私傷病休職制度の給与のルールについて
近年、けがや病気・メンタルヘルスの不調により、従業員が休職するケースが少なくありません。従業員が就業することによって企業に業務上の支障が生じる場合は、休職発令を出して治療に専念させることが必要です。そのため、多くの企業で休職制度のルールを就業規則に定めています。
私傷病により休職する従業員に給与を支払うかどうかは、企業によって対応が異なります。休職者に給与を支払う企業もありますが、休職期間中の給与は無給とすることもあります。いずれの場合も、休職者の給与補償に役立つ「傷病手当金」などの制度について、理解しておく必要があります。
1. 休職制度とはどのような制度なのか
休職には私傷病休職の他にも、起訴休職や出向休職など、さまざまなものがあります。ここでは、休職制度として一般的な「私傷病休職」について解説します。
休職制度の目的
休職とは、従業員を就業させることによって業務の運営に支障が生じる場合や、従業員に就業させることが適切ではない場合に、従業員としての身分を存続させつつ就労の義務を免除または禁止することです。
私傷病により従業員の欠勤が長期に継続すれば、企業は従業員の労働契約上の本来の義務である労務の提供を受けることができません。また、欠勤と出勤が断続的に繰り返されると、従業員は業務に専念することができず、他の従業員の業務も滞ります。このような場合に、企業は従業員に休職を命じることがあります。
休職は、就業規則などの会社のルールに基づいて復職を前提に命じるものであるため、従業員は復職に向けて治療に専念する義務があります。休職事由が消滅すれば復職することができますが、休職期間の満了時に休職事由が解消していない場合は、退職や解雇となるのが一般的です。
従業員が労働契約上の義務を果たせなければ、企業は従業員の解雇を検討することになります。しかし、傷病が治れば再び労務の提供ができるようになることもあり、休職には解雇を一定期間猶予する目的もあるといわれます。
休職は辞令などで企業が命じるのが一般的です。しかし、従業員の希望によって休職を申請できるルールを就業規則に設けている企業もあります。
就業規則に根拠が必要となる
休職制度には多種多様なものがあり、企業で任意に作成することが可能です。ただし、労働者の権利と義務にかかわる事項であり、休職制度を設ける場合は就業規則に規定を置く必要があります。
労働基準法89条では、「労働者のすべてに適用される定めをする場合」には、就業規則に定めることを規定しています。就業規則には、必ず定めなければならない「絶対的必要記載事項」、定めがある場合には規定しなければならない「相対的必要記載事項」があり、休職制度は相対的必要記載事項の一つです。
また、労働契約法7条では、「使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合」に、就業規則で定める労働条件が労働契約の内容になるとしています。
したがって、就業規則に休職を命令するための根拠がなければ、休職命令を下すことができません。つまり、就業規則に「けが、病気、または精神疾患が原因となって通常の労務提供ができず、回復に一定期間を要する場合は、業務上の必要性に基づいて休職を命じることがある」などといった規定を設けなければ、私傷病による休職を命じることができないことになります。
病気やけががさほど重くなく、通院しながら勤務が可能な場合は、休職を命じても合理性や相当性を欠くと見なされ、権利の乱用として無効となるおそれがあるので注意が必要です。休職を命じる際は、従業員の労務提供の能力や治癒に必要な期間、代替できる業務の有無に留意し、慎重に行わなければなりません。
2. 私傷病休職中の給与のルールにはどのようなものがあるか
労働基準法をはじめとして休職制度に関する法律上の定めはなく、休職制度を設けるかどうかは企業の判断に委ねられます。休職制度は任意に定めることができるため、休職制度にはさまざまなパターンのルールがあるのが現状です。
厚生労働省のモデル就業規則のルールを確認
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
(1)業務外の傷病による欠勤が か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
(2)前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
2 休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。
3 第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。
厚生労働省のモデル就業規則では、欠勤が一定期間継続していることが前提となっているため、断続的に欠勤するようなケースでは休職を命じることが困難になる可能性があります。
「休職期間満了によって退職とする」という定め方、いわゆる「自然退職」の規定となっています。「休職期間満了により解雇とする」と規定した場合は、労働基準法20条の定めによる解雇予告や解雇予告手当の支払いが必要なことに注意が必要です。
欠勤日の初日から1ヵ月を有給とするケース
休職制度にはさまざまな規定を設けることが可能であり、休職期間は無給とすることも有給とすることも自由です。ここで紹介する規定は、一定期間欠勤が継続してから休職を命じる内容となっていますが、業務外の傷病について、類似の私傷病も含めて規定しています。
特にメンタルヘルス不調を理由とした休職では、「うつ状態」「適応障害」「うつ病」など診断する医師によっても判断が異なることがあるため、同一事由だけではなく類似の事由も含めた内容としています。
欠勤日の初日から1ヵ月を有給とする場合の休職規定例の一部
第9条 従業員が、次の各号の一つに該当するときは、休職を命じることがある。
(1)業務外の傷病によって欠勤し、同一ないし類似の事由による私傷病により、当該欠勤日の初日から1ヵ月を経過してもその傷病が治癒しないとき。
なお、治癒とは債務の本旨弁済が可能な状態、つまり、健康時と同様に従来の業務を通常に遂行できる程度に回復することを指す。
(2)同一ないし類似の事由による私傷病の治癒に1ヵ月以上を要することが明らかであるとき。
