チーム作りに必要な“現場で役立つ哲学”とは
組織の力を最大限に伸ばす「原理」について考える(後編)[前編を読む]
早稲田大学大学院 客員准教授、本質行動学アカデメイア代表
西條 剛央さん
なぜ組織は臨機応変に動けないのか
臨機応変が大事だと考えながら、多くの組織では、なぜそれができていないのでしょうか。
その謎を解くには“埋没コスト”という概念が手掛かりになります。埋没コストとは、これまでに積み重ねてきた実績や信頼、費やした時間や資金などの回収不可能なコストのことです。基本的には、時間経過にともなって増大していくことになります。たとえば、戦争をやめられなかったのも、原発を止められなかったのも、方向転換によってこれまで費やしてきた多くのコストが回収不能になるためだとわかります。ほんのわずかな可能性であっても好転する(悪化しない)ことに賭けたいという心理が動き、外部から見ると不合理とも思える行動を続けてしまうのです。
埋没コスト自体は決して新しいものではありませんが、これと“方法の原理”を組み合わせると、組織の不合理に関する洞察を深めていくことができます。たとえばワンマン社長が「ずっとこのやり方で成功してきた」と、部下の進言に耳を傾けずに会社をつぶしてしまったケースは、状況が変わったにもかかわらず、過去の成功方法にとらわれることで起きたことだとわかります。第三者からすれば不合理でも、当人にはそれにとらわれる十分な理由があり、これまで成功してきたという揺るぎない事実もある。その人の中で絶対的なものになっていて、アイデンティティーと一体化している場合、それを変更することはそれまでの人生を否定すること、つまり人生そのものを埋没コストにしてしまうことを意味します。また、その方法が組織の伝統やアイデンティティーになっている場合は、それを変更することは組織を否定することにもなります。
多くの組織の不合理は、これまで費やしてきた時間や労力、資金など、埋没コストという “過去”をベースにした意思決定であるために生じています。それに対して、“方法の原理”は状況と目的、つまり“現在”の状況と目指すべき“未来”を基点とした意思決定。埋没コストによる意思決定とは逆ベクトルによる考え方なのです。
失敗したから、撤退したからといって、すべてが無駄になるわけではありません。それが無意味になるのか、意味のあるものになるのかは、その後で決まります。「出来事の意味は後で決まるのだから、あれがあったからこんなふうになれたと思えるように行動していこう」という強い意志が“未来”を切り開き、埋没コストを意味あるコストに変えることができます。
その他に、現在の組織の問題点だとお考えになっていることはありますか。
理念の重要性について先述しましたが、今の日本の組織をむしばんでいるのは、その理念が“形骸化”しているためだと考えています。私はこの状況を、「タテマエ言語ゲーム」と呼んでいます。「言葉としてタテマエを取り繕っておけば、後は何をしてもいいんだ」という姿勢が、多くの組織に見られます。
例えば、大学や学会ではきれいな理念を掲げていますが、実際にはその通りに行動していないし、それが実現されることもない。その組織に所属している人でさえ、知らないこともあります。企業のほうが理念は広く知られているでしょうが、どちらかと言うと、ブランディングのための飾りになってしまっています。大事な理念を、単に響きの良いものにしようとしているんですね。しかし、これはタテマエでしかない。ただの飾りやアリバイで、実効性もありません。理念を作った本人でさえも「本当だと思われてなくてもいい」と開き直っているようにも感じます。
例えば、最近の集団的自衛権をめぐる論争では、憲法も無視していいという状況になっています。国という一番大きな組織の理念である「憲法」にまで、「タテマエ言語ゲーム」が及ぼうとしているのです。さすがに憲法を無視する状況は問題です。
これは、「タテマエ言語ゲーム」の必然的な帰結と言えます。しかし、それではいけません。おかしいと思ったら声をあげるべきです。いい会社にはしっかりとした理念がある。真っ当なことを真っ当にやっていれば、決して企業はつぶれません。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。