CHROに求められる5つの特性とは?
マーサージャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング プリンシパル 佐々木 玲子 氏
刻一刻と経営環境が変化する中、経営が目指したい姿を実現するためには、無形資産である人ならびに組織能力の意図的な獲得と強化が重要となる。また、デジタルトランスフォーメーションに代表されるような変革を成し遂げる上でも、人や組織がその能力を最大限に発揮できるような環境を整え、注意深く育んでいくことが求められるだろう。
経営戦略の実現と会社経営を牽引するCHROへ
企業の競争優位性の源泉が人的資本であるとの理解のもと、日本においても人事部門のトップの役割や位置づけが見直され、経営・事業戦略を実現するための人事としてのポジションであるCHRO(あるいはそれに相当する役割)の新設や、既存の人事管掌役員のCHROへの転換が起こっている。
経済産業省の調査対象企業においては、その8割以上の企業でCHROの設置や人財戦略に関する取締役の選任が行われているとの報告がある*。CHROには、CEO、CFOと共にトロイカ体制を敷き、会社経営を牽引する役割が課されているのだ。
*経済産業省 令和2年度産業経済研究委託事業(経営と連動した人財戦略に関する調査)
一般に定義されるCHROの代表的な職責としては、経営戦略実現に向けた人材の発掘、獲得、育成から成るタレントマネジメントや、組織カルチャー、社員エンゲージメント、DEI等を扱う組織開発、CHRO自身も一角を占める経営チームの意思決定機関としての効果性と健全性の確保が挙げられる。また将来に向けた備えとしての経営チームの候補者のシステマティックな確保、投資家を含む社内外ステークホルダーとの自社の人材戦略や人・組織を通じた価値創出に関する対話、人事機能の変革・能力開発についてもCHROの責任範疇といえる。
日本企業においては、CHROは比較的新しい役割である。そのため、現段階では社内の人材からは適材を見出せず、社外から人材を招へいされる事例を見聞きする。
では、新CHROは何を拠り所に職責を果たしていけばいいのだろうか?特に外部から招へいされたCHROの場合は、社内ネットワークや人に関する情報、社内の制度・プロセスに関する理解を強みとすることはできない。CHROのビジョンや構想は、社員のみならず、自組織である人事のチームでさえも、必ずしも理解されないこともある。
人的資本を源泉にグローバル競争に打ち勝つCHROの5大特性
マーサーはグローバルの様々な国、産業、企業規模のCHROとの協働を通じて「Leading the people function: Five key attributes of chief people officers-whether day one, 100 or 1,000」をとりまとめ、この取り組みを通じて、CHROに求められる5つの特性を見極めた。
まず、CHROに求められる特性の1点目はListener(よい聴き手)であること。CHRO自身が一次情報である社員や組織の声をしっかりと聴き、多様化した組織・人事面でのニーズを深く理解し、ロールモデルとして「聴く姿」と「行動」を示し社員、組織に対して影響を与えることが求められる。イノベーション、組織学習、信頼や心理的安全性は、組織の中の重層的な対話から生み出される。そして対話はまず「聴く」ことから始まるのだ。
2点目の特性はCultivator(カルチャーを植え付け、育むこと)であること。DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)やウェルビーイングの擁護・推進は、社員、組織内外のコミュニティー、事業に対して、肯定的な結果をもたらす。CHROは組織にDEIとウェルビーイングの種を植え、育む。そして、言葉や態度を示すだけでなく、制度、プロセス、リーダーシップ行動等のカルチャーに影響を及ぼすハードな側面を適切に統御し、カルチャーを根付かせるべく統合的に取り組みを進めていくのだ。
3点目の資質はStoryteller(物語の語り手)であること。人事機能においても、アナリティクスを活用し、データを中心にすえた判断や意思決定が求められる。一方、データ単体ではその先の道筋を描くことはできない。CHROは物語の語り手であるストーリーテラーとして、データに文脈を設定し意味付けをし、社員の行動を呼び起こすような、洞察に満ちた説得力のある物語に紡ぎださなくてはならない。
4点目として挙げられるのは、Activator(人事機能を活性化する)であること。HR テクノロジーの進化により、人事チームはより多くの時間を本質的な課題解決に使うことができるようになる。人事領域での課題解決が何をもたらすのか、どのような行動が伴うべきなのか等、人事チームの目線を合わせ、原理原則レベルでの理解や解釈をそろえると共に、人事チームが存分に活躍できるよう、環境、スキル、プロセスを整備する必要がある。
最後の5点目はTransformer(変革者)であること。激変する環境下、従来型の社内人材を中心としたタレントマネジメントが意味をなさなくなってきた。組織・事業の戦略的なゴールをにらみつつも、「仕事」を再設計、再定義し、社内外から必要なスキル・能力を獲得することが重要である。同時に、社内外から獲得した人材は、属性のみならず、その働き方や雇用形態も含め、これまで以上に多様な人材であることが予期される。こうした人材に仕事を通じた、有意義なエクスペリエンスを、意図的に提供する仕組みの構築が求められる。
事業の戦略的目的と社員のニーズを両立させる人事の専門家
以上5点をまとめると、人と組織を預かるCHROは、高次元で「理と情」を併せ持つことで経営チームのメンバーとして価値を発揮できるといえるのではないか?英語ではEmpathetic Economist (情のある合理的経済人)として、事業の戦略的目的と社員のニーズを両立させることが、CHROを経営チームの他のエグゼクティブとは異なる価値を持つ存在とされている。
新任CHROに関しては社内の固有の知識や情報を持たずとも、以上5点の特性を有していれば、人事の専門家として経営に貢献できるのではないだろうか。もちろんこれは容易ではない。全CHROが上記5点全てを強みとして保持する必要もなければ現実的でもないかもしれない。しかし、人事チームの役割の持たせ方等で全体として担保できる要素もあると考える。
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