優れた起業家が実践する「エフェクチュエーション」
不確実性の高い時代にイノベーションを起こすための仕組みとは
神戸大学大学院 経営学研究科 准教授
吉田 満梨さん
これまでビジネスの現場では、目標を設定し、その目標から逆算して必要な手段を取るやり方が一般的でした。しかしビジネス環境の変化の激しさが増していく中で、なかなか目標が定まらなかったり、市場にどの程度ニーズがあるのかを正確に把握することが難しかったりするケースもあります。そこでいま、不確実性の高い場面でも活用できる考え方として注目を集めているのが、優れた起業家に共通する思考プロセスや行動様式である「エフェクチュエーション」です。エフェクチュエーションとはどのような考え方で、ビジネスの中でいかに活用されているのか。日本でエフェクチュエーションの概念を広めた、神戸大学大学院 経営研究科 准教授の吉田満梨さんにうかがいました。
- 吉田 満梨さん
- 神戸大学大学院 経営学研究科 准教授
よしだ・まり/神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了(商学博士)、首都大学東京(現東京都立大学)都市教養学部経営学系助教、立命館大学経営学部准教授を経て、2021年より現職。2023年より、京都大学経営管理大学院「哲学的企業家研究寄附講座」客員准教授を兼任。 専門はマーケティング論で、特に新市場の形成プロセスの分析に関心を持つ。主要著書に、『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(共著、ダイヤモンド社)、『ビジネス三國志』(共著、プレジデント社)、『マーケティング・リフレーミング』(共著、有斐閣)など、共訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。
予測困難な場面で活用できる「エフェクチュエーション」5つの原則
「エフェクチュエーション」とは、どのような考え方なのでしょうか。
エフェクチュエーションを一言で説明すると、「熟達した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して、予測ではなくコントロールによって対処する思考様式」です。
ビジネスの現場で不確実性の高い取り組みを進めるときは、まず目標を設定してから、それを達成していくために最適な計画を立て、その計画通りに実行していく「コーゼーション(因果論)」の方法を取ることが一般的です。しかし、これまで存在しなかった事業や市場を新たに創造する場合、最初から正確な目標や計画を立てることは容易ではありません。そのような不確実性の高い状況において効果を発揮するのが、エフェクチュエーションです。
重要なのは、コーゼーションとエフェクチュエーションのどちらも「合理的な考え方」であること。コーゼーションは「目的に対する最適な手段の合理性」であるのに対して、エフェクチュエーションは「目的がない、あるいは目的に対する最適な手段がまったく予測できない状態でのプロセスの合理性」といえます。どちらに優劣があるわけではなく、この二つは補完関係にあります。
エフェクチュエーションには、「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」「クレイジーキルトの原則」「レモネードの原則」「飛行中のパイロットの原則」という、5つの特徴的なヒューリスティクス(経験則)が存在します。
まず「手中の鳥の原則」。これは、「私は誰で、何を知っていて、誰とつながっていて、どんな余剰資源があるのか」といった、自分が既に保有している手段を用いて「何ができるか」を考える意思決定のことです。目標から逆算するのとは、まったく逆のアプローチです。
「許容可能な損失の原則」とは、うまくいった場合のリターンではなく、うまくいかなかった場合にどの程度までの損失を許容できるかを把握することを指します。
「クレイジーキルトの原則」は、形も柄も違う布を縫い合わせて1枚の布をつくるクレイジーキルトに例えたもので、これまで出会ったあらゆるステークホルダーをパートナーと捉え、共に「何ができるか」を模索していくことを意味します。パートナーのコミットメントを獲得することは、手段の拡大につながり、「何ができるか」も広がっていくことが期待できます。
活動が広がると、予測していなかった事柄が発生することもあるでしょう。しかし熟達した起業家は、それさえも手持ちの手段の拡張機会として活用します。それが「レモネードの原則」です。酸っぱいレモンに工夫を凝らして甘いレモネードを作る、つまり、価値を持つものへと生まれ変わらせることを表しています。
