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日本企業は「中国」よりも「インド」へ進出せよ

エコノミスト・BRICs経済研究所代表

門倉貴史さん

先進各国の間で、有望な投資先国として「BRICs」(=ブラジル・ロシア・インド・中国)への関心が高まっています。中でも、中国とインドは将来の2大大国と言われ、その急成長している巨大市場を目当てに多くの先進国企業が進出していますが、では、日本企業はどちらの国と経済関係を強化していくのが得策なのでしょうか。現状を比較すれば、両国の差は歴然です。経済規模でも成長率でも中国がインドを圧倒し、中国進出の日本企業の数はインド進出の数の比ではありません。しかし門倉さんは「今すぐに日本企業は中国に偏った戦略を練り直し、インドにも積極的に投資すべき」と言います。いずれはインドが中国を追い抜く日がやって来る、と言うのです。

Profile

かどくら・たかし●1971年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、浜銀総合研究所入社。日本経済研究センター、シンガポールの東南アジア研究所への出向を経て、2002年4月から2005年6月まで第一生命経済研究所の経済調査部主任エコノミストを務める。2005年11月からBRICs経済研究所代表。主な著書に『中国経済大予測』『図説BRICs経済』(ともに日本経済新聞社)『人にいえない仕事はなぜ儲かるのか?』(角川書店)など。近著に『インドが中国に勝つ』(洋泉社)。

2015年までにインドの経済成長率は中国を逆転する

インドが中国に勝つ

2008年の北京オリンピックや2010年の上海万国博覧会などを控えて、中国は10%近い経済成長率を維持しています。巨大な市場を目当てに中国へ直接投資する日本企業が増える中で、門倉さんは、中国よりもインドに目を向けろとおっしゃっています。

中長期で見ると、インドの経済成長率が中国のそれを追い抜く日がもうすぐやって来るからです。中国の成長率は高いですが、インド経済も好調に推移しています。2005年4月から12月の実質GDP成長率は前年比でプラス7.9%と、8%近くの高い伸びです。2006年度、2007年度も8%台の高成長が続くとみられます。

では、どのタイミングでインドが中国を抜くか、ということですが、これは専門家の見方も分かれていますね。私は、2010年ごろまでにインドの潜在成長力は中国のレベルに追いつき、2015年ごろまでにインドは中国を逆転するのではと見ています。

現時点の成長率では中国がインドを上回っているのに、いずれインドが中国を逆転すると。その根拠はどこに?

まず中国の成長率が少しずつ落ちてくる、という予測ができます。2008年に北京オリンピック、2010年には上海万博がありますから、それまではイベント効果で高い成長率が続くと思いますが、その後はそういった効果は期待できない。そして、そのころになると中国は急激な高齢化という難問を抱えることになるんです。

中国の人口は2005年で約13億2000万人ですが、20年以上の長い間、「一人っ子政策」という厳格な産児制限をしてきたので合計特殊出生率は2000~2005年では1.83と、長期的に人口規模を維持するために必要な水準(2.1)をすでに下回っています。人口が減少するだけならまだしも、労働人口も減っていきます。経済成長を支える若年人口が減り、引き換えに65歳以上の高齢者が増える。とくにベビーブーム世代の1960年代に生まれた人たちが65歳以上になる2025年から2035年ごろには、中国では高齢化が深刻な問題として浮上してきますよ。

インドではそのような問題も起きず、逆に成長を続けていく、ということですか。

ええ。その大きな理由の一つには人口要因が考えられて、インドの2005年の人口は約11億人ですが、これが中国とは対照的に増えていくんですね。2030年にはインドの人口(約14億5000万人)が中国の人口を超えて世界最大になると予測されています。しかも、インドは将来の人口の「質」もいいんです。若年人口の割合が高い状態をかなり長い期間にわたって維持しながら、人口が増えていく。

