銀行業界のイメージを一新
多様な人材の活躍を促す、三井住友銀行の人事制度改革とは
株式会社三井住友銀行 人事部上席推進役 兼 人事部研修所 副所長
北山 剛さん
不確実性の高いVUCAの時代、組織改革の重要性を認識していても、実際には「組織を変えたくてもなかなか着手できない」という企業は多いようです。三井住友銀行は、2020年に「Be a Challenger」をスローガンとして人事制度を抜本的に改定。事務などに従事するBC職を廃止したほか、階層を統合して若手を抜てきしやすくするなど、さまざまな取り組みを進めています。また、2019年に導入したドレスコードフリーは、従来の“お堅い”銀行業界のイメージを一新しました。このような多彩な取り組みには、どのような狙いがあるのでしょうか。同社 人事部上席推進役 兼 人事部研修所 副所長の北山剛さんに聞きました。
- 北山 剛さん
- 株式会社三井住友銀行
人事部上席推進役 兼 人事部研修所 副所長
きたやま・たけし/2004年株式会社三井住友銀行に入社。個人営業と法人営業のフロント業務に従事。その後、法人営業サポート、人事(国内外の各種制度設計・運用、採用計画・人員計画などのリソースマネジメント)、行内プロジェクトチームなどの本部業務を経験。2016年より香港に駐在し日系企業向け法人営業に従事したのち、2019年に再び人事に戻り、人材戦略グループ長として異動・評価・育成などの人事運用業務に従事。現在、多様でプロフェッショナルな社員が挑戦し続け、働きがいを感じる職場とチームの実現に向けた取り組みに奔走する日々を送る。
BC職(一般職)従業員から挙がった「キャリアアップの道筋が見えない」という切実な声
貴社では、2020年1月に抜本的な人事制度の改定を実施しました。改定に至った背景をお聞かせください。
今回の制度改定は、2010年以来の大規模なものです。10年前は、階層と職務等級を細かく刻みましたが、今回は職種や階層の統合を行っています。
制度改定に踏み込んだ理由は、会社をめぐる環境、従業員の価値観、企業と従業員の関係性などが大きく変化したからです。これらの変化に対応していくためには、人事制度からアップデートさせていくべきだという問題意識がありました。
会社をめぐる環境の変化としては、テクノロジーの進化や少子高齢化などの社会の変化が挙げられます。また、金融業界はグローバル化の波が来ており、異業種の参入が拡大するなど、企業間競争にも変化が起きています。
従業員の価値観では、ライフスタイルや働き方などが大きく変化しています。これは、採用力が維持できるかという課題にもつながる部分です。競争に勝っていくためには、一人ひとりの従業員がいきいきと働き、力を最大限発揮できる環境を提供していく必要があると考え、制度改定に踏み切りました。
どのようにして制度を改定していったのでしょうか。
当時CHROだった夜久(敏和氏、現在は上席顧問)と、人事部長だった小林(喬氏、現三井住友フィナンシャルグループCHRO)が意識して取り組んでいたのは、従業員との対話の機会をつくり、現場の声を聞くことです。
2018年6月に人事部内に立ち上げた「制度改定プロジェクトチーム」でも、組合や従業員の声を直接聞き、エンゲージメントサーベイも活用して課題を抽出しました。最終的にはほぼ全ての従業員に影響が及ぶ、広範囲の制度ができたと思います。
制度設計の際は、理想的な将来像を決めて、そこから現在取り組むべき施策を逆算する「バックキャスト」の視点を取り入れました。一度作った制度をコロコロ変えると、従業員は混乱してしまいます。長く運用できる制度にするために、会社と従業員の関係性はどうあるべきなのか。経営陣の考えも聞いて、目指すべき将来像から引き直して制度を設計しました。
従業員からはどのような声が聞かれたのでしょうか。
当時BC職(ビジネスキャリア職)だった従業員からは「キャリアアップの道筋が見えない」という声が多く挙がりました。
BC職は定型的な事務・業務推進などを行う職種です。もともとは「一般職」と呼ばれ、その中の階層「J層」には女性が多く所属。かつては結婚や妊娠、出産を機に寿退社する人が多かったのですが、時代の変化とともに産休・育休から復帰する社員が増加。復帰した社員がキャリアアップを図れる仕組みを作ろうと、2008年に上位階層を追加したBC職に転換しました。
近年は同一の業務に長く従事するBC職だからこそ得られる業務知識・経験への期待が高まり、基幹職である総合職(リテールコース)の類似業務を担える人材も増えていました。しかし、BC職は基幹職に当たらないことから、ほかの職種に比べて「先が見通せない」「処遇も含めてスケールアップする世界が見いだせない」という意見が多数寄せられました。
そこでBC職を、基幹職に当たる「総合職」と「総合職(リテールコース)」に統合。意欲と能力次第でフィナンシャルアドバイザー(FA)や、ウェルスマネジメントバンカー(WMB)、法人営業などの業務に挑戦できるようにしました。部長や支店長といった管理職へのキャリアアップも可能となり、キャリアパスが広がりました。
