「キャリアアドバイザー」を活用することで、
組織の活性化と個人のキャリア自律の統合を図る
慶應義塾大学総合政策学部教授 同大学キャリアリソースラボラトリー代表
花田 光世さん
近年、組織における「キャリアアドバイザー」の存在が注目を集めています。慶應義塾大学総合政策学部の花田光世教授はこのキャリアアドバイザーの育成に長年取り組まれ、キャリアカウンセラーのように社員の個人の「こころ」の問題を中心としたキャリアの支援だけでなく、“組織の活性化と「個」の働きがいをつなげる” 活動もキャリアアドバイザーの役割であると提唱されています。今回は花田先生に、キャリアアドバイザーの役割とその育成方法について、詳しいお話を伺いました。
はなだ・みつよ●南カリフォルニア大学Ph.D.-Distinction(組織社会学)。企業組織、とりわけ人事・教育・キャリア問題研究の第一人者。経産省・厚生労働省の各種委員会、学会活動、財団法人・NPOなどの公的活動に加えて、民間企業の社外取締役、社外監査役、報酬委員会などの活動にも従事。「人事制度にお ける競争原理の実態」で、第一回組織学会論文賞を受賞。主な論文に「グローバル戦略を支える人事システムの展開法(上・下)」「コア人材の機能と条件」(以上「ダイヤモンド ハーバード・ビジネス」)など。American Sociological Review,Administrative Science Quarterlyといった海外の学術誌を始めとして300本を越す論文や、『「働く居場所」の作り方』(日本経済新聞出版社)などの著書がある。最近はキャリア自律、キャリアアドバイザーの育成などの活動に精力的に取り組んでいる。
「キャリア自律」とは何か?
キャリアアドバイザーのお話を伺う前に、まず、「キャリア自律」に関する花田先生のお考えをお聞かせください。
以前から私は、「一人ひとりが自分のキャリア作りにもっと当事者意識を持ち、主体的・能動的に活動することが大切である」と提言し、その支援活動を行ってきました。その活動の中で、「この会社が気に入ったので、この会社のためにもっと主体的に働こう」といった個人の主体性を重視した帰属意識を「自己主体型帰属意識」とし、その効果などを研究していました。それが「キャリア自律」の研究のもとになっています。
従来、帰属意識や忠誠心とは会社に一方的に迎合していく、個人としては受身的なものでしたが、そうではなくて、むしろ能動的・主体的に会社のために働き、また、それを通してさまざまな自分のチャンスを広げることが、個人の成長と組織の活性化を促すという研究結果を得ました。また、それこそが組織のイノベーションの源泉でもありました。ところが、この主体的な帰属意識が「個」に振られ過ぎた結果、自己実現と直接的に結び付き、結果として組織の活性化や成長という視点がどんどん弱くなってしまったのです。
組織の活性化とは、組織の中で働くメンバーに成長機会やキャリアチャンスを提供することであり、そのためには、組織の活性化と「個」の働きがいをつなげるための支援を積極的に行うことが重要です。もちろん、「個」の自律を自己実現や「個」の成長から捉えることも重要ですが、それは組織から離れた自己啓発セミナーなどで行えばいい。問題は、「個」の成長に加えて組織の活性化との連動を計るアプローチが、現場における具体的なプログラム作りにまで至らなかったこと。そこで、この役割を担うのが「キャリアアドバイザー」なのです。
キャリアアドバイザーの役割や活動とは、個に対する支援を現場の業務活動などを通して実践することです。例えば、私はOJTに対してOJD(On the Job Development)という概念を提唱していますが、OJTが組織に必要なスキルや知識を組織視点で鍛え上げるものであるのに対して、OJDは「個」が重要と考える役割や力の発揮を現場の仕事を通して実践するものであり、キャリアアドバイザーの重要な仕事の一つです。このようなOJDは、現場における個人の力の発揮から組織の活性化を生み出す仕組みなのですが、現場の仕事や組織の活性化を理解できていないと支援できません。
「キャリア自律」に対する誤解があったのでしょうか。
私はキャリア自律を、「組織のあり様の変化の中で、自分で自分の居場所やチャンスを3年から5年の中長期的な視点で作っていく活動である」と考えています。ところが、今のキャリア自律はあまりに「短絡的、安楽的な自己実現」に走ってしまっています。これは、キャリア自律ではありません。「自己啓発の延長」として、自分の好きなことを短絡的に追及することがキャリア自律でもありません。基礎をしっかりと作り込まないで、一足飛びに自分のやりたいことをあれこれ考えることは、キャリア自律ではないと思います。
私は、今申し上げた誤解が、キャリア自律の活動で一人歩きし始めていることを懸念しています。キャリア自律は厳しく自分を鍛えていく運動であって、表面的な自己満足を追い求めるために活用するのは、少し違うのではないでしょうか。
キャリア自律では、もともと自分が持っている多様な力や可能性を棚卸しすることが重要です。その視点からいうと、企業の中でキャリア自律のワークショップを25歳前後の若い人たちに実践することは、35歳以上の人たちのそれとは異なる、かなりの工夫が必要です。というのも、入社してまだ1~2年で成長過程にあり、多様な可能性が十分に確立されていない段階でのキャリア自律は、その可能性を矮小化してしまったり、物事を狭く見せてしまったりする可能性があるからです。
入社して3年間くらいは徹底的に基本、基礎を学ぶことです。基礎を学んで自分の基盤を固めた上で、それを活かしてどのような方向で自分の可能性を広げていくかという仕組みをしっかり作るのです。その3年間において「なぜ基礎が重要か」を深く考え、「基礎を学ぶことにより、1週間単位で見るとできなかったことができるようになった」といった成長実感や、「基礎を学ぶことが次の仕事やチャンスにつながる」という実感を持てるよう、基礎づくりに工夫することが重要です。基礎、基盤を無視して、成果だけにつなげようとするキャリア自律は避ける必要があります。
これに関連して、「自己実現」についてもお話したいと思います。どうも自分が実は何をやりたいのかがよく分からないままに、自己実現を唱えている方が多いように感じます。しかも、自分の興味・関心も、現状から見たものに対象を狭めてしまっています。そうではなく、可能性も含めて興味・関心をもっと広げていくことが重要だと思います。これにはある程度の成熟・発達が必要ですが、そういう段階を十分にクリアしないで、一足飛びに自己実現とか自己啓発を唱えるのは、組織の中での学びという視点からいうと問題があります。
そういった意味で、昨今のキャリア自律や組織の現場の仕事とは無関係に、自己啓発型の「自分の大事なことを見つめてそれを実践していこう」という流れには、異論があります。もう少し自分自身についてしっかりと振り返り、基盤作りも十分に行って、周りの人の意向や期待を的確に理解できる状況になって、キャリア自律を考えていくことが重要です。
「キャリア開発」は対象範囲が広く、その手法もさまざま。「大切なことだとは認識しているが、何から取り組めばいいのかわからない」という声は少なくありません。他社の具体的な施策や、実践のポイントを学ぶことで、自社の今後のキャリア開発支援に活かせます
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