じつはインドでも、中国の「一人っ子政策」と同じような産児制限の政策を展開したことがあるんです。1970年代、「貧困の撲滅」をスローガンに掲げて断種政策を採り、たとえば男性にパイプカット(精管切除)をさせるといったこともありました。ところが国民の反感を買って、各地で暴動が発生する事態になったために産児制限の政策は撤回されたんです。それからインドでは人口抑制策の強化はタブーになりました。

中国では産児制限ができたけれど、インドではできなかった、というのは、政治のシステムが違うから、と言えませんか。

門倉貴史さん  エコノミスト・BRICs経済研究所代表

そう言えると思います。結局、中国は共産党の一党独裁体制だから人民への強制が効きますが、インドは徹底した民主主義ですから、民意を反映しない政策はできないんです。民意を反映しない政策を採用すれば、選挙で政権が交代してしまいます。人口抑制策をしなかった結果、インドは人口が増えていきます。経済が成長している過程で、若い労働力が供給され続けることになるわけですね。それに、人口が増えていくと消費力も高まりますから、相乗効果で経済成長率は先行きもあがっていくのではないかと思います。

インド進出の日本企業は300社、中国進出は6000社

その他にインドが中長期的に成長を続けていく要因はありますか。

もう一つ、インド政府が外国の企業を積極的に誘致しているということがあります。外国企業の投資が増えて、それによってインドの国内企業の効率性もよくなってきている。ですから今後、生産性が上がっていくのではないか、という予測ができますね。

インドは1991年に経済危機を経験しましたが、それをきっかけに従来の政策を転換したんです。国内産業を徹底的に保護して、外国資本の受け入れは拒否するという政策だったのが、経済開放政策を採るようになりました。2002年ごろから、さらに積極的にその政策を進めようとしていますね。

2002年までインド政府は「個別認可方式」で外国企業の投資を認めていました。その業種ごと、企業ごとにOKとかダメとか、判断をしていましたが、2002年からは基本的に外資の投資を全部認めます、と。ただしネガティブリストというのを作成して、そのネガティブリストの中のものを扱っている業種については制限を加えますよ、という方式に変えたんです。2004年にはマンモハン・シンという人が首相になりましたが、その首相は外資導入をさらに重視しています。

では、日本企業のインド進出の現状は?

インド大使館の資料によると、インドに進出している日本企業は300社ぐらいです。中国に進出している企業は6000社以上なので、その20分の1のレベルですね。

インド進出の日本企業の業種は、自動車・自動二輪が多いですね。トヨタ、ホンダなどで、その中でも1980年代から、最も早く進出していたのはスズキです。

日本の自動車メーカーの市場シェアはどれくらいですか?

今、インドの自動車メーカーで一番大きいのが「マルチウドヨグ」という会社です。販売台数で見ると、半分ぐらいのシェアを持っていますが、その会社が好調か、というとそうでもなくて、10年前は9割のシェアを持っていたんですね。それが今では5割に下がってしまっている。で、マルチウドヨグ社が失った4割のシェアを獲得したのが日本のメーカーなのかというと、これもそうではなくて(笑)、じつは韓国勢がシェアを伸ばしているんですよ。全体の2割を現代グループが占めるようになっている。そして残りはインドのタタ財閥が15%のシェアを持ち、日本の自動車メーカーは全体の5%弱です。

日本の自動車メーカーがインド市場でシェアを伸ばせないのは、出遅れたからでしょうか。

門倉貴史さん  エコノミスト・BRICs経済研究所代表

そうですね。インド進出が遅かったということはあると思います。それから韓国の自動車メーカーと比較すると、韓国はかなりインドの市場というのを重視しているんですね。日本企業も重視しているとはいっても、メインターゲットとしてはとらえていないところがあります。韓国がどれだけ力を入れているかというと、インド人の平均身長を調べて座席を作ったり、色もインド人の好みを市場調査したりしているんですね。ところが日本のメーカーは、日本国内で売っている車をインドで作り直して売っている、という感じなので、インド仕様にはなっていません。韓国のメーカーは広告や宣伝にもものすごい金額を使っていますが、日本のメーカーはそれほどでもない。そこが大きな差を生む原因になっているのかな、と思います。

