャンスとしてきました。その成功のバックグラウンド、ビジネスや経営に対する考え方、さらにはこれから取り組む新しい事業の展望、将来の夢などについて詳しくお聞きしました。

プロフィール

有本 隆浩(ありもと・たかひろ)●1961年、大阪生まれ大阪育ち。実家が商売を営む環境で商売のいろはを学び幼心に将来の事業家の夢をみる。1984年、大学卒業後将来の独立を志し、株式会社リクルート入社。新卒採用の営業活動で多数の経営トップとの出会いにより経営を学び、企業の将来あるべき姿を明確にし、未来ビジョン構築と求める人材採用の提案活動に従事。人材を通じ会社が変わり未来に向かい成長し躍動していくことを体感。1989年、リクルート事件を皮切りに社会経済の混乱期に遭遇。1990年、企業創業の夢を実現し企業と人のより良い出会いを創造するために28歳で株式会社日本MSセンター(現社名:株式会社MS-Japan)を設立。世にないニッチ事業を展開し、オンリーワン企業を実現。

いつも自分で「商売」することを考えていた

―― ご自身で起業するというイメージはいつ頃から持っていらっしゃったのでしょうか。

実家は、私が生まれた当時で、もう150年も続いていた商売の家でした。大阪の郊外の駅前にあり、祖父の時代には「有本百貨店」という名前だったようです。といってもデパートではなく、扱っていたのは日用雑貨。父の頃にはカメラ屋、本屋、たばこ屋など、いくつもの店が4階建てのビルに入っていました。それを家族で経営していて、年中無休です。朝の6時には本が搬入されてくるので、毎朝5時に起床。駅前で通勤客がいるから、夜は11時まで店を開けていました。その後に夕食です。4人きょうだいですが、男は私一人だけ。まだ幼稚園にも行かない頃から、子供心に「この家を継ぐのは自分だろうけど、嫌だなあ」と思っていました。休みはないし、遊びにも行けませんでしたからね。

ただ、小さい頃から店の手伝いをして「商売」の面白さを知ったことは間違いありません。本を売ったらいくら、たばこを売ったらいくらもうかる、といったことを、小学校にも上がらないうちから計算していました。学校では、算数だけ常にクラスで一番。まさに環境のおかげでしょうね。でも、家は継ぎたくないと思っていたので、高校、大学と父とはずっとぶつかっていました。サラリーマンの生活を知らないので、家を継がないなら自分で商売をしなければいけないけれど、何の商売をしようか、ということをずっと考えていました。

―― 就職先は、将来の起業に向けて、役立つ会社ということで選ばれたのですか。

商売をしたいというぼんやりした思いはありましたが、学生時代はサークルをつくって夏はサーフィン、冬はスキーと学生生活を思いっきり楽しんでました。要領良く大学2年生までにゼミ以外の単位を全部取ってしまって、余った時間色々な事にチャレンジする超行動派の学生でした。ところが、4年生になっても就職の準備もしないでいたら、秋の就職活動シーズンに体をこわして入院することになってしまったんです。退院したときには、もう採用活動のピークは過ぎていました。

株式会社MS-Japan 代表取締役社長 有本 隆浩さん インタビュー photo

そのあと、就職活動を開始するわけですが、新卒で入社したのは、たまたま最初の会社訪問で熱心に誘ってくれた食品会社でした。新入社員は、まず百貨店に派遣されて、地下の食品売り場でワゴンセールをやらされるんです。そんなのは子どもの頃からやってますから、もう得意中の得意ですよ。売り場に来た顧客に商品を売り込んであっという間に商品を完売してしまう。どこの百貨店に行ってもすぐに完売。「こんなやつは初めてだ」ということで営業部長が飛んできて、研修が終わったところで正式に営業部に配属されました。

「さあ、本格的に営業できるぞ」と思ったら、朝の4時に出社し、伊丹空港に機内食を納入する仕事。面白くないので、納入の帰りに勝手にいろいろな会社を回って営業することにしました。1週間も経たないうちに、大手製薬会社の本社から、私あてに見積もり依頼の電話がかかってきました。もう会社中が大騒ぎですよ。ただ、そのときにはもっと手応えのある仕事ができる会社に移りたいという気持ちが固まっていました。社長から直々に説得されましたが、10ヵ月ほどで転職することになりました。

―― いよいよ現在のビジネスにもつながるリクルートに入社されるわけですね。

当時、リクルートは「日本リクルートセンター」という社名でした。同社の求人広告に「社長に営業できる仕事」と書いてあったのを見て、「自分がやりたかったのはこれだ!」と思いましたね。入社後に採用された理由を聞いたら、「300人くらいの応募者の中でいちばん元気が良かったから」と言われました。とにかく負けず嫌いでギラギラしてましたし、SPIテストも外向性の数値が振り切れていたらしいです。

出社初日に売上目標をもらうと同時に、マネジャーに質問しました。「今、いちばん売れている人は誰ですか?」。当時のトップ営業の名前を教えてもらって、その人にその場で電話したんです。「今日入社しました。これから毎月私と売上で勝負しませんか?」。当時のリクルートブックの営業部隊は、旧帝大クラスの出身者がごろごろいるエリート事業部です。そこのトップ営業に入社初日の新人がケンカを売ったわけです。そんな人間だったんです。でも勝負師ですからね。「絶対に勝ってやる。勝てる」と思っていました。


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