従業員の服装について、規定に基づきどこまで指導することができるか
本来、服装は個人の自由であり、本人の希望が尊重されるべきです。一方、企業としては「奇抜な服装は顧客を不快にさせ、企業イメージを損なう」「露出の多い服装や香水の臭いなどは、周囲の従業員を不快にさせる」と考えることもあるでしょう。服装や身だしなみの規定に関する法的な考え方や指導する際の注意点について解説します。
服装の規定に関する法的な制約
服装や髪型、口ひげなどの身だしなみは個人の自由であり、企業が一方的に規制することは難しいでしょう。しかし、業種や職種、業務内容によっては、一定の制限を設けることができます。
法的な根拠と基本的な考え方
労働者は就業中、使用者の指揮命令下にあり、服装に完全な自由が認められるわけではありません。企業は職場環境を整備し、秩序を維持する義務と権限を有します。そのため、多くの企業が服装に関する規定を就業規則や服務規律に設けています。企業が企業秩序を維持するために合理的な規則を定めた場合、従業員はそれらの規則を順守しなければなりません。
業界・職種による違い
業務上の安全衛生面を考慮し、多くの企業が従業員に制服の着用を義務付けています。医療機関や食品を扱う工場などでは、衛生面から白衣や抗菌服、作業服の着用を義務付ける必要性があります。飲食店、サービス業、営業職などの接客が必要な業種では、従業員の身だしなみが衛生面に関わり、顧客の感じ方に影響を与えることがあるため、一定の制限を設けることは可能と考えられます。
服装や身だしなみに関する、二つの判例を紹介します。
神奈川中央交通事件(横浜地判平6・9・27) では、バス運転士が制帽着用義務に違反したため、企業が減給処分を行いました。裁判所は「制服・制帽の着用は道路運送法の規定に基づくものである。その目的が、バス乗務員に任務と責任を自覚させ、利用者に対しても正規のバス乗務員であることを認識させて信頼感を与えることにある。そのため、服務規定で定めることには合理性がある」と判断しています。
郵便事業(身だしなみ基準)事件(大阪高裁平22・10・27) では、従業員が上司らから、ひげを剃り髪を切るように繰り返し求められました。裁判所は「社内の身だしなみ基準があるものの、長髪やひげについては過度の制限を課すのは合理的とは認められない。顧客に不快感を与えるような長髪やひげは不可などと限定して適用されるべきもの」と判断。慰謝料の請求も認めました。
服装の規定に基づき指導する際の注意点
従業員の服装や身だしなみを指導するうえでは、就業規則の服務規律に規定が設けられている必要があります。
指導する際の基本的な考え方と順番・伝え方
従業員の服装と身だしなみを服務規律に定める際は、常識の範囲内に収めるのが原則です。合理的な根拠があれば、誰が見ても不衛生・不清潔と感じられるようなものに対して、注意・指導することが可能です。
服務規律は、以下の順で作成するとよいでしょう。
- トップの意思を表明する
企業のトップが自社にふさわしい従業員のあり方を表明し、周知します。 - 従業員と話し合って基準を定め、合意を得る
従業員と話し合って合意を得ることが重要です。取引先・顧客、他の従業員からのクレームの有無を確認し、業務への影響を中心に意見を募り、基準を定めます。 - 就業規則の服務規律などに規定する
服務規律を策定する際は、適正な手続きを経て周知することが必要です。
服装以外の問題への対応
場合によっては、髪型やひげ、臭い、ネイル、タトゥーなど服装以外への対応も必要です。ルールを定め、従業員の職種や業務内容に合った基準を設けておかなければ指導はできません。懲戒処分を行う際も同様です。就業規則に懲戒事由を定め、それを周知しておく必要があります。
当該社員へ注意・指導をしても改善されない場合は、身だしなみに関する規定を置いている理由を説明し、説得することからはじめます。処分する際は注意や軽い戒告から行い、それでも改善されない場合は、段階を踏んで重い懲戒処分を科します。ただし、懲戒解雇などは、司法の判断で処分が重すぎることを理由に無効になる可能性もあります。
ハラスメントを回避するための工夫
過度な規制は、従業員が「個人の自由を侵害された」と感じることでハラスメントとみなされる可能性があります。特に頭髪やひげに関する規制は、私生活への干渉と受け取られるため、慎重に対応しなければなりません。業務に支障がないにもかかわらず、過度に頭髪の長さや色について指導することはトラブルの原因になるため、避けたほうがよいでしょう。化粧やネイルなどについても同様です。
近年、テレワークが普及し、出社する必要がない企業が増えています。また、服装や身だしなみに関する考え方は時代とともに変化しています。ハラスメントを回避するためには、服務規律などに業種や職種、業務内容に合った順守事項を定める必要があります。
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