そして最後が「飛行中のパイロットの原則」。操縦桿を握るパイロットのように「いま自分自身がコントロール可能な要素」に集中し、予測ではなく状況に応じて臨機応変な行動をすることで、望ましい結果を生み出そうとすることです。
これらの考え方の組み合わせが「エフェクチュエーション」と呼ばれるものです。目的が思いつかない、あるいは自分が何を持っているのかわからない場合は「手中の鳥の原則」から始めることが有効ですが、決してすべての原則を順番通りに実施しなければならないわけではありません。自身の置かれた状況に合わせて、柔軟に実践していくことが重要です。
近年、エフェクチュエーションへの注目度が高まっている背景には何があるのでしょうか。
エフェクチュエーションの理論は、ヴァージニア大学の教授であるサラス・サラスバシー氏が2001年に発表し、日本では私も関わった翻訳書により2015年に紹介されました。言葉だけだと、わかりづらい理論に思われるかもしれません。しかし実践してみた多くの人が「これは私がこれまでにやってきたことだ」と述べています。そういった方が中心となって、広がっていきました。
この流れは、新型コロナウイルスの感染拡大によって加速しました。「VUCA」と言われて久しいですが、明確な目標を立てることが難しい中で問題に取り組んでいかなければならない状況が、コロナ禍で深刻化しました。そのため、エフェクチュエーションに関心を持つ方が増えたのだと思います。
自身の実践を「会社の実現したい価値」と結び付ける
エフェクチュエーションを身に付ける、また実践していくにはどうすればよいのでしょうか。
エフェクチュエーションを身に付けるには、「実践する」ことが一番大事です。まず自分自身の手持ちの手段を整理し、そのうえで本人にとって意味のある行動のアイデアを洗い出す。そして許容可能な損失と許容不可能な損失の線を引きながら、実際に行動に移していく。私が教鞭を執っているビジネススクールでは演習の時間を多く設けて、受講者にこの一連の流れを実践してもらっています。
エフェクチュエーションは自身の実践とひもづけて考えると、すごく腹落ちしやすいんです。最初は「使い方がわからない」と話していた人が、実践していくうちにどんどん使えるようになっていくのを、数多く目にしてきました。まずは使い方を学んで、仕事や日常生活の中で使っているうちに、どんどん洗練されていくはずです。
エフェクチュエーションの利点の一つとして、しっかりとした「型」があることが挙げられます。だからこそ、誰にとっても取り入れやすいのです。中には、毎朝自分の手持ちの手段を確認し、新たに得た手段を活用して新たな行動に移すことをコツコツと続けている人もいます。そのような人の成長速度は、目を見張るものがありますね。
エフェクチュエーションに対して「私は何も持っていないから無理だ」「優秀な人だからこそできる考え方だ」と感じてしまう人もいるのではないでしょうか。
確かにエフェクチュエーションは、最初から「自分は何かできるはずだ」と思う人のほうが取り組みやすいかもしれません。ただエフェクチュエーションの良さは、特別な人だけが使えるのではなく、誰でも使える点にあります。
エフェクチュエーションの特徴は、自分の行動を“少しだけ”変えること。自分に自信がない人ほど、どんな小さなことでも構わないので新しい行動を実践し、他者からフィードバックをもらうサイクルを繰り返していくことで、大きな成長を実感できると思います。手持ちの手段が乏しいのであれば、行動を起こしたときに起こる偶然や他者との出会いを可能な限り有効に活用し、次のプロセスにつなげていくことを意識してほしいですね。
また、もともとエフェクチュエーションを行っている人と積極的にコミュニケーションを取ることも重要です。「何も持っていない」と自分では思っていても、エフェクチュエーションを実践している人から「他の人はその要素を持っていないよ」「こんなことをやろうとしていること自体がすごいよ」といったポジティブな意見をもらえることもあるはず。そうすれば、自分に対する見方をアップデートしていくことができると思います。
企業の意思決定の方法としては、コーゼーションが一般的かと思います。そのような環境の中で、どうすればエフェクチュエーションを実践していけるのでしょうか。
前提として、ビジネスパーソンが日々取り組まれているタスクや役割の多くは、会社から与えられたものだと思います。目的ややり方まで、ある程度規定されていることも珍しくないでしょう。その場合は無理にエフェクチュエーションを使おうとするよりも、コーゼーションを活用したほうが成果につながりやすいと考えられます。エフェクチュエーションは、「やりたいことはあるけれど、どうしたら実現できるのかがわからない」といった問題にこそ有効です。その前提を把握しておくことが重要です。
