「改正高年齢者雇用安定法」施行後の状況は?中小企業の再雇用制度活用事例と運用・処遇決定時のポイント
ご承知の通り、平成18年4月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行され、事業主に対して65歳までの雇用確保措置の実施が義務付けられました。社内に適用対象者がいなくても制度の導入が必要であり、求人の際の職安による指導なども功を奏してか、多くの企業で改正法に沿った制度導入がなされているようです。しかし、中小零細企業においては、「まだ対象者がいないから」と導入を見合わせていたり、制度は一応導入したものの従業員には周知がされていなかったりなど、適切な運用がなされていないケースもあるようです。
少子高齢社会に突入し、労働者不足に悩みつつあるわが国の経済的発展の一助ともなる、前向きに取り組むべき課題として、中小企業の事例を中心に、改正法施行からの1年を振り返ってみたいと思います。
再雇用制度がうまく運用されている事例
まずは、再雇用制度を導入し、その運用がうまくいっている企業(主に中小零細企業)の事例をご紹介します。
1.再雇用の基準は「5キロを45分で歩ける」こと!?
最初に、高齢者雇用アドバイザーとして活躍されているSさんから聞いたこぼれ話からご紹介しましょう。A社では、再雇用の基準を次のように設定しました。
(1)健康であること
(2)やる気があること
(3)5キロを45分で歩けること
以上の3点のみ。このたいへんユニークな(3)の基準のために、定年予備軍が早速ウォーキングを始めたそうです。その結果、業務終了後、定年間近の社員たちが家路を急ぐようになり、残業する者が少なくなりました。
それまでは定年間近になると、何となく倦怠感に包まれていた高齢社員の意識が一変。深酒も控え健康管理にも気を使うようになり、以前より社内が活性化してきたとか。もちろん、「制度導入に思わぬ副産物があった」と社長もご機嫌。提案者であるSさんは鼻高々。 わかりやすく、努力しやすい再雇用の基準であるとともに、『ダブル効果』が生まれた良い例だと感心しました。
そのほかにも、以下のような関係事例をご紹介します。
2.定年退職後の“お助けマン”
定年まで勤めあげ、社内事情に精通したBさん。自宅が会社の近くにあることが幸いして、定年退職後は会社の皆の「お助けマン」となっています。
「経理事務担当者の子どもが急に熱を出した」、「遠く離れた故郷の姪の結婚式のついでに 相続関係の整理をしてきたいと営業の○○さんが言っている」、「飛び入り受注が入り現場の簡単な作業のパートが足らなくなった」などなど、社内で困ったこ とがあればいつもBさんの家の電話が鳴ります。ただし、担当部署からではありません。総務部長が直接Bさんに電話を掛けることを社内でルール化したのでし た。これなら、社員の甘え過ぎを防ぐことができます。
皆に感謝され自分が役に立っていることだけでも大満足のBさん。仕事が専門化しすぎていない中小企業であればこそ、の事例だといえましょう。
3.技術はピカイチでも後輩の指導をしないCさん、計画的に後進指導中のEさん
技術者として非常に有能なCさん。会社として、その技術を少しでも継承しておきたいの に、一人で黙々と仕事をするだけで、後輩にその技能を教えようとしないまま、とうとう定年を迎えようとしています。痺れをきらした社長は、若手のホープD 君に、Cさんの技術をビデオやデジカメで撮影させることにしました。
撮影では、二人とも役者になったような気分になったのか、良い雰囲気で撮影が進んでいきます。D君は要所要 所で上手にCさんに質問をしていますし、口の重かったCさんも上手に答えています。そうして拾い集めたCさんが持つ技術、ちょっとしたコツ、長年の間に身 に付けたカンなどを書きとめ、D君の編集により立派なマニュアルができあがりました。
このことをきっかけに、後進の指導に急に熱心になったCさんは、現在は再雇用制度を利用してもう少し勤め続けることにしました。社長のアイディアが、予想外の効果を生んだようです。