結局、まだ日本企業はインドにそれほど関心を払っていない、ということでしょうか。中国がメインだと考えているのですか。

「中国がメイン」という考え方は変わっていないと思うんですね。去年あたりから少しずつインドが注目されてきて、目が向きはじめていますが、日本企業が大挙して進出しよう、というような雰囲気にはなっていません。それはなぜかというと、インドは日本と地理的にかなり距離があって、どんな国なのかわからない、いまだに神秘の国みたいなイメージがあるからだと思います。だから、最近になってインド関連の本がたくさん出版されているけれど、その内容はといえば、インドがどういう国なのか、という程度にとどまっていて、インドの経済にまで踏み込んだ内容の本は少ない。そういうことも影響して、インドでビジネスしようという気運が日本企業に出てこないんじゃないかと思います。

インドの人材は理系に強く、中国の3分の1の賃金

人材の質について見ると、インドはITに強く、理系の能力に優れた人が多いという印象があります。

私もインド人は能力面で優れていると思います。とくに数学とITに強い。人件費の面で見ても、中国のそれに比べて3分の1くらいなんですね。

中国では人件費が上がってきています。現在、日本企業の進出先は沿岸部に集中していて、北京・上海・広州などが多いですが、そのようなところでは経済成長が著しいので、現地の人の賃金がすごい勢いで上がっている。これまではコストを削減しようとして企業は中国に行きましたけど、そんな目的で進出してもあまり意味のない状況になっています。

中国の人件費はどれくらい上昇しているのでしょう。

広州では年間3割くらい上がっています。

相当な上昇率ですね。

ええ。その一方で物価はあまり上がっていませんので、賃金の上昇はかなりのスピードだと言えますね。

中国の内陸に進出すれば、経済成長がそれほどでもないところもあって、人件費は安いのではないかと思いますが。

たしかに中国の内陸の労働力は賃金が安いので魅力があるのですが、そこまでの交通が大変なんです。道路などが整備されていないので、そこから製品を沿岸部の港まで運ぶのにコストがかかってしまう。中国は今、「西部大開発」と言って内陸部を重視していますが、いつ、そこまでのインフラが整備されるかわかりません。

さきほど、インド人は数学とITに強いとの話がありましたが、それはどうしてですか。

一つは国民性ですね。O(ゼロ)を発見したのはインド人と言われますし、それに、理工系の教育に非常に力を入れているんです。

なぜでしょう?

軍事と関係がありまして、インドは1962年に中国と国境で争いがあったんですね。チベットのあたりですが、そこで中国にぼろ負けした。それから、とにかく軍事力を強化しなくてはということで、「中国はもう核兵器を持っているから、インドも核開発を急ごう」などと、エンジニアの養成をすごい勢いで始めたわけです。IT、理工系の大学をたくさん設立しました。そのうちに、そこでの蓄積が民間でも応用されるようになった。今バンガロールという場所はインドのIT基地になっていますが、もともとは軍事基地があったところなんですよ。

ただ、外国企業がインドに進出して、そこで接するインド人というのは、11億の人口の中のマイノリティだと思います。たとえば英語が話せる人はインドでは3000万人くらい。人口比で3%程度ですから、決して多いわけではない。日本企業や欧米のビジネスマンが接するインド人というのは、その3000万人なんですよ。そういう人たちを見ると非常に優れていると思うでしょうね。

インドにはカースト制度があります。

そう。英語ができるような人たちは、カーストの上位に入っていることが多い。実際、日本企業がインドに進出して、そこで採用するインド人の多くはカーストの上位です。

カーストが問題の種になることはありませんか。

ありますよ。たとえば日本の自動車メーカーがインドに進出して、工場労働者を雇ったと。みんな優秀で、よく働くと言うのですが、カーストの上位の人ばかりだと、職場でごはんを食べてごみがでても、だれも片付けないと言うんです。自分たちは片付ける身分ではない、と思っているのです。コピー機などの電源を入れることすらしない。仕方がないので日本人の現場責任者が電源を入れて回っていると。ごみを片付けたり、コピー機の電源を入れたり、といったような仕事も厭わないカーストにいるインド人を雇わなくてはいけない。

