CHROは「変革を推進するファシリテーター」
予測困難な時代に不可欠な「Why」を軸とした戦略人事とは
コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 CHRO 兼 人事・総務本部長
東 由紀さん

日本最大のコカ・コーラボトラーであり、コカ・コーラ社製品の製造から販売までを手がけるコカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社は近年、国内12のボトラー社の統合、コロナ禍、デジタルトランスフォーメーション(DX)といった激しい変革の波にさらされてきました。この変革期において、同社の人事戦略をリードしているのが執行役員 CHROの東 由紀さんです。金融機関でのキャリアから人事に転じ、社長補佐という経験を経てCHROに就任した東さんは、CHROが果たすべき役割をどのように捉えているのでしょうか。また、不確実な未来に立ち向かう人事パーソンが持つべき視点をどう考えているのでしょうか。人事パーソンの皆さまの課題解決と深い学びにつながる、示唆に富んだメッセージをお届けします。

- 東 由紀さん
- コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 CHRO 兼 人事・総務本部長
ひがし・ゆき/金融機関を経て、2013年に人事にキャリアチェンジ。野村證券でタレントマネジメントとD&Iのジャパンヘッドを務めた。2020年よりコカ・コーラ ボトラーズジャパン人材開発部長、社長補佐を経て、2023年9月から現職。Allies Connect代表として、職場にLGBTQ+アライを増やす活動をリード。
「社長補佐」の経験がCHROの土台に
東さんは2023年9月にCHROに就任されましたが、コカ・コーラ ボトラーズジャパンのCHROとして、どのような役割を大切にされていますか。
実はCHRO就任にあたって「こういうことをすべきだ」という明確な青写真があったわけではありません。就任を告げられたのは私にとって青天の霹靂(へきれき)で、「ちょっとびっくりな人事」だったんです。CHROになる前は社長補佐を1年間務めて、その前は人材開発と採用、タレントマネジメントを担当していました。
CHROに就任してから、新たに公表された中期経営計画を実現するための「人事戦略を刷新する」というミッションを遂行しつつ、自分の中で役割を見いだしてきました。当社の現状と、私が人事・総務本部として持っているミッションを照らし合わせて考えると、私の位置づけは、「変革を推進するファシリテーター」だと思っています。
「変革を推進するファシリテーター」とは、CHROとして人的資本の変革を「リードする」というよりも、「変革を実行するのは現場の人間である」という視点に基づいています。当社が目指す「これまでのやり方は選択肢にない」レベルの変革のためには、経営層や管理職だけでなく、従業員一人ひとりが変わっていかなければならないからです。
「変化」をうまく実行できるように、情報を提供したり、場を提供したりする。まさにファシリテーターの役割を求められているのがCHROだと考えています。
CHROに就任される前は、社長補佐として経営層に近い場所で過ごされています。その1年間は、CHROとしての役割の認識に大きく影響しているのでしょうか。
私は「人事は天職」と思っているので、社長補佐への異動を打診されたときは、正直、人事という仕事から離れることに不安を感じましたが、経営に近いところで仕事ができる機会はそうそうないと思い、決意しました。今では、あの1年間がすごく役に立っています。
CHROとして人事戦略を推進していく上では、経営陣をしっかりと巻き込むことが極めて重要です。そのとき、社長補佐としての経験が活きています。経営陣が「どういう言語で」「どんな課題」について話しているのかを、近くで聞いて知ることができたのは、大きかったと思います。
いわゆる「戦術」について話す言語と、「戦略」について話す言語は、時間軸が違いますし、使っている脳のエリアや感情も、全く違うと思います。戦略は中長期的な視点で、不確実性と曖昧性の高いものに対して議論を重ねます。一方、戦術は「この期間に」「どういう手順で」「誰を巻き込んで」「何をやっていくか」という実行フェーズの話です。
中期経営計画の策定に関わっているときに、社長補佐として議論の場にいたことは、ものすごくラッキーでした。どのような経営課題や思いがあって中期計画ができているのかを体感できたのは、今、人事戦略を立案し、実行する上で強固な土台となっています。
当時の社長は、東さんを次期CHRO候補として育成するため、意図的に社長補佐という役割を用意されたのではないでしょうか。
