【データサイエンティスト】
統計・IT・ビジネスに通じたデータの目利き。
「21世紀で最もセクシーな職業」は日本を救うか
イノベーションの陰にビッグデータあり――。GoogleやAmazon、Facebookの成功はその最たる例だが、ただ膨大な量の情報を収集し、自社のデータベースにため込んでいるだけでは、何も起こらない。大切なのはデータの山を解析し、どれだけビジネスに活用できる知見を引き出せるか。そのための中核人材として欠かせないのが、「データサイエンティスト」である。統計学や数理学を専門的に学び、IT知識が豊富で、コンサルティング能力にも優れた新しいプロフェッショナル。しかし国内での存在感は、まだまだ薄い。
ビッグデータ活用のキーパーソンが25万人も不足!?
米ハーバード・ビジネス・レビュー誌が2012年10月号で「21世紀で最もセクシーな職業」として挙げたもの。それが「データサイエンティスト」だ。セクシーとはこの場合、魅力的といったニュアンスだが、データサイエンティストという職業の何が、どう魅力的なのか、ピンと来ない人も多いだろう。それもそのはず。13年7月に日本で発足した一般社団法人データサイエンティスト協会は、ホームページ上で、同協会設立の背景を次のように説明している。「企業では当該人材の獲得・育成に力を入れようとしておりますが、実際には新しい職業である『データサイエンティスト』に明確な定義がなく、対応領域も広いことから、さまざまな課題も生まれています」――。2年前にはまだ、日本国内では専門職としての明確な定義さえなかったのだ。それほど、国内では認知・理解の遅れている職種なのである。
一方では昨今、ビッグデータという言葉が耳目に触れない日はない。ビジネスに活用されるセンサー・通信機器の発達やインターネット・サービスの普及などにより、企業が収集・蓄積できるデータの種類と量は飛躍的に増した。そうしたデータの“山”=ビッグデータを利益に変えるべく、各業界でさまざまなデータ分析の用途開拓が行われている。例えば小売業で、各店舗の購買データなどから顧客ニーズを精緻に分析し、商品開発や販売促進に生かしたり、自動車メーカーが膨大な走行データの解析を通して、車の安全性やエネルギー効率の技術にイノベーションを起こしたり、あるいはソーシャルメディアのつぶやきを自然言語処理技術で解析し、目に見えない消費者インサイトを発掘したりするなど、ビッグデータ活用の動きは産業界全体に大きく広がっている。
その中核人材として注目を集めているのが、「データサイエンティスト」だ。各企業で働くケースと専門機関に所属するケースがあるが、一般的には、高度な統計解析ツールを駆使してビッグデータを収集・加工・分析、予測モデルを導き出し、合理的な意思決定に資することができる人材を指す。ビッグデータを活用してGoogleの検索機能やAmazonのレコメンド機能の精度向上に結びつけるなど、米ネット企業を成功させた陰の立役者ともいわれる。
ところが日本では、将来の産業競争力を左右しかねないこのプロフェッショナル人材が、あらゆる業界において質・量ともに足りていない。13年時点で、国内のデータサイエンティストの数は1000人程度。米・調査会社ガートナーによると、将来的には約25万人が不足する見通しだ。“予備軍”として有望視される統計学専攻などの大卒者も年間4000人弱と、米国の2万5千人に比べ圧倒的に少ないのが現状である。
データサイエンティストに求められる三つのスキルとは
データサイエンティストとして求められる人材像や資質、能力とは何か。そこが明確でなければ、不足する人材を確保・育成しようにも手の打ちようがない。そこで、先述のデータサイエンティスト協会では、データサイエンティストに必須のスキルセットとして、以下の要件を定義し、昨年11月に公表した。1)ビジネス力、2)データサイエンス力、3)データエンジニア力、の三つである。具体的には、1)は「課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力」のこと。2)と3)はそれぞれ「情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力」「データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力」を意味する。
また、同協会はこれを踏まえ、今後求められるデータサイエンティスト像を「データサイエンス力、データエンジニアリング力をベースに、データから価値を創出し、ビジネス課題に答えを出すプロフェッショナル」と定義した。それぞれのスキル領域で取り扱う知識や技術のトレンドが、めまぐるしく変化することは論をまたない。絶えず最新の知見をキャッチアップしながら、スキルセットすべてに磨きをかけ続けられるかどうか。適性として問われるのは、何よりも貪欲かつ真摯な学びの姿勢だろう。
従来の日本企業は、組織の同質性が高いがゆえに、「空気を読む」「雰囲気でわかり合う」といった風潮が根強く、意思決定の局面でも人脈や人間関係など、合理性とは別の要素に左右される傾向が大きかった。しかし今後、人材の多様化が進めば、目に見える客観的・合理的な根拠なしに組織運営を進めることは難しい。数字こそが生産的な議論の前提となり、データが意思決定を導くことになるのだ。したがってデータサイエンスに精通した人材なら、ダイバーシティ経営のキーパーソンとしても活躍できる可能性が高いといえる。
待遇も将来性も上昇傾向だが、育成は緒に就いたばかり
とはいえ、日本には従来、データサイエンティストに必要な能力を併せ持つ人材を専門的に育てる場は、大学教育を含めて、ないに等しかった。米国企業が統計などを修得した専門家を即戦力として雇用しているのに対し、日本では、各企業が数字に強い既存の社員に勉強させ、“内製化”することで長く対応してきた。しかし近年、扱うデータ量が圧倒的に増え、解析・活用の専門性が不可欠になってきたことから、大学で人材育成に乗り出す動きが出てきている。立教大学経営学部や慶應義塾大学SFC研究所、多摩大学経営大学院などが「データサイエンティスト育成コース」の創設を相次いで発表。滋賀大学は2017年度から、日本初の独立した統計学部として「データサイエンス学部」を新設する。今後、データサイエンティストを目指すなら、そうした専門の教育機関で学ぶことが望ましい。その上で、ビッグデータ活用に熱心な一般企業やデータ分析サービス専門の企業などに就職するのが基本的なコースである。
一般に、データサイエンティストが専門職として雇用される場合、一定以上の規模の企業であることが多く、また、採用面でも売り手市場の職種だけに、年収相場は概して他の仕事より高い傾向にある。米国では、データサイエンティストの給与の全国平均値は国全体の平均値の113%。日本でも経験者なら、1000万円以上稼ぐ人が少なくないようだ。
ビッグデータのフル活用によって、年間8兆円近くもの経済効果が見込まれるなか、実際にイノベーションを起こすにはデータサイエンティストの働きが欠かせない。しかし一方で、急激な需要の伸びに国内の教育が追い付かず、人材不足は数年では改善されないという指摘もある。そうなれば、データ分析は数字が中心で言葉の壁が比較的低いため、オフショアによる人材確保に傾く企業も増えてくるだろう。たしかにデータサイエンティストは、引く手数多の「セクシーな職業」だが、必ずしもその仕事やポストに日本人が就けるとは限らないのだ。
この仕事のポイント
やりがい | データから価値を創出し、ビジネス課題に答えを出す、経営に欠かせないキーパーソンとなることができる |
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就く方法 | 育成コースや学部を持つ専門の教育機関で学び、その上で、ビッグデータ活用に熱心な一般企業やデータ分析サービス専門の企業などに就職して技術を磨く |
必要な適性・能力 | ・課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力。 ・情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力。 ・データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力 何よりも、貪欲かつ真摯な学びの姿勢が必要 |
収入 | 米国では、国全体の給与の平均値の113%。日本でも経験者なら、1000万円以上稼ぐ人が少なくない |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。