定年後の働き方と幸福度の関係
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子氏
1――はじめに
国家公務員の定年は、2023年度から段階的に引き上げられ、2031年度には65歳となる 1。こうした中で、定年延長の議論が進んでいるが、長く働き続けることは人々の幸福度を高めるのだろうか。例えば、定年後に働き続けている人の方が、定年後に働いていない人よりも幸福度が高いという結果が示されたとしても、定年後に働き続けることが幸福度を高めることを示しているとはいえない。それは、健康状態が良い人や、仕事がもともと大好きな人が定年後も働き続けているために、定年後に働き続けている人の幸福度が定年後に働き続けていない人に比べて高いだけで、定年後に働き続けることによって、幸福度が高まっているわけではない可能性があるからだ。
そこで本稿では、定年直前と定年直後の人を対象とした独自のアンケート調査を用いて、定年後の働き方の違いの幸福度への影響を捉えることを試みた分析結果を紹介する。結果を先取りしてお伝えすれば、本稿の分析結果からは、定年後も働き続けることによって幸福度が高まるという示唆は得られなかった。反対に、公務員の間では、定年後に働くことを辞めることで、時間の余裕が生まれることを通して、幸福度が高まる可能性が示唆された。また、会社員の間では、定年後の働き方に関わらず、定年を迎えることによって幸福度が高まる可能性が示唆された。
1 人事院 (https://www.jinji.go.jp/shogai-sekkei/teinen-motarasu/1-1.html 2022/10/18アクセス)
2――調査概要
本調査は、2022年3月に WEB アンケートによって実施した。回答は、全国の 57歳~61歳の公務員/正社員もしくは、2年以内に定年を迎えた元公務員/元正社員 2 を対象に、年齢、公務員/会社員ごとに、割付数を設定し、全部で3,700件回収した 3 。そのうち、本分析では、所属している企業/団体(所属していた企業/団体)の定年年齢と自身が定年退職したかどうかの回答が一貫している回答かつ、60歳で定年を迎える/迎えた人の回答のみを用いた(サンプルサイズ2,555)。
2 株式会社クロスマーケティングのモニター会員
3 調査概要の詳細は、以下の基礎研レポート参照:岩﨑敬子(2022/10/18)「定年後の働き方―定年前の予定とのギャップ」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72658?site=nli)
3――定年前後の幸福度
まず、年齢ごとの幸福度の平均値を示したのが、図1である。この分析には、60歳定年の企業/団体に勤めている/勤めていた回答のみを用いているため、57歳から59歳の回答者は全員定年を迎える前である。そして、60歳の回答者には定年前の人と定年後の人が含まれており、61歳の回答者は全員定年を迎えている。また、幸福度は、「現在、あなたはどの程度幸せですか?「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか?」という質問で計測したものである。図1からは、会社員の間では、定年前の回答者に比べて定年後の回答者の幸福度が高い傾向が確認できる。公務員の間では定年前後で大きな変化は見られない。
さらに、定年前(57歳~60歳定年前の回答者)と定年後(60歳定年後と61歳の回答者)の回答者それぞれの幸福度の平均を示したのが、図2である。この図からも、会社員の間では定年前に比べて定年後の回答者の幸福度が高く、公務員の間では大きな違いが見られないことが確認できる。定年後の回答者が、定年前には、定年前の回答者と同じような幸福度であったと仮定すると、この結果からは、会社員の間では、定年前後で幸福度が高まる可能性が示唆される。
4――定年後の働き方別に見る定年前後の幸福度
では、定年後の働き方の違いによって、幸福度は異なるのだろうか。図3には、定年前の定年後の働き方の予定及び定年後の実際の働き方の違い別に幸福度を示した 4。まず会社員の間で、定年前後の回答を比較すると、定年後の回答者の方が、全体的に幸福度が高い傾向が見られるが、働き方の違いによって定年後の幸福度に大きな違いは見られない。一方で、定年後の公務員の間では、定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務している人に比べて、働いていない人の間で幸福度が高い 5。
定年後の公務員の間では、定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務している人に比べて、働いていない人の間で幸福度が高いはどうしてだろうか。定年後に働いていない人は、定年前から既に幸福度が高い可能性は考えられるだろうか。このことを確認するために、定年前の公務員の回答者で、定年後には働かない予定であると回答した人の幸福度を確認すると、その他の働き方を予定する人と比べて幸福度が高い傾向は見られない。そのため、定年後の回答者が、定年前に現在の定年後の働き方を希望しており、定年前の回答者と同様の幸福度であったと仮定すると、定年後に働いていない元公務員の人は、もともと定年前から幸福度が高かったために、定年後も幸福度が高いというわけではなさそうだ。