内示を受けた時に確認したら、その通りでした(笑)。社長補佐に就任する前、私は人材開発の一環として経営層のサクセッションプランを担当していたのですが、人事部門のサクセッションプランを議論する場では、当時のCHROだけが残り、私を含めて他の人事担当者は会議から退出しなければならないルールがありました。
私は自分がサクセッサー候補になっていることも知りませんでしたが、会議では「入社後すぐにコロナ禍になったため、東は現場も見ていないし、当社のビジネスの理解も足りない。早急に必要な能力を身につけさせるため、社長のそばで1年間育成しよう」という話になったようです。おかげで、なかなかできない貴重な経験をさせてもらったと感じています。
CHROとして、経営の場で特に意識されていることは何でしょうか。
経営会議の場に、私は経営陣の一人として出席していますが、人材や組織カルチャーにフォーカスを当てて発言するのは、CHROしかいません。他の経営メンバーの発言は、財務的な話や事業戦略が主軸になります。もちろん、その中で「人材が必要だ」という話は出ますが、働き方やウェルビーイング、ダイバーシティといった人的資本の観点からテーマを挙げて、人と組織の未来を見据えて課題を出し、議論をファシリテートするのはCHROの役割だと思っています。全社横断で変革を進めている当社だからこそ、未来志向で人と組織の変革をファシリテートする役割はとても重要だと考えています。
当社では毎週、役員会を開いていますが、社長が1ヵ月に1回は必ず、人的資本、人事戦略に関してのみ話すことを確約してくれています。この時間を活用して、今の経営戦略に沿った人的資本の課題をしっかりと提案し、議論をファシリテートしていくのが、私の大きな役割の一つです。

キャリアの転機:異文化マネジメントとMBAが築いた「戦略人事」への確信
東さんのこれまでのキャリアをお聞かせいただけますか。
私は高校と大学を米国で過ごしたこともあり、自由度の高い社風で英語を活かしたいと考え、キャリアの前半は金融関係の外資系企業からキャリアをスタートし、営業やマーケティングなど幅広い業務を経験しました。2008年9月に当時勤務していた会社が経営破綻し、日系企業に統合され、統合先の日系企業では引き続き、リサーチ部門で機関投資家向けのマーケティングを担当しました。その時に、外資系出身の社員と、日本企業で新卒からずっと働いているプロパー社員、海外拠点の多国籍な社員が混在したプロジェクトチームをマネジメントすることになり、本当に大変でした。
例えば、日系企業のプロパー社員は、「成果物は締切日までに完璧に仕上げるためには、残業もいとわない」というスタンスです。不完全なものを出すことは、信頼を損ない、配慮を欠くと考えます。一方、外資系や海外拠点の社員は、「ある程度仕上がった状態で締切日に成果物を出し、指摘を受けながら迅速に修正していく」という考えで進めます。彼らにとって、ミスの指摘は建設的なアドバイスであり、個人的な批判とは捉えません。早く市場に出して改善する方が合理的だと考えるのです。
このような仕事の進め方の違いが深刻な摩擦を生みました。日系社員は、不完全な成果物を出す社員を見て、「いいかげんだ」「仕事が雑だ」と、人間性への評価にまで発展させてしまうのです。結果、お互いへの信頼感が崩壊し、プロジェクトに大きなマイナス影響が出ました。違いを活かし合って協働しないと、ビジネスは成功しないのだと、この時に痛感しました。
そこで初めて、リーダーシップやチームマネジメント、フィードバックなどに関する書籍を読みました。どうすれば両者の違いを抑えつけず、それぞれが持つ強みを活かし、チームとしての価値を最大化していくマネジメントができるかを知るため、書籍やセミナーを通して勉強した経験から、ビジネスの中心は「人」であり、「人」の成長に関わりたいと思うようになりました。
その後は一貫して「人」と「組織」の課題に取り組んできました。人と人が協力し合わないとビジネスの成果が上がらないことを痛感した私なら、何かできることがあるのではないかと考えたのです。
2013年には、多様性の高い組織で力を発揮できるリーダーを育成したいと考え、社内公募で人材開発部のポジションに手を挙げました。その後、グローバル部門の人材開発、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)と並行して、評価・昇格制度、サクセッションプランなどのタレントマネジメントも担当しました。
その中で、日系企業と外資系企業とでは大きく異なる、評価制度を統合するプロジェクトに携わることになりました。人材開発やD&Iは、これまでの経験を軸として考えることができました。しかし、評価制度は社員の生活や人生に大きく関わることなので、単なる経験論だけで考えてはいけないと強く感じたんです。人事の基礎を体系的に勉強しなければいけないと考え、「戦略人事」という言葉を軸に大学院を探し、人的資源管理を専門とするゼミのある大学院のMBA(経営学修士)に進学しました。
