企業価値を高める「CSR」と「SRI」
株式会社インテグレックス代表取締役社長
秋山 をねさん
市民の社会意識の高まりによって、企業不祥事は、今後企業が存続できるかどうかの大きな危機にまで発展するようになりました。日本ではそうした企業不祥事の頻発が引き金となり、CSR(企業の社会責任)に対する活動が強化されています。企業が社会の一員としての意識を高め、活動を展開することは、市民や消費者にとっても大きなメリットがあります。将来を見越して今後の社会生活を考えたときに、CSRを意識した事業活動を展開する企業を育成していく、という市民の意識はますます高まっていくでしょう。CSRとSRI(社会責任投資)は企業にどのような影響を及ぼすのか、インテグレックスの秋山をねさんに聞きました。
あきやま・をね●1983年慶應義塾大学経済学部卒業。在学中に大学派遣交換留学生として米国のブラウン大学に1年間在籍。卒業後、米系証券会社にて外国債券のトレーダーを務める。1998年青山学院大学大学院終了、ファイナンス修士。同年、米国公認会計士統一試験合格。1999年より独立系証券会社の米国子会社駐在。2001年6月に、社会責任投資(SRI)および企業社会責任(CSR)の推進を行うインテグレックスを設立、代表取締役に就任。現在、内閣府国民生活審議会臨時委員、同高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部IT新改革戦略評価専門調査会委員、NHKコンプライアンス委員会委員、企業年金連合会理事、東京証券取引所上場会社表彰選定委員会委員、東洋経済新報社サステナビリティ報告書賞審査員、社会的責任投資フォーラム(SIF-Japan)理事なども務める。主な著書に『社会責任投資とは何か-いい会社を長く応援するために』(生産性出版)、『社会責任投資の基礎知識-誠実な企業こそ成長する』(共著岩波アクティブ新書岩波書店)など。
事業活動のリスクゼロを目指して
日本でも企業のCSR(企業の社会責任)に対する意識が高まってきています。
SRI(社会責任投資)ファンドの仕事を6年やってきましたが、SRIよりもCSRの考え方がずっと先行していて、早く広がったと感じています。不祥事で会社の存続が危ぶまれる事件が続発して、社会からの信頼をどうやって獲得するのかということが企業にとって重要な命題になってきました。事業活動にはリスクがつきものです。多様な社会だからこそリスクは大きいのです。このリスクは決してゼロにはならない。だからこそ、ゼロを目指してどう努力をするかが大切です。
不祥事が起こったときに、隠したりごまかしたりしないで企業が、どう対応しているかにこそ注目すべきなのです。不祥事を起こした企業には絶対投資しないというのでは、投資する会社はなくなってしまうかもしれません。大きい会社はそれだけ不祥事を起こす確率、つまりリスクも高いのです。ただ精査すると、不祥事の内容というものはさまざまです。自発的に改善取り組みを行ったゆえに明らかになった不祥事なのか、隠していたのがばらされて発覚した不祥事なのか、その内容と事後の対応を適切に評価していくことが重要なのです。
SRI(社会責任投資)とは、どのような投資なのでしょうか。
従来の投資というものは、企業を財務的な観点から分析して、投資対象かどうかを判断していました。SRIでは、それに加え、倫理的側面、ガバナンス、環境などの社会的な側面を評価に組み入れます。私個人としては、SRIは現在どれだけ利益をあげているか、将来どれだけあげられるかだけではなく、その利益をあげるプロセスを重視するものだと理解しています。
大切なことは長期的な視点での評価なのです。今現在、利益を上げていても、例えば過労死寸前まで働いている人がいたり、犯罪一歩手前のことをしているとか、プロセスが間違っていたら、長期的には利益を上げられません。SRIでは、あらゆる企業のステークホルダー――投資家、消費者、従業員、取引先企業、地域社会などの企業の利害関係者に対する誠実さを評価するのです。
SRIも色々な切り口があります。よく知られているのは、環境やガバナンスなどです。しかし、一番大切なことは企業の理念だと考えています。理念が明文化されてない企業もありますが、社会の中で自分たちが何をしていきたいかというのを、企業は必ず持っています。その理念に対して組織の構成員が誠実に仕事をしているかどうかが重要なのです。
環境ひとつとっても、与える影響は業種によって違います。社会に対して貢献する方法が違うのです。例えば環境に対しての配慮の仕方は、化学産業と金融などでは違いますよね。金融業がオフィス内でリサイクルをするというものいいけれど、それ以上に、本来の業務を通じて環境に貢献できることがあるのではないかといった視点が重要になるのです。そのため、CSRとして一律にこれという基準は挙げることは難しいといえます。
中立的な立場で企業を評価していく
企業のCSR活動とそれを評価するSRIは表裏一体の関係にあるようですが、現在、秋山さんはどのような活動をされていますか。
当社の業務には2本の柱があります。まず一つ目が、会社設立時からの業務である社会責任投資(SRI)のための企業の調査と評価、及びその評価に基づいた投資助言です。そして二つ目が、企業の社会責任(CSR)確立のための取り組み支援です。これは具体的には次の三つの業務に分類されます。まず第一が、ホットライン(内部通報窓口)の社外窓口としての機能です。何かCSR上の問題が生じたとき、できるだけ迅速に情報を把握して、組織の中で問題解決につなげるための役割を果たします。CSRに関わる問題についての情報は、なかなか内部機能だけでは集まりにくいものなので、第三者として情報の吸い上げ窓口になります。当社は併せて企業評価も行うので、あくまでも中立性を保たねばなりません。ですので、コンサルティングは行いませんが、逆にその中立性ゆえに、通報者の心理的なハードルを下げたり、通報を会社がもみ消したりしないように監視する機能は果たせるのです。