そのうえで企業における実践については、大きく三つの方法があると考えています。まずは企業側が主体で、「エフェクチュエーションの実践をサポートする仕組みをつくる」こと。あとの二つは従業員が主体となるもので、「会社に言わずに勝手に進める」「会社の資源を引き出せるように交渉しながら進める」。
かつての日本企業では、二つ目の「従業員が会社に言わずに勝手に進める」取り組みが多くみられました。誰も見ていないところで、自分たちが「価値を生む」と信じていることをこっそりと進める。成果が出たらはじめて会社に報告する、といった流れです。ただ、働き方改革が進む中でどんどん残業がしにくい環境になっていますし、現在ではなかなか難しいことですね。
では現在、企業の中でエフェクチュエーションを実践できている人はどのように進めているのでしょうか。私が知る限りでは、最初の段階で会社の実現したい価値と自身の実践とを結び付け、会社にとって許容可能な損失の範囲を踏まえて、会社からリソースを引き出すことに成功しているケースが多いようです。
たとえばある事業部が、「〇〇億円の利益を出す」という目標を掲げたとします。ただこの目標は、会社のより上位のパーパスを実現するための手段にすぎません。目標と手段は多くの場合、階層関係にあります。エフェクチュエーションを実践している人は、自分がやりたいと思っていることを、会社が掲げるよりも上位の価値と結び付けようとする傾向があると考えています。
そうすることで、不確実性が高い状態でも会社がコミットすることの意義、あるいはやらないことによる機会損失のリスクを会社に理解してもらうことができます。最初は否定されたとしても、それは新たな反応が得られたということですから、「なぜだめなのか」「どうすればできるのか」といった対話を通じて、許容可能な損失を引き出すきっかけにつなげていくことが望ましいといえます。
「計画通りでなくてもOK」企業の実践例
企業で行われている、エフェクチュエーションの事例をお聞かせください。
まずは元オムロンの竹林一さんが実践された、データ流通市場関連ビジネスを紹介したいと思います。入社以来、鉄道カードシステム事業やモバイル事業といった新規事業の創出を主導してきた竹林さんは、オムロンが取得したデータ流通市場やそのマッチング手法に関する特許にビジネスの可能性を感じ取りました。しかし当初、社内には「データなんてお金にはならない」「データ漏えいのリスクがある」といった反対の声が大きく、なかなか前に進まない状況でした。
そこで竹林さんは、オムロンが掲げる社会的課題解決のミッションと、自身の実践とをひもづけました。センサーから発展したオムロンでは、「流れ」のあるところに課題があり、その課題を解決することによりビジネスを創造してきた経緯を踏まえ、「データの流れそのものがビジネスになり、社会的課題を解決する手段となる」と訴え、副社長、CTOを筆頭とする経営陣のコミットメントを引き出すことに成功したのです。さらにそのとき、「数年後に黒字化するので、それまで応援してほしい」との約束まで取り付けました。
竹林さんは社外のパートナーを巻き込んだプラットフォームとして、一般社団法人「データ流通推進協議会」を設立、その動きはメディアでも取り上げられるようになっていきました。積極的に手持ちの手段を広げていった結果、事業の正当性をどんどん獲得していったのです。
しかし、データ流通市場が確立するにはまだまだ時間を要することがわかり、まずは課題となっていた、現場データの利活用に貢献するデータ収集事業を開発したものの、当初はまったく売り上げにつながらず、「100件営業に行って99件断られる」状況だったそうです。ただ「受注できなかった99件」について誰に売りに行ったか、なぜ断られたのか、検討を繰り返した結果、現場ではなく経営者に対して「現場の効率化に資するDX教材」としてアプローチすることで、高い関心が得られることがわかりました。このように勝ちパターンを見つけたことで、ビジネスの規模を拡大していったのです。
海外では3Mのマネジメントの仕組みがわかりやすいと思います。元社長であるウィリアム・L・マクナイトは、社員の持つイニシアティブを重視し、「失敗に対して破壊的批判をするマネジメントは、イニシアティブまで殺してしまう」と考えました。そこで同社は、「就業時間の15%を本人にとって意味がある活動に使っていい」という「15%ルール」を策定。会社として許容可能な損失を設定し、個人のエフェクチュエーションの発露に強くコミットしました。