「行員のキャリアを人事が決める時代」は終結
銀行でも進む部門人事
改定した人事制度の概要をお聞かせください。
改定の主なポイントとして、先ほどご説明した「職種の統合」のほか、「階層の統合」「生涯キャリアの充実」「エキスパート制度の導入」が挙げられます。
「階層の統合」では、若手登用を促進するため、六つあった階層を三つに統合。これにより、階層要件に縛られず、思い切った若手の抜てきが可能になりました。また細かな階層に縛られないため、職務や貢献度に応じたより公平な評価・処遇がしやすくなりました。具体的には、EⅡ層 、EⅠ層、P層を Mg層(マネジメント層)に、 VⅡ、 VⅠ層をV層(中堅層)に統合しています。また出産や育児、介護などのライフイベントに応じて一時的に勤務地を選択できる制度も導入しました。
「生涯キャリアの充実」では、50歳以降のシニア人材に対する制度を見直しました。当行では51 歳を目途に、ポスト登用されている人以外はシニア・プロフェッショナル層(SP層)へ移行します。銀行外部への転籍を中心としたSP職は55歳で年収が大きく下がる仕組みでしたが、キャリアパスを見直し、年収カーブが緩やかになるように再設計しました。会社への貢献に対して、きちんと報いたいと考えています。
ほかにも、シニア人材のキャリアの選択肢を増やそうと、シニア向けの公募を拡充。60歳以上の従業員を対象に、副業を容認する制度も新設しました。シニア人材には、長い銀行員経験を通じて得たスキル・経験をほかの従業員に伝承し、銀行内で長く勤め上げてほしいと思っています。
「エキスパート制の導入」では、専門性の高い人材を評価する仕組みを整えました。銀行では階層制度を軸として、ジェネラリストの育成に注力してきました。しかし昨今は銀行のみならずグループ経営が重視される中で、各事業領域の専門性が広くなっており、各事業領域では高い専門性が求められています。そこで銀行でも、専門性の高い人材をしっかりと評価するために仕組みを整えました。
エキスパート制度では、高い専門性があり、その専門性を当該分野の業務で発揮する人材を「エキスパート」として認定します。該当する専門領域は30分野にわたり、レベルに応じて一定の手当を支給。対象者には転勤や異動を実施せず、専門性を生かせる部署でずっと働けるようにすることで、専門分野でのキャリアを保証します。転勤族が多い従来の銀行員のイメージとは異なりますね。
以前は、ジェネラリストに比べて、スペシャリストは昇進の機会が少ない状況でした。しかし、現在はエキスパート認定されたスペシャリストも、管理職にどんどん登用されています。社内に2種類の人材が混ざり合っているイメージです。
エキスパートはどのようにして認定しているのでしょうか。
認定する領域に精通している部門長や部店長が「分野オーナ-」となり、認定しています。
メガバンクの人事部は中央集権的なところがあり、エキスパート制度を導入するまでは専門領域においても人事部が強い決定権を持っていました。しかし、現在は人事がすべてを掌握するのは困難。銀行員のキャリアを人事が決める時代から、「部門人事」に近い形で分野オーナーに判定・認定を委ねる時代になったのです。
ただし、部門人事に近い形で行う以上、分野オーナーは評価に関するリテラシーを高いレベルで要求されることになります。そのため人事が責任を持ち、研修などの評価者教育をしっかりと行っています。
従業員向け説明会を100回以上実施 インナー・アウターの両面で新制度の周知浸透に腐心
人事制度の改定に合わせて、スローガン「Be a Challenger」と、「Fair」「Challenge」「Chance」の三つの基本コンセプトを掲げていらっしゃいます。それぞれに込めた意味をお聞かせください。
これから10年、20年先も競争に勝つためには、全従業員がいきいきと働いて、自身の付加価値を高めながら思う存分活躍することが重要です。「Be a Challenger」は、職種や階層、年齢に関係なく、一人ひとりが新しいチャレンジに挑んでほしいという思いを込めています。
三つの基本コンセプトは、「公平で(Fair)、さまざまな新しい挑戦を促し(Challenge)、個人の能力を最大限に発揮する機会を提供(Chance)できる人事制度にする」という意味です。この三つはSMBCがずっと大事にしてきた言葉でもあります。若手行員が就活生に当行の風土を説明するときも、この三つの言葉を使っています。
銀行には堅実なイメージがあり、挑戦する人材を求めるのは珍しいように感じます。
確かに我々は金融という業種柄、堅実な仕事や慎重さが求められます。しかし社長の太田(純)は、よく「カラを破ろう」という言葉を使います。当社では進むべき方向性のひとつとして「グローバルソリューションプロバイダー」を掲げていますが、そこには「銀行」という言葉は使われていません。これまでのやり方やこれまで通用してきたスタイルから変化しなければ、太刀打ちできなくなるからです。殻を破って自らを変革していくことの重要性は、経営陣がメッセージとして伝え続けています。