では他に定年後の公務員の間では、働いていない人の間で幸福度が高い理由としては、どのようなものが考えられるだろうか。可能性の1つに、「時間の余裕」があるかもしれない。定年後に働かない人は、定年前に比べて時間の余裕が生まれ、そのことが幸福度につながっているという可能性である。そこで、定年前後の働き方の違いによる、時間の余裕の大きさの平均を示したのが図4である(時間の余裕は、余裕がある4、少しは余裕がある3、あまり余裕がない2、余裕がない1とした変数)6。
図4からは、会社員の間でも公務員の間でも働き方に関わらず、定年前と比べると定年後の回答者の方が時間的な余裕を感じている傾向が確認できる。中でも働いていない元公務員の定年者は、定年後に働かない予定を持つ定年前の回答者と比べて、時間的な余裕が特に大きい傾向が見られる 7。定年後に働いていない公務員が、定年前に現在の定年後の働き方を希望しており、定年前の回答者と同様の幸福度であったと仮定すると、公務員で定年後働いていない人は、時間的な余裕が生まれることを通して、幸福度が高まった可能性が示唆される 8。
4 定年後の会社員で「定年前同じ企業・団体にパートタイムで勤務」「定年前とは別の企業・団体にパートタイムで勤務」「働かない」に当てはまる回答者の数はそれぞれ10未満と非常に小さいため分布の掲載を省略している。また、会社員/公務員の定年前定年後のそれぞれで、「その他」の働き方を選択した回答者の分布についても掲載を省略している。
5 t検定の結果、有意水準10%で、公務員で定年を迎えた人の間では、「定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務」している人に比べて、「働いていない人」の幸福度が高い傾向が確認された。また、参考資料の表1に掲載した回帰分析の列(2)の結果(被説明変数は幸福度)からも、有意水準10%で、公務員で定年を迎えた人の間では、「定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務」している人に比べて、「働いていない人」の幸福度が高い傾向が確認できる。
6 定年後の会社員で「定年前同じ企業・団体にパートタイムで勤務」「定年前とは別の企業・団体にパートタイムで勤務」「働かない」に当てはまる回答者の数はそれぞれ10未満と非常に小さいため分布の掲載を省略している。また、会社員/公務員の定年前定年後のそれぞれで、「その他」の働き方を選択した回答者の分布についても掲載を省略している。
7 t検定の結果、有意水準1%で、公務員で定年を迎えた人の間では、「定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務」している人に比べて、「働いていない人」の方が時間的余裕の値が大きい傾向が確認された。また、公務員で定年を迎えた人のサンプルを用いて、被説明変数を時間の余裕として、説明変数に定年後の様々な働き方や金融資産、性別、結婚しているかどうかのダミーを含めた線形回帰モデルの推定でも、有意水準1%で、「定年前と同じ企業・団体にフルタイムで勤務」している人に比べて、「働いていない人」の時間の余裕が大きい傾向が確認された。
8 参考資料の表1に掲載した回帰分析の列(2)の結果(被説明変数は幸福度)では「働いていない人」のダミー変数の係数が正で有意である一方で、時間の余裕の変数を追加した列(5)の推計では、時間の余裕の変数は正で有意であるが、「働いていない人」のダミー変数の係数が有意でない。この結果からも、定年を迎えるまで公務員で、定年後に働いていない人は、時間的な余裕が生まれることを通して、幸福度が高まった可能性が確認できる。
5――おわりに
本稿では、定年直前と定年直後の人を対象とした独自のアンケート調査を用いて、定年後の働き方の違いの幸福度への影響を捉えることを試みた分析結果を紹介した。定年後の回答者が、定年前に現在の定年後の働き方を予定しており、定年前の回答者と同様の幸福度であったと仮定した場合、本稿で紹介した分析結果からは、会社員は定年を迎えることで幸福度が高まる可能性や、公務員は定年後に働かないと幸福度が高まる可能性が示唆される。このことは、定年延長や定年の撤廃は、現在の状況では、必ずしも個々人の幸せにつながるわけではないという示唆につながるかもしれない。
しかし、今回分析に利用したデータはクロスセクションデータであり、本稿での仮定は当てはまらない可能性がある点に、留意が必要である。定年を迎えた直後の人が数年前に考えていた定年後の働き方の予定は、現在の働き方と同じであったとは限らない。現在定年を迎えた直後の人はコロナ禍で本来の予定とは異なる働き方を選ぶ決断をした可能性も考えられる。さらに、定年を迎えた人の定年前の幸福度の分布が、現在定年前の回答者の分布と同様であったとは限らない。加えて、本調査は調査会社のモニター会員に協力頂いたもので、定年を迎えた回答者は定年を迎える前の回答者に比べて特に働くことへの意識が強いなど、一般的な日本全体の分布とは異なる可能性がある。他にも、定年後の働き方の幸福度への長期的な影響については、本稿の分析では捉えることができない。こうした状況から、定年後の働き方の幸福度への影響をより厳密に捉えるには、今後の継続的な調査を通した分析が必要とされるだろう。
参考資料
ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
https://www.nli-research.co.jp/?site=nli
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