また、従業員が15%ルールで活動を進めるにあたっては、「自分が所属している事業部の範囲を超えて誰と交渉してもよい」とのルールも取り決めました。そのため、他部署の従業員が始めたプロジェクトでも、「自分にとって意味がある」と認識したら、誰もがパートナーになることができるのです。
やがてプロジェクトがさらに拡大するためには、事業への資源配分が必要になってきます。従業員が自発的に始めたプロジェクトでも、一旦予算が付いた新規事業として承認されたら、会社として進捗状況を確認するレビューが実施されることになります。ただその場合も、もともとの計画とは違う方向へ進んでいても問題視されず、売上が見込まれるのであれば事業が継続される仕組みが構築されています。
また通常、新規事業のレビューでは、事業を推し進めたい人たちが期待される成果を含む根拠を説くことが一般的かと思います。ところが3Mでは、事業に反対する人が事業を却下するに足るエビデンスを挙げなければいけない仕組みになっています。そのため新規事業が、理由もわからずに却下されることがありません。否決されるにしても、どういう理由で反対されるのが必ず提示されるので、誰もが納得している環境が形成されているのです。
3Mといえば、強力な接着剤をつくろうとする過程で生まれた失敗から、「ポスト・イット」が誕生したことがよく知られています。ここにも、失敗を失敗のままで終わらせず、イノベーションの源泉としようとする姿勢を見ることができます。
人事はまず良き理解者に
企業の中でエフェクチュエーションを実践していくとき、人事に期待されることは何でしょうか。
人事部門の方のエフェクチュエーションとのかかわりは、数段階にわけられると思います。はじめの段階は、「エフェクチュエーションのやり方を理解する」こと。人事部は、一般的には組織の仕組みをしっかりと運用していく役割が期待されている部署ですから、コーゼーションに親和性が高い人が多いかもしれません。ビジネススクールでエフェクチュエーションを学んだビジネスパーソンの中にも、「エフェクチュエーションのやり方はわかった。しかし自分はコーゼーションのほうが向いている」と言う人はいます。
実は、そういった人の果たす役割も極めて重要なのです。社内でエフェクチュエーション的な動きが発生したとき、「コーゼーションもエフェクチュエーションも理解しているけれど、自分はコーゼーションのほうが得意だ」と考える人は、エフェクチュエーションの合理性を理解したうえで、うまくサポートしていくことができるはず。ゼロの状態からエフェクチュエーションで生まれたアイデアを、コーゼーションを使って仕組み化し、10にしていくことができたら、組織は大きく成長できます。
先ほどのオムロンの事例でも、副社長がエフェクチュエーション的な考え方をよく理解し、適材適所に人材を配置したことが、成果に大きな影響を与えました。たとえ人事部門の方が自身の仕事ではエフェクチュエーションを使う必要がなくても、その思考を認識しておくことが重要です。
次の段階は、「エフェクチュエーションを実践する」。実際、エフェクチュエーション的な考え方をされている人事部門の方は多いと感じています。以前私がお話しした方は、社内にイノベーションを促進できる組織文化をつくりたいと考え、エフェクチュエーションに着目しました。そこで私に社内での講演を依頼し、「エフェクチュエーションは大事だ」という認知を社内に広げていったのです。またエフェクチュエーションは、プライベートでも使える考え方です。日常の中で使っていくことで理解が深まり、より仕事に生かしていけるのではないでしょうか。
エフェクチュエーションを活用したいと考えている人事パーソンに、メッセージをお願いします。
エフェクチュエーションは歴史が新しく、どのように企業運営に落とし込んでいくのかは、これからの課題です。たとえばエフェクチュエーションを実践する人材は、一般的なマネジメントの仕組みからはみ出してしまう傾向があるため、人事評価がしにくいと感じるかもしれません。3Mでは、「新しい事業が売上につながっていなくても、従業員の評価を落とさない」との仕組みを設けていますが、どこまで損失を許容できるのかは会社によって異なるでしょう。
日本企業は海外で生み出されたものを採り入れ、より良く使っていくことには本当に長けています。人事の皆さんがエフェクチュエーションを活用し、その結果を共有していくことで、より良い成果へとつなげていってほしいと思っています。
(取材:2023年12月12日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。