また、経理・総務畑で30年、「税務調査の対応も安心して任せられる」と社長の信頼が厚かった部長のEさん が、定年後3年間をかけて、自分のしてきた仕事を若手社員に引き継ぐべく年度計画を立て、社長の承認をもらってじっくりと後進の指導にあたっている企業も あります。業務の責任範囲を明確にして、順次権限委譲を図ることが成功の秘訣だそうです。
4.大手企業退職者の知恵を借りるときには
また、大手企業の定年退職者の知恵を借りて、会社を立て直すことを予定されている中小企業もあります。
有用な人脈や高度な技術・知識を持つ大手企業の退職者の活用は、中小企業にとって大いに意味のあるもので、積極的に検討したいところです。ただし、現場指 導などにより現場は一時変わったように見えても、「仏作って魂入れず」ではないですが、現場の人間の巻き込みができていなければ継続的な改善には繋がりま せんので、安易に大手企業の出身者に頼るだけでなく、その個人の特性も含め、活用のメリット・デメリットを冷静に検討しましょう。
労使ともに、制度への誤解があることも
再雇用制度に関して、まだまだ次のような場面にもよく遭遇します。
1.会社員夫妻の勘違い
年金相談で出会った会社員のFさん夫妻。ニコニコ顔で「今度法律が変わって、65歳まで は働けるようになったんですよね。年金が少なくなってどうしようかと思っていたのですが、これで一安心しました。法律で決めてくれたのであれば労働条件も そのままでしょうから、年金なんかもらえなくても大丈夫ですよね?」
Fさん夫妻に対しては、すべての企業に65歳定年を義務付けられたわけではないことを、 年金相談そっちのけで説明することになりました。ご夫妻はちょっとショックを受けていましたが、「私たちが勘違いしていたんですね…。教えていただいてよ かったです」と言って、最後は納得して帰っていかれました。
2.オーナー社長の勘違い
こちらも年金相談で出会ったオーナー社長Gさんの話です。「商工会議所の説明会で聞いた のですが、段階的に65歳まで定年を延長しなくてはならないと、法律が変わったんですってね。給料は多少下げることができるみたいですが。本当は定年に なったらその仕事は若い社員にやってもらうつもりだったのに…。まったく困ったことですよ」
「定年延長」ではなく、再雇用制度の導入も選択肢にあり、かつ、定年後の労働条件については個別対応でも良いことを詳しく説明させていただいたところ、大いに感謝されました。
このような勘違いを労使ともどもしていることがあることも念頭に置いて、改正法の説明することが必要だと改めて実感しています。
高齢者活用における留意点
改正法が企業に求めていることは、「希望者全員に企業から仕事を提示すること」だといえます。60歳になっても働き続ける理由は人によって様々ですし、企業側の事情もまた、各社各様なのですが、次の5つの注意点については共通しています。
1.ルールを明確にしておくこと
年金相談などでもよく聞く話ですが、次のような悪循環に陥っている社員の方は多いのではないでしょうか。
・ 定年まであと数ヵ月と迫っている。自分はウチの会社でいつまで働けるのか?
↓
・ 先輩で再雇用された人もいるが、自分にはまだお声がかからない。
↓
・ 腰が落ち着かず、新しいことに取り組む意欲も湧かず、後輩を育てる気にもなれない。
↓
・ 家に帰れば「生活設計が立たない」と妻の機嫌が悪く、不安・不満でグチをいう日々…。
こんなことにならないよう、社内のルールを明確にし、就業規則や規程を掲示・配付するだけでなく、担当者や社長などの 然るべき立場の人から長年の労をねぎらいつつ会社の方針と手続きのルールを、社員本人が理解できるまで説明することが必要です。説明会などを開いても内容 を理解できていなかったり、自分には関係ないような気がして話を真剣に聞いていなかったりなど、従業員の理解不足が中小企業では多く見受けられます。
細かく言えば、次のようなことが運用ルールとして決まっていることが必要です。
◆ 再雇用基準と申出手続
…自分が再雇用の基準を満たしているかどうかが本人にわかるようになっているか? 申出については具体的にはどうすればよいのか?
◆ 申し出た場合のその後の手続きの流れ
…いつまでに労働条件などの提示があるのか? 返事はいつまでにするのか? 再雇用が確定する時期はいつか?
◆ 契約更新のルール
…契約の更新にあたって最低限必要なことは何か?