インドではストライキが頻繁に起きる、という話も聞きます。

門倉貴史さん  エコノミスト・BRICs経済研究所代表

そうです。インド人はストライキを起こしやすいと言われています。それはなぜかと言うと、権利意識が非常に強いからです。インドに進出した日本企業が悩んでいるのは、じつはそこの部分なんですよ。

日本では、能力のある人には少し高めの賃金を設定して、勤務意欲を高めようとしますよね。ところが日本の企業がインドに進出して安易にそういうことをやると、問題が起きる。インド人の人たちは給料の金額をお互いに見せ合うんですよ。「私はいくらもらっているけど、あなたはいくらもらっているの?」と。で、「私は10万円、なのにあなたは11万円」となると、「あれ?」ってなるわけです。金額に疑問があれば、すぐ会社に問いただします。「なぜ私の賃金はあの人に比べて少ないのか?」って。

そういうことって日本で事業展開していると、まずないですよね。問いただされても、経営者や管理者はすぐに対応できない。すぐに対応できなくても、後日、納得のいく説明をできればいいですが、できないとインドの人たちから「ストライキをします」と言われてしまうんです。

インドの人たちは自分の賃金に納得しないと働かない、ということですか。

ええ。自分の能力に見合った賃金が払われているかどうか、すごく気にするんです。お金に執着するというよりも、能力とお金の関係を重視します。もし、自分はカーストで低いところにあるから差別されているのではないか、ということになったりすると、大多数の人たちが経営者側ではなく労働者側につくことになるので、ストがかなり大きくなっていくんですね。実際、インドではストライキの件数は年々減ってきていますが、ストライキに参加する人は増えているという傾向があります。

今すぐにインド進出しないと将来の果実は得られない

昨年、上海などで大規模な反日デモが起きたり、日本人の経営する飲食店がそれに巻き込まれて被害を受けたり、中国には根強い反日感情がありますね。しかしインドは親日的と言われます。

ですから中国とインドを比較する場合、両方とも新興国なので企業が進出するリスクは当然あるわけですね。問題は、どちらのほうがリスクがあるか、ということになりますが、相対比較するとやはりリスクは中国のほうが大きいのではないかと。根本的なところで、日本と中国のお互いの国民感情がうまくいっていないのですから。逆に日本とインドは良好な関係を保っています。

2000年の外務省のアンケートによると、インド人の9割以上が日本とこれから親密になっていくのではないかと答えているんですね。過去を振り返っても、極東裁判で「日本は侵略国」と先進国が言う中で、唯一インドの判事が、連合国側が一方的に裁く裁判のあり方を批判し、日本の無罪を主張しました。極東裁判では7人の日本人がB級戦犯に指定され、絞首刑になりましたが、それも全員無罪だと言っていたんです。

日本企業は、今のところは中国をメインに投資し、中国の経済成長率が鈍化したら、今度はインドへと投資先をシフトしていけばいいのでしょうか。

門倉貴史さん  エコノミスト・BRICs経済研究所代表

それではダメですよ。今の段階からインド進出を本格化しないと、日本企業は将来予想されるインドの高成長の果実を十分に得ることはできないと思いますね。中国がいい例じゃないですか。早い段階から他国が進出していたのに、日本はリスクを心配して、「大丈夫」と思って進出したときには、市場のシェアはほとんど押さえられていたという。ビルゲイツさんが言うように「リスクをとらないこと自体がリスク」なんです。

(取材・構成=丸子真史、写真=羽切利夫)
取材は2006年3月31日、横浜市内のホテルにて

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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