裁量労働制における「残業」の取り扱い
裁量労働制において『残業代を出さなくてもよい』と判断するのは正しいのでしょうか。本記事では、以下の二つの側面から、裁量労働制における「残業」の取り扱いを考えます。
・みなし労働時間が法定労働時間を超える場合
・裁量労働制の実労働時間と賃金の関係
1. 裁量労働制とは何か
まず、裁量労働制の概要と適用される職種について解説します。
裁量労働制の概要
裁量労働制とは「みなし労働時間制」のひとつです。業務や職種の性質から、労働時間の配分や業務の遂行手段などを本人の裁量で決定し、使用者が具体的な指示を行わない制度です。
労働基準法では、正確に労働時間を算定できない場合に限り、所定労働時間または労使協定などで定められた時間を労働したものと考える「みなし労働時間制」を認めています。
たとえば、労使協定で定められたみなし労働時間が1日7.5時間の場合、労働時間が6時間であっても、9時間であっても、7.5時間働いたものとします。ただし、裁量労働制が適用されるためには条件があります。
裁量労働制が適用される職種
裁量労働制は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の二つに分けられ、それぞれ適用される条件に違いがあります。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制は、厚生労働省令および厚生労働大臣が告示する19の業務に限って認められています。
- 新商品もしくは新技術の研究開発または人文科学もしくは自然科学に関する研究の業務
- 情報処理システムの分析または設計の業務
- 新聞もしくは出版の事業における記事の取材もしくは編集の業務または放送番組もしくは有線ラジオ放送もしくは有線テレビジョン放送の放送番組の制作のための取材もしくは編集の業務
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
- 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサーまたはディレクターの業務
- 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務
- 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握またはそれを活用するための方法に関する考案もしくは助言の業務
- 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現または助言の業務
- ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
- 有価証券市場における相場等の動向または有価証券の価値等の分析、評価またはこれに基づく投資に関する助言の業務
- 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
- 学校教育法に規定する大学における教授研究の業務
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
また、専門業務型裁量労働制を導入するには、事業者が事業場の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合には労働者の過半数代表者)と労使協定を締結し、労働基準監督署へ届け出なければなりません。
労使協定で定められた業務に従事している労働者は、実際に労働した時間数と関係なく、協定で定めた時間分の労働をしたものとみなされます。 専門業務型裁量労働制を実施する場合、労働契約上の根拠が求められるため、就業規則などに明記しておくことが必要です。
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、本社・本店などで企画、立案、調査および分析の業務に携わる労働者に適用されます。
企画業務型裁量労働制は、対象事業場が限定されています。
- 本社、本店
- 事業運営に大きな影響を及ぼす重要な決定がなされる事業場
- 本社等の支持を受けずに独自に事業運営に重大な影響を及ぼす事業計画や営業計画の決定を行っている事業場
また、対象業務は、以下の4点を満たすものに限られます。対象事業場であっても、対象業務が存在しなければ企画業務型裁量労働制を導入することはできません。
- 会社やその拠点の事業運営に影響を及ぼす業務であること
- 企画、立案、調査、分析のいずれかの業務であること
- 業務の遂行を大幅に社員の裁量に委ねる必要がある業務であること
- 業務の遂行手段や労働時間の決定などに関して、使用者の具体的な指示をしない業務であること
企画業務型裁量労働制を導入するにあたっては、労使委員会を設置する必要があります。労使委員会は、労使双方の指名により構成されますが、労働者側の委員が過半数を占めなければなりません。
労使委員会では、所定の事項について委員の5分の4以上の多数による決議をし、決議内容を労働基準監督署に届けます。 専門業務型裁量労働制と異なり、労働基準監督署への届け出のほか、対象となる労働者からの個別の同意が必要です。
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2. みなし労働時間が法定労働時間を超える場合について