上記以外にも、60歳到達前の出勤率を計算する場合の分母・分子の明確化、申出基準としての人事考課や目標管理制度の標語(A、B、Cなど)があるなら ば、その決め方を明確にし、従業員の誰もが納得できるものにしておくことも大切です。評価制度の作り方次第では思わぬ『ダブル効果』、『トリプル効果』が 期待できるかもしれません。
2.本人自身の変化に対応すること
注意力、体力、目・耳・膝など身体的な衰えの他に、視野が狭くなることや感性の鈍化など、高齢者の健康状態や機能変化には十分注意が必要です。業務に必要な身体機能などを洗い出して、客観的にチェックできる仕組みを作りたいものです。
3.本人を取り巻く環境変化に対応すること
老親の介護、配偶者の健康状態など、高齢者を取り巻く環境変化は非常に不安定なものです。それまでは会社第一、仕事第一で過ごしてきた方にも、定年後は無理せず親孝行などさせてあげたいものです。
柔軟な働き方を対象者自身が選ぶことができるルールにしておくのか、個別対応にするのかなども決めておきたいところです。
4.早めに準備しておくこと
会社としては定年までどう働いてほしいのか、定年後にはどう貢献してほしいのかなど、会社としての方針を定めた上で本 人との話合いを早めにスタートすることが望まれます。「リタイアメントセミナー」の開催や年金、健康保険、雇用保険制度に関する説明会などを開くのであれ ば、高齢者以外にも参加者を募り、制度を周知するとともに、会社も高額な負担をしていることをそれとなくアピールする機会にもなります。社会保険庁による 58歳時の年金額の通知も有効に活用したいところです。
また、会社の本音のところでの、勤務し続けてほしい人へのアプローチ、辞めてほしい人への対応についても、早めの準備が功を奏します。社長からの「ぜひ力 を貸してくれ!」の一言は値千金、しみじみこの会社で定年を迎えられてよかったと感じてもらえ、頑張ってくれることでしょう。
辞めてほしい人には、再雇用制度はあるが、我が社はその後の雇用条件は個別対応となっていること、現在会社がオファーできる仕事は週3回の短時間の作業し かないことなどを具体的に伝えておくことです。「それなら早く次の再就職先を探そうか」と、準備を始めるように仕向けることも有効な手段でしょう。
5.一番難しい契約更新についての対応
これまで、契約や契約更新などをしたことのなかった中小企業の労使双方にとって、一番大変なのは契約期間のある契約を 結ぶことと、キチンとした契約更新をすることのようです。しかし、一番トラブルの原因になりやすいのも、この契約更新や契約打ち切りにありますので、十分 注意をして、かつ十分に従業員とコミュニケーションをとって行いたいものです。
再雇用制度では、1年更新の他に6ヵ月、3ヵ月と契約を更新している場合もあるようです。ただし、形式的な更新であれば何の意味もありませんので、更新時 にチェックしたいこと、会社として契約更新をする意味を改めて認識する必要があります。一方的に65歳前の契約更新を拒否するにはそれなりの理由が必要と なりますので、更新手続を安易に考えることなく、適切な手順を踏むための手間を惜しんではなりません。
再雇用者の賃金設定
定年は1つの区切り。お互いに「無理をしない・させない」良い関係作りをしたいものです。会社としては、既得権やこれ までの慣習にとらわれない柔軟な姿勢で対応することを基本に、過去の年功的処遇を当然とした感覚を労使ともにリセットする機会だと前向きに捉えて、賃金制 度も再構築することが必要でしょう。
1.年金・雇用保険連動型の注意点
従業員の65歳までの生活の安定を図ることに主眼をおいて、特別支給の老齢厚生年金の定 額支給開始年齢までは、一定額の補助をすることとします。定額部分が支給されると給料を減らされるのではないということを理解してもらい、本人の同意が得 られれば年金と雇用保険の高齢者雇用継続給付と給料(最低賃金には抵触しないこと)の合計額(実質手取り額の場合もありうる)を、58歳時の年金試算を利 用して試算し提示することも可能です。
ただし、配偶者加給年金額を賃金決定ルールの外にするかどうかは検討が必要となります。また、契約更新は誕生日に合わせた1年更新としておくと計算しやすいでしょう。場合によっては定年退職日の再考も必要かもしれません。