人事制度を改定し、従業員への周知・浸透などで工夫された点はありますか。
「人事制度改定ガイド」を制作して従業員に配布、人事部による従業員向けの説明会を100回以上開催、頭取・社長からのメッセージ配信など、さまざまな取り組みを行ってきました。取材を受けて外部へ発信した情報をインナーコミュニケーションにつなげることにも力を入れました。読み手としてのSMBCの従業員はたくさんいるので、メディアなどで発信したことが回り回って本人たちにも届くからです。
また人事部には、年1回ほど支店を回る「臨店」という業務があります。その機会を使って一人ひとりと面談したり、Teams上でオンライン勉強会を開催したりしています。インナーコミュニケーションの場づくりはまだ道半ばですが、こうした機会も使いながら地道に取り組んでいます。
新しい制度になかなかなじめない方もいらっしゃったのではないでしょうか。
全員が同じように前向きに受け止めたかというとそうではなく、「違うんじゃないか」「自分の思いとは異なる」という人も当然いたと思います。職種の統合についても、BC職の従業員には、より高くチャレンジしてほしいという狙いがありましたが、「私は従来の事務やサポート業務を続けて、熟練度を高めて貢献していきたい」という人もいます。個人のキャリア観はさまざまですからね。
ドレスコードフリーで会社としてもカラを破る 階層・職種自体の必要性も議題に上がる
2019年には、企業文化を変える取り組みとしてドレスコードフリーを導入されました。その背景や、導入したことによる効果をお聞かせください。
先ほどのコンセプトの「Challenge」に通じるところで、これまでの常識にとらわれずに新しいことへチャレンジできる環境にしていこうという取り組みです。
ドレスコードフリーとは、各々がTPOに合わせて服装を自由に選択できること。お客さまと相対するフロント部署はスーツスタイルが主流ですが、お客さまのアポが入っていない日は拠点長も含めてビジネスカジュアルで仕事することが当たり前の光景になってきました。
キャリア採用など、これまで別のキャリアを歩んできたメンバーも多く在籍するようになり、モノカルチャーな世界観ではなじみづらくなっていた部分も当然あったと思います。会社としてもカラを破っていく中での取り組みでしたね。
2020年には、人材育成における取り組み指針として「人材育成ビジョン」を策定されました。人事制度改革の取り組みと関連したものなのでしょうか。
「人材育成ビジョン」を根底にして、今回の人事制度改革の戦略も立てています。
人材育成ビジョンは人事部主導の人材育成スタイルから、現場主導で従業員が自律的に成長していく育成スタイルへと転換したものです。人事部はもっとオープンになり、部門や分野のオーナー、各部署の上司、従業員など全員の協力を得ながら取り組んでいかなければいけません。そういった人事の指針を表明するという考えで作りました。
人材育成ビジョンはSMBCとしての人材育成の指針でしたが、現在はそれをSMBCグループに広げてアップデートしたものを「SMBCグループ人財ポリシー」として制定。2023年4月から取り組んでいます。
これから人事関連で予定している取り組みや、今後の目標などがあればお聞かせください。
2020年の人事制度改定から3年強が経ちました。制度は導入した後が大事で、定着させるための取り組みを続けていかなければなりません。一方で、企業を取り巻く環境や従業員の価値観、従業員と企業の関係性はこれからも変容していきます。その制度が本当に使い続けられるものか、随時見直していく必要があると思っています。
4月から新しく始まった3ヵ年で言うと、どれぐらいのプロフェッショナリティを持った人材がグループの中にいるのかを可視化すること。そして、戦略に応じていかにリソース配分するかという人材ポートフォリオマネジメントが大きなテーマです。
人材のバリューアップも課題です。業務の高度化・深度が増す中で、いかに一人ひとりの人材のプロフェッショナル値を高めていけるか。年齢・属性にかかわらず活躍できる領域を広げていけるか。会社として、個人の価値の実現をどのような形で提供できるか、という観点も必要です。
加えて、人材とチームのパフォーマンスを最大化させるために、マネジメントと人事部、会社の関係性を、エンゲージメントを高めながらいかに構築するかという問題も、新しい3ヵ年の中期経営計画の戦略に入っています。
改めてこの先を見据えると、2020年の人事制度で改定した領域がさらに広がると思っています。現在の制度の根底は、三井住友銀行発足以来大きく変わっていません。階層や職種を見直してはいますが、これも全て階層や職種という制度があって、その中を見直しているに過ぎない。つまり、大きなプラットフォームは変わっていないということです。
そもそも、このプラットフォーム自体を変える必要はないのかという議論も始めています。旧BC職のサポート業務はそれぞれ非常に高い専門性がありますが、エキスパート認定の対象外です。本当に今の枠組みで公正な評価ができているのか、検討する必要があると思っています。