(3)同一ないし類似の事由による私傷病により、組織上において求められる通常の役割の遂行または雇用契約上で求められる通常の労務の提供に支障が生じ、かつ、当該欠勤日の初日から起算した場合の1ヵ月ないし6ヵ月経過時の出勤率が8割を上回らないとき。
2 休職期間は以下の期間とする。
勤続3年未満:6ヵ月
勤務3年以上10年未満:1年
勤続10年以上:1年6ヵ月
3 休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合は、他の職務に就かせることがある。
4 第1項により休職し、休職期間が満了しても傷病が治癒せず就業困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。
5 業務外の傷病により欠勤し、当該欠勤日の初日から1ヵ月を経過するまでは、有給とする。なお、休職期間中は無給とする。
治癒がどのような状態であるかを定義することは、復職できる状況を明確にするためにも有効です。出勤率などを休職の要件に設けることも自由に決められます。
休職期間中を無給にするケース
勤続年数によって休職期間を変えるだけではなく、休職の原因となった傷病の種類によって休職期間を変えることもあります。同一の原因による傷病が再発したケースを考慮した場合の取り扱いを設定することも可能です。
ここでは休職期間中の給与を無給としていますが、休職期間が賞与や退職金に影響することもあるため、休職期間を退職金や賞与の算定期間から除いて支給する旨の規定を設けるケースもあります。
期間中を無給とする場合の休職規定例の一部
第9条 従業員が私傷病を原因として次のいずれかに該当するときには、勤続年数に応じた所定の期間、休職を命ずることがある。
(1)業務外の傷病による欠勤が連続して14日(欠勤中の休日も含む)を超え、なおも療養をするため勤務できないと認められるとき
勤続3年未満(3ヵ月)
勤務3年以上10年未満(6ヵ月)
勤続10年以上(1年)
(2)精神疾患により労務提供が不完全と判断されたとき、または医師により精神疾患が原因で労務提供が困難と診断されたとき
勤続3年未満(6ヵ月)
勤務3年以上10年未満(1年)
勤続10年以上(1年6ヵ月)
2 会社は、必要と認めた場合に休職期間延長を命ずる場合がある。
3 休職期間中は無給とする。
4 休職期間中は退職金算定の基礎となる勤続年数に算入しない。また、賞与の算定期間からも除外し、賞与を支給する際は、休職期間を除いた算定期間に応じて減額する。
5 休職期間が満了する期日までに休職事由が消滅したことを従業員が申し出て、会社が復職を認めた際は、原則として元の職務に復職させる。ただし、元の職務へ復帰させることが困難である場合、または不適当な場合は、現職と異なる職務に配置することがある。この場合においては、労働条件変更及び役職変更等を伴うことがある。
6 第1項第1号または第2号により休職し、休職期間が満了してもなお治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了の日をもって退職とする。なお、治癒とは従来の業務を健康時と同様に通常業務が遂行できる程度まで回復することを意味する。
7 第1項第1号または第2号により休職し、復職後1年以内に同一または類似の事由により再び欠勤したときは、直ちに休職を命ずることができる。この場合、休職期間は復職前の期間と通算する。
3. 私傷病休職にかかわる給与補償
私傷病休職は無給であることが多く、休職期間中でも社会保険料の負担が発生するため、従業員の経済状況に直接的な影響を与えます。給与を補償する制度の有無は、従業員にとって重要な問題です。企業としては、従業員が安心して治療に専念できるように、経済的な不安を取り除く配慮が必要です。公的な経済支援制度を案内するほか、自社に給与補償制度がある場合は、従業員に制度の内容を説明するとよいでしょう。
休職期間中に受給できる傷病手当金
休職期間中に受給できる公的制度に、企業が加入する健康保険や健康保険組合から支給される傷病手当金があります。
企業が全国健康保険協会(協会けんぽ)に加入している場合、健康保険の被保険者となっている従業員が療養のために働くことができず、給与が支払われない状態であれば、標準報酬月額の3分の2が支給されます。休業中に給与が支払われたとしても、その支払われた給与が傷病手当金よりも少ない場合は、差額が支給されます。
支給期間は、待機期間となる最初の3日間を除き、支給開始日から通算1年6ヵ月が上限です。そのため、傷病手当金の期間と同じく、休職期間を1年6ヵ月に設定するケースも多く見られます。
私傷病の療養に備えた特別休暇
病気療養のための休暇制度を企業独自に設けることで、従業員の欠勤中の収入を確保することができます。この病気療養のための休暇制度は、「病気休暇」や「傷病休暇」などと呼ばれ、年次有給休暇とは別に企業が自由に設計できる特別休暇にあたります。
休暇の取得条件や取得可能日数は、労使協議や企業の方針により自由に設計することが可能です。たとえば、年次有給休暇は2年で時効により失効するため、失効した年次有給休暇を積み立てて、従業員が病気や怪我で長期療養が必要となったときに利用できるようにするのもよいでしょう。消滅した年次有給休暇を60日まで積立可能にするケースや、労働基準法の年次有給休暇を上回る日数を最初から付与するケースなど、方法はさまざまです。
私傷病の療養に備えた特別休暇があれば、従業員は病気やけがに備えて年次有給休暇を取ることを控える必要もなくなります。特別休暇の創設は、年次有給休暇の取得率向上にも寄与するでしょう。
4. 休職は復職に向けた支援が必要
休職した従業員が復職する際は、リワークプログラムを利用すると効果的です。リワークプログラムには、病院で治療も兼ねて実施する「医療リワーク」、地域障害者職業センターが復職に向けて実施する「職リハリワーク」、各企業が独自に復職に向けて実施する「職場リワーク」などがあります。特にメンタルヘルス不調で休職した場合は、半日勤務などによって段階的に慣らしていく必要があるため、産業医や精神科の医師などの専門家に相談しながら、リワークに向けた取り組みを進めていくのが望ましいといえます。
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