第二が、モニタリングで、CSRの意識調査を行います。これは企業が目指す方向性に対し、現状がどうなっているのかという実態調査です。従業員だけでなく、取引先企業も調査対象になります。CSRの取り組みに対する社員の意識、会社の理念と現状のギャップなど、現場で起こっているリスクを、様々な角度から本音ベースで調査します。誰が言ったかではなくて、現実問題として何が起こっているかといったデータを数値化して伝え、回答者のプライバシーを厳守しつつ、あくまでも第三者としての立場での調査を行います。
そして第三が、研修業務、役員向けセミナーなどを通じ、CSRの啓蒙をすすめるトレーニング機能です。こうした活動を通して、日本にCSRとSRIを広げていければと考えています。
CSRに対する企業意識は二極化
会社設立の経緯を教えて下さい。
会社設立は2001年ですが、最初のファンドの立ち上げはそれから3年かかりました。その理由としては、マーケットの状況もありましたが、当時、企業不祥事が頻発していて、これが結局、CSRへの意識を高めるきっかけになりました。しかし一方で、不祥事リスクがあるゆえにファンドが組みにくいという原因にもなりました。
だったら、不祥事を起こさないようなCSR確立のための取り組み支援をしていけば、投資対象になる企業も増えるし、その結果としてSRIも広まるだろうというのが、現在の事業を始める動機となったのです。
以前、証券会社にいたときにコンプライアンスの講習を受け、色々と勉強を続けていくうちにこういう投資があることを知って、すごく心に響くものがあったのです。そのままプロジェクトを立ち上げて、勉強会を行うようになりました。ただ、調査をしようとすると、組織に属しているとなかなか難しい。会社同士のおつきあいとか、しがらみがあるから、中立性を確保した調査や評価というものは非常に難しいんです。そうなると、この事業を続けていくには、独立して中立的な組織をつくる以外に方法はありませんでした。
アメリカのSRI事情についてお聞かせ下さい。
アメリカのSRIは、1990年代後半から急速に広まり、2003年末における広義の社会責任投資資産は2兆ドルを突破しました。内訳は、年金、財団、大学などからの資金が大半で、いわゆる投資信託はその一部です。ファンドについては、これまでは専門の機関が調査、運用をしていましたが、最近では、ウォールストリートの証券会社が参入してきました。
国連が呼びかけた責任投資原則には、日本のメガバンググループの信託銀行も署名しています。そういう意味ではSRIは確実に広まってきていると言えるのではないでしょうか。ただ、短期的な利益を重視しているウォールストリートが、どういう意図で参入してきたのかということを考えると、素直に喜んでいいのかという気もするのですが…。
評価会社として組み入れている銘柄に不祥事が起きた場合どうするのですか。
不祥事が起きたからといって、すぐに調査対象からはずすのではなく、きちんと原因が解明、説明され、対策が打ち出されて実行されているかを継続的に見続けます。すると変わっていく部分も多いのです。当初はひた隠しにしていたけれど、徐々に説明責任を自覚するようになっていくなど、そういう意味での誠実さも評価します。
現在、相変わらずCSRをまったく意識してない企業と、CSRの意識を社内に浸透させようと頑張っている企業との二極化が進んでいるように思います。当社で行っているインテグレックス・アンケート(企業の誠実さ・透明性(倫理性・社会性)調査)に対しても、調査対象企業のうち、評価を行っているのは約800社、残りの3000社は回答がありません。意識的に取り組んでいるところと、そうでないところとの大きな差があります。最近の松下電器とパロマの事故では対応に大きな差が出ました。これはトップの意識と、リーダーシップの違いなのでしょう。
SRIの考え方が社会を良くしていく
今後、日本におけるSRIはどのような方向に進むのでしょうか?
団塊世代の退職金が投資に向かうといった期待もありますが、日本はまだまだ長期の株式投資の意識そのものが薄いと思います。株式投資をする人は目先の利益を追求する傾向がありますし、そういう意味ではSRIを広めるために、金融機関の果たす役割は大きいのです。ある意味、店頭でSRIの考え方を広めていくのが、金融機関のCSRなのではないか?と思っています。
初めてSRIを知ったとき、社会を良くしていくのはこれだと思いました。ファンドに組み入れる評価基準となる考え方はとても当たり前のこと。自分の経験を振り返っても、とても説得力がありました。
10年ほど、ウォールストリートのトレーダーをやっていたのですが、そこでは、いかに安く買って高く売るかが命。究極の結果主義です。それは公平な面もあり、性別、年齢、人種の差別をされることなく、結果が評価されます。でも、長くいると色々なことが見えてくる。どんなに悪いことをしても儲ければいいという人達がいることも見えてくる。法律は侵してないけれど、人間としてどうなの?というようなことがたくさんありました。どんなやり方をしても結果を出せばその時は評価されるのですが、ルール違反をやった人や嘘つきは最後は職場からいなくなりました。結局、真面目にやっていた人だけが残るのです。それは企業においても当てはまるはずだと確信しました。
SRI自体は、日本ではまだまだ浸透しているとはいえません。CSRはかなり広まったとは思いますが、日本では投資自体がまだ一般的でないので、まず投資自体を広めていかなければならないと思います。将来のためにという視点で考えるとき、銀行に預けてもほとんど金利がつかないという現状の中で、長期的に成長していく正しい企業に投資するということは、投資に対して腰が引けている人たちにも、「裏切られない」という意味で抵抗感が少ないのではないかと思います。これまで投資哲学というものが確立されていなかった日本において、SRIは、哲学を持って投資したい方には支持していただけるものだと思っています。
(取材は2006年11月28日、東京・渋谷区恵比寿のインテグレックス本社にて)
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