特に中小企業の場合は、厚生年金の加入年数などに大きなバラつきがあるため、同時に対象者が複数名いる場合には、お互いが不満とならないよう事前に対象者全員のシミュレーションをしてみるなど、しっかり検討する必要があります。
2.評価基準の決定と非金銭的報酬の充実
一定額の時給で契約することもあるでしょうが、更新ごとに作業能率などで時給を変化さることもできます。しかし、そのためには労使の納得のいく評価基準が必要です。
評価基準には、出勤率から仕事に対する一定の成果まで職種・職務内容によって異なるはずですので、何を評価して、それをどう反映するかをあらかじめ決めておくことが必要です。個別契約で取り決めておけばその内容がまちまちでもかまいません。
いずれにしても、賃金とは、仕事に対して支払うものであり、基本的には過去の功績に基づいて支払われるものではないこと、労働力の市場調達価値を念頭に置 いて決定することなどについてしっかり説明することと、金銭的報酬以外に働く満足度、やりがいのある仕事の提供など、非金銭的報酬の充実を図ることも重要 なファクターとなります。
社労士としてのアプローチ
さて、前出の高齢者雇用アドバイザーのSさんが教えてくれた、社労士としての企業へのアプローチ方法をご紹介します。
(1)就業規則の改訂はキチンとしていますか? 定年は何歳ですか? 定年後についてはどのように規定されていますか?
アドバイスのpoint
就業規則が長年改訂されていなければ、他にも指摘する箇所はたくさんあるはずです。また、「ウチの社員は皆若いから関係ないよ!」と言われたら、「残念ながら対象者がいなくても見直しが必要です…」などなど、会話は続きますよね。
(2)労使協定は結ばれていますか? 再雇用の基準はどのようなものですか?
アドバイスのpoint
見よう見真似で作った労使協定には、会社の実態を反映していないものが多く見受けられます。実際に機能する基準であるのか、その会社にふさわしい基準かどうかのチェックが必要です。
このように、社会保険労務士として改正高年齢者雇用安定法をビジネスチャンスにすることはまだまだ可能です。この場合に大切なことは、個別企業の個別事情 に合わせた制度構築をすることです。「社労士さんに相談して良かった」と言ってもらえるように、経営を考え、会社の発展に寄与できる、職安や監督署の窓口 で相談するのとはひと味もふた味も違ったアドバイスをしたいものです。
「会社のありたい姿」を考える
これまで見てきたように、高齢者雇用の基本姿勢を考えるときに一番大切なのは「会社のあ りたい姿、あるべき姿」から考えた「どのような人材がわが社には必要か?」ということです。改正を、その「わが社のあるべき姿」を考えるきっかけとするこ とができれば何よりなのですが、青い鳥(最適な制度)はどこかにいる(ある)のではなくて、自分達で探し当てるものであるということを忘れてはなりませ ん。
個別企業の個別事情に基づいた個別ルールについて、労使が心を砕き、知恵を出し合いルー ル化し、柔軟に運用していくところに、“社員を活かす"秘訣が隠されていることを、今回の法律改正は身近な問題として提供してくれたようです。また、当事 者(定年退職者・再雇用者など)だけでなく、「自分には関係ない話」と思いながらも会社の対応次第では若手社員のモチベーションダウンに繋がることも忘れ てはいけません。
制度構築と制度運用において、『ダブル効果』、『トリプル効果』があり、労使双方がお互いに「十分貢献してもらっている」、「楽しく働かせてもらっている」と感謝し合えるよう制度が運用されれば、労使ともにこの上ない幸せではないでしょうか。
【執筆者略歴】
●三浦眞澄(みうら・ますみ)
愛知県出身。特定社会保険労務士・CDA・CFP。平成6年三浦事務所を設立。人事・労務に関するコンサルティング、公的年金セミナーなど幅広く社会保険労務士業を展開。月刊ビジネスガイド(日本法令)への執筆のほか、著書には「賃金の本質と人事革新~歴史に学ぶ人の育て方・活かし方」(共著:三修社刊)などがある。
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