MBAでの学びは、東さんの現在の仕事にどのように活きていますか。
アカデミックな視点を持つこと、つまり人事施策の在り方を体系的かつ科学的に学ぶことで、実務経験だけでは得られない知識を身につけられました。そこに戦略や組織論などMBAの学びを合わせることで、これから行うべき施策について、「なぜこれが必要なのか」を経営戦略と組織課題に照らし合わせながら論理的に考えるようになりました。
また、MBAでの学びは、キャリアチェンジにもつながりました。先生方に相談するうちに、評価制度の統合案の根本的な矛盾に気づいたことがきっかけです。日系企業の制度は年功序列や安定を、外資系の制度は成果や個人のパフォーマンスを重視します。この原理が異なる二つの制度の統合には矛盾がありました。私は、旧外資系社員を活かす「両立」を提案しましたが、当時の経営層が目指したのは「伝統的な日系型制度の維持・強化」でした。私の考える「成果に見合った評価」という制度の在り方と、経営の方向性が完全に分かれたのです。その結果、「この会社で貢献していくのは難しい」と感じ、転職を決意しました。
スピード重視の組織変革:全社を巻き込んだ「変革リーダー育成」
その後は、コンサルティングファームに人材開発担当として転職されています。
現在もそうですが、優秀な人材を常に輩出している会社です。2年半在籍しましたが、ここでの経験は、コカ・コーラ ボトラーズジャパンでの大規模な人事戦略推進と、CHROとしての役割を果たす上で役に立っています。ビジネス戦略を俯瞰し、人材育成施策を連動させるという点で、大きな転機となりました。
その会社で人材サービス会社の方と話していたところ、ある時「東さんは転職を考えないのですか」と聞かれました。当時は転職を考えていなかったのでお断りしたのですが、半年後に再び連絡があり、「お茶だけでも飲んでみませんか」と強く誘われました。
そこまでおっしゃるのであればということでお会いしたのが、当時のコカ・コーラ ボトラーズジャパンのCHROでした。彼が、当時の人事戦略の全体像と課題を全て説明してくれたんです。
そこで提示された人事戦略の全体像が、東さんの心を動かしたのですね。
はい。当時のコカ・コーラ ボトラーズジャパンは2017年の経営統合による変革の渦中にあり、人事戦略には柱が5本ありました。そのうち、中心の三つの柱である「採用と育成と成長(タレントマネジメント)」を任せたいと言われたんです。
さらなる成長に向けたビジネスの構造改革のフェーズで、人と組織に関する方針や制度、施策を抜本的に変えて行こうとしている。そんな大規模な人事改革のタイミングに出合うことは、そうありません。難局に飛び込む気持ちで、入社を決めました。
コカ・コーラ ボトラーズジャパンに入社されてから、最も印象に残っているプロジェクトは何でしょうか。
やはり、選抜型の変革リーダー育成プログラム「コカ・コーラ ユニバーシティ ジャパン(CCUJ)」の立ち上げと推進ですね。2021年には、日本の人事部「HRアワード」企業人事部門 優秀賞も受賞させていただきました。
私が人材開発部長として入社したのが2020年2月で、その4ヵ月後にはCCUJを立ち上げました。入社したその日に社長から、「変革のためには、変革をリードするリーダーが必要だ。それを体系的に育成するのが君の役目だ」と強く言われたことで、真っ先に取り組んだ施策です。
CCUJは当初、全階層に変革リーダーを育成することを目的として、「一般職リーダー」「所属長(課長)」「部門長」の3階層に分けて導入しました。階層によって半年から1年をかけ、4~6回の集合研修に加えて、全社的な課題に取り組むグループワークや役員に向けた成果プレゼンテーションがあるので、業務との両立はハードだったと思います。
変革リーダーの育成を加速度的に行う必要があったため、研修の「効果測定」に工夫をしました。受講者の変革リーダーとしてのマインドと行動がどう変わったのかを、上司からのフィードバックと360度評価を入れながら、スタート時、中間、最後に測定し、変化を可視化しました。
CCUJは今年で6期目に入りました。階層が増え、現在は5階層で実施しています。私が立ち上げた2020年の1期生や2期生は今、中期経営計画をリードするプロジェクトにリーダーとして参画しています。修了生たちが、まさに変革の最前線で活躍している姿を見ることはとてもうれしく、あの時の「変革リーダーを推進する」プロジェクトは本当に会社に貢献できているんだなと実感できます。