みなし労働時間が法定労働時間(原則として、1日8時間、1週間40時間)を超えて設定されている場合、休憩時間を除いて法定労働時間を超える部分について割増賃金を支払うことになっています。法定労働時間を超える部分は時間外労働に当たります。労働基準法第37条第1項の定めに従い、時間外手当として2割5分以上の割増賃金を支払います。ただし、みなし労働時間を法定労働時間内で設定した場合、時間外手当は発生しません。
※労働者に時間外労働をさせる場合、労働基準法第36条第1項の協定(時間外労働協定)を締結し、労働基準監督署への届け出が必要です。
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裁量労働制の割増賃金の計算例について
みなし労働時間を1日9時間と定めた場合、1時間は法定労働時間を超えているため、割増賃金の対象となります。
【条件】
- みなし労働時間:9時間
- 時間外労働の割増賃金率:25%
- 1時間あたりの賃金:2,500円
- 1日あたりの法定労働時間を超える労働時間=9時間-8時間=1時間
- 1日あたりの時間外手当=1時間×2,500円×1.25=3,125円
3. 実労働時間と賃金について
裁量労働制が適用されている場合、実際に労働した時間が何時間になっても、賃金は固定されます。たとえば、みなし労働時間が8時間と定められている場合、実際の労働時間が5時間であっても、10時間であっても、8時間働いたものとみなして賃金が支給されます。
休日・深夜労働は異なる扱い
裁量労働制の賃金は固定ですが、休日労働、深夜労働に関しては割増賃金の対象です。
休日労働における割増賃金
裁量労働制であっても、労働基準法第35条の休日(法定休日)は適用されるため、裁量労働制の労働者が法定休日に労働した場合は、労働基準法第37条第1項に基づき、3割5分以上の割増賃金の支払いが生じます。
また、所定休日の労働については、労使協定により、みなし労働時間の適用が可能です。たとえばみなし労働時間を、所定労働日について7時間30分、法定休日以外の所定休日においても7時間30分と労使協定で定めた場合、所定休日に労働をすると、労働時間は7時間30分とみなされます。所定休日にみなし労働時間を適用しない場合は、週40時間の法定労働時間を超える時間に対しては2割5分以上の割増賃金の支払いが必要です。
※労働者に休日労働をさせる場合、労働基準法第36条第1項の協定(休日労働協定)を締結し、労働基準監督署への届け出が必要です。
深夜労働における割増賃金
裁量労働制の労働者が深夜(午後10時〜午前5時)に労働した場合、労働基準法第37条第4項が適用され、2割5分以上の割増賃金を支払います。また、厚生労働省の労使協定例には所定休日での勤務や深夜労働に関する規定が盛り込まれています。裁量労働制を採用する場合は、休日労働、深夜労働の扱いを明確にしましょう。
裁量労働制の適用の有効性に注意
そもそも、裁量労働制の適用が有効かどうか問題になるケースもあります。裁量労働制は、業務遂行手段や時間配分の決め方を労働者の裁量に委ね、使用者が具体的に指示しないことが前提の制度です。携帯電話やメールなどで具体的な指示を使用者が都度出していたり、進捗状況や時間配分などについて使用者の指示の下で行わせたりするケースは、裁量労働時間制とは言えません。また、裁量労働時間制の対象業務と異なる業務を命じても、対象にはなりません。
裁量労働制が適用できないと判断された場合、未払い残業代の支払いなどを求められる可能性があります。
裁量労働制の適用が問題視されたケース
就労実態が専門業務型裁量労働制に当たるかどうかが争われたケースに、2012年のエーディーディー事件があります。うつ病と診断され退職した従業員がルールを破ったとして、会社が従業員に損害賠償を求め、これに従業員が反訴しました。
コンピュータ会社Yに勤めていた被告人Xには「情報処理システムの分析または設計の業務」に携わるため、裁量労働制が適用されていました。しかしXはシステム設計全体ではなく、下請け会社でシステム設計の一部に携わっているのみでした。
また、専門業務型裁量労働制に含まれないプログラミング業務につき未達が生じるほどのノルマを課していたことも判明し、専門型裁量労働制の要件を満たしているとは言えませんでした。さらに、被告人Xが管理監督者に該当するかも争点となっていましたが、判決では管理監督者に該当しないとされました。
専門型裁量労働制が適用されず、管理監督者とも認められないことから、YのXに対する損害賠償請求は認められず、YはXに対し未払いの時間外手当を支給すべき義務を負うことになりました。
すべての労働者の労働管理を行うことが大切
会社は、労働安全衛生法における労働者の健康確保措置の観点から、管理監督者も含めて、労働者の労働時間を把握する必要があります(※)。
自分の裁量で労働できるところは裁量労働制のメリットですが、長時間労働を引き起こす可能性もあります。最悪の場合、働きすぎが過労死を招くことも考えられます。裁量労働制の下で働いていた従業員が、長時間労働によるストレスにより死亡し、損害賠償の請求に発展したケースもあり、長時間労働が常態化を防ぐことは重要です。
※高度プロフェッショナル制度の適用労働者がいる場合、当該労働者の「健康管理時間」を把握する必要があります
裁量労働制における残業の取り扱いを正しく理解する
裁量労働制では、実際の労働時間にかかわらず、みなし労働時間を適用した賃金が支払われます。法定労働時間を超えた分のみなし労働時間については、時間外労働の割増賃金が反映された賃金を支払わなければいけませんが、定められた時間以上働いても賃金は固定されます。単に「残業代が支払われる・支払われない」という表現は誤解されやすく、注意が必要です。
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