2020年は統合後の変革の最中ですし、コロナ禍の真っ只中でもありました。そういった時期にこのプロジェクトを立ち上げたことが今、大きな財産になっているのですね。
そうですね。コロナ禍ではオリンピック・パラリンピックをはじめとするスポーツイベントや音楽イベントなどの大きな収益源が2年間ほどなくなり、当社のビジネスは打撃を受けました。そのため、「これまでのやり方は選択肢にない」という社長の号令のもと、事業運営のあり方を「効率的に収益性を高める」ために事業構造を変革する方向に変え、これまで以上に変革のスピードを上げるための新たな中期経営計画が策定されました。
CCUJの卒業生たちが、新たなビジネスモデルという「誰も見たことがない未来」を予測しながらビジネスを進める時代になっています。CCUJを通じて育成した変革リーダーとしてのケーパビリティ(能力)が、不確実性の高い時代に活かされていると感じています。
未来志向の人事戦略:「Why」を語れるか
現在、そして未来に向けて、CHROとして最も注力していることは何でしょうか。
今、最も注力しているのは、当社の中期経営計画「Vision 2030」を実現するための人事戦略の推進です。当社は今年、中期経営計画「Vision 2028」を「Vision 2030」に刷新し、さらに高い目標に取り組むフェーズに変わりました。ビジネス戦略も多岐にわたる変革期にありますが、これまで通り、「人的資本の強化」が中期経営計画を実現するための基盤にあるという位置づけは変わっていません。
そのため「Vision 2030」でも、人事戦略として目指す人材、組織、カルチャーの姿は変わらず、方針や考え方の軸も変わりません。ただし、全社横断でビジネスモデルの構造変革が行われる中で、優先的に取り組む重点エリアは変わって当然です。随時見直しながらも、軸をぶらさずに実行しています。
その中で特に来年以降、人事部門として大きなチャレンジとなるのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。ビジネスプロセスのデジタル化に伴う改革が、まさにスタートしており、この動きに伴い、将来の組織のあり方と仕事のやり方は大きく変わっていきます。
「これまでのやり方」で採用・育成・評価をしていたら、必ずミスマッチが生じてしまいます。そのため、ビジネス部門やIT部門と連携しながら、組織と業務が変わるタイミングと、その先に必要となるスキルと働き方、逆にどのスキルが必要なくなるのかを見極めなければなりません。
さらには、それらに合致するリスキリング、アップスキリング、配置転換といったスキルベースで組織を構想し、実現に向けてワークフォースのプランニングを人事がリードする必要があります。ただし、変革が進んだ2年後、3年後の未来は誰も見たことがありません。未来を予測しながらプランを立てることは、非常にチャレンジングであり、同時に人事パーソンにとって大きなやりがいを感じる点だと感じています。
予測が難しい未来について語り、そのために多額の投資や大規模な変革を実行するには、人事戦略に強い「説得力」が求められますね。
その通りです。これまでの人事施策は、「このようなニーズに対して、この打ち手が必要」「他社で効果があるので導入すべき」といった「How(どうやるか)」の説明で進めることができました。
しかし、2~3年後の新たな働き方に加え、人口動態や年代バランスを考えながら予測する未来志向のプランニングには、「Why(なぜ今これが必要なのか)」の説明が重要です。未来を捉え、経営戦略と連動した「Why」をベースにストーリーテリングをしないと、経営陣や従業員の納得を得ることはできないでしょう。
AIがこれだけ発達し、働き方が大きく変わっている時代に、これまでの経験知だけで人事施策を考えることにはリスクが伴います。だからこそ、私たち人事パーソンは、経営戦略を実現するための「Why」を語るために、新たな、そして多様な「視点」を増やす必要があります。
人事パーソンが持つべき「イントラパーソナル・ダイバーシティ」と「学び続ける姿勢」
人事パーソンとして、これまでのキャリアの中で大切にしてきたことをお聞かせください。
二つあります。一つ目は、「イントラパーソナル・ダイバーシティ(個人の内なる多様性)」です。組織に多様な属性や経験、価値観を持った人がいるという「インターパーソナル・ダイバーシティ(集団の多様性)」は、もちろん重要です。ただし、多様性はそこにあるだけでは組織としての価値を最大化することができません。多様な属性、経験、価値観を持つ人と協働するには、自分自身の内側に多様な軸を持つ「イントラパーソナル・ダイバーシティ」が必須です。多様な「視点」を増やす必要のある今の時代の人事パーソンには不可欠だと考えています。
もともと私は人事にキャリアチェンジする以前から、一人ひとりが持つ違いを強みとして最大限発揮し、単なる足し算ではなく、掛け算、あるいはそれ以上の力が発揮されるチームを作りたいと思っていました。そのためには、私自身が多様な考え方や価値観を「面白いね」「共感できる」「やってみよう!」と受け入れる多様な軸を持つことが成功の鍵だと考えています。
私自身の内なる多様性としては、外資系企業と日系企業の軸、人事・営業・マーケティングの軸、アカデミックな学びの軸、働く女性としての軸、そしてNPO法人の活動を通じて得た「社会活動家としての軸」を持っています。
NPO法人でLGBTQ+アライを増やす活動をリードされている社会活動家としての視点は、CHROとしての判断にどのような影響を与えていますか。
ビジネスの場は資本主義。いかに効率的に収益を高く、コストを抑えるかという「経済合理性」に基づいた判断が求められます。そのような場にいると、自然と自分の判断基準が効率性重視に偏ってきます。
しかし、私が関わっているNPOは社会的マイノリティの方々の生きやすさや人権をテーマとしているので、会議の場でも「誰も取りこぼさない」ことを重視しています。例えば、難しい課題について何時間も話し合い、いざ結論が収束しようとしていても、誰かから「でもやっぱり私は」と異論が出て、議論が振り出しに戻るとしても声を聞き逃しません。事業会社の会議によくあるように、「もう決めたことだ」とは誰も言いません。
このように「人の声に耳を傾ける」「誰も取りこぼさない」という感覚なく、経済合理性だけでCHROの私が人事戦略の在り方を判断していたら、会社に存在する多様な人を取りこぼしてしまうことになりかねません。この感覚を保つためにも、私にとって社会活動は大事な軸だと思っています。
もう一つは、単純ですが「学び続ける姿勢」です。不確実性の高い変革の時代には、過去の経験だけで判断してしまうと、組織を誤った方向へ導くリスクがあると考えています。なぜなら、これまで機能してきた成功体験や価値観が、AIをはじめとするテクノロジーの進化や社会構造の変化によって、急激に陳腐化する可能性があるからです。
例えば、人事領域でAIソリューションがどう使われているのか、その可能性と限界を常にキャッチアップしようとしています。単なるトレンドの追随ではありません。もし私がAIの能力や現在の到達点を深く理解しないままにメンバーからの提案の合否を判断してしまうと、何年も遅れた施策を導入してしまうリスクがあります。さらに、その無知なる決断が、数年後に意図せずメンバーたちの仕事のあり方を大きくゆがめたり、不要なリスキリング投資を生んだりするかもしれません。
だからこそ私自身が、AIができることやその可能性、そして現在地についてオープンに情報を取り入れ、未来志向の判断をしなければならないと思っています。学び続けることは、組織全体のケーパビリティを最適化し、働く一人ひとりの未来を守るためのCHROの責務だと認識しています。
最後に、激変する時代の中で奮闘する人事パーソンの方々に向けて、メッセージをお願いします。
人事の仕事は、人と組織を良くすることが本質だと考えています。そのヒントは、会社の中や人事領域だけに限りません。なるべく遠く、自分の普段の仕事や生活圏とは全く異なる場に触れてみてほしい。
私の場合、社会活動の他にたくさん持っている趣味の中でも、「推し活」は普段の生活から最も遠くに離れた場です。推し活の場では、仕事の肩書や年齢、性別、国籍などの属性、時には言語も関係なく、初めて会った人と人が共通の「好き」を通じてコミュニケーションを取り、信頼関係を築くヒントが存在します。まさに、「フロー状態」を体感することができるのです。組織のエンゲージメントやコミュニケーションの停滞に行き詰まったときは、そのくらい離れた場にアクセスするといいのではないでしょうか。
人事パーソンは、人や組織を相手にしているので、ヒントはどこにでもあると思っています。求められるのは、遠くに離れた場での活動を通じて得られる「多様な視点」と、そのような視点を増やしてくれる「人的なネットワーク」です。これまでの経験だけで判断せず、多様な視点を増やす人的なネットワークを持ちながら、未来視点でより良い人・組織を作っていく。自分で考えて答えが見つからないことは、自分とは異なる経験、価値観を持つ人とディスカッションしたり、教えを請うたりすることで、解決の糸口が見つかるのではないでしょうか。

(取材:2025年11月25日)
各企業の人事リーダーが自身のキャリアを振り返り、人事の仕事への向き合い方や大切にしている姿勢・価値観を語るインタビュー記事です。
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