有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第42回】
CHROを考える(その6)
論語と算盤
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
本テーマ「CHROを考える」を書き始めたきっかけは、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生から「日本には真のCHRO(Chief Human Resources Officer)が不足している」という問題提起を受けたことでした。
ベテランCHROによる人事コンサル
入山先生は、真のCHROが不足する中、そのような人材には極めて高い需要があり、これからは優秀なCHROが兼業をすることによって複数の企業を支援する時代になるのではないか、と展望を語っています。
これに対して私は、本連載第38回「CHROを考える(その2)」の中で、兼業は難しいのではないかと述べました。CHROの使命が労使関係の構築や、現場と経営との一体感醸成を含む以上、フル・コミットメントが大前提になると考えたからです。ディープな人間関係が必須なのではないかと。
ところが最近、面白い事象が見え始めています。私のCHRO仲間が次々と独立して、自らの人事コンサルティング会社を立ち上げているのです。複数の企業にサービスを提供し、自分よりも若い世代のCHROのブレーンや相談役として機能しています。
これはもちろん兼業ではありませんが、一人のベテランCHRO(あるいは元CHRO)が複数の企業の組織分析や人事施策の策定を支援するという点において、実は近しいことではないでしょうか。いずれにしても、そのような「ベテランCHRO、あらため人事コンサルタント」に対して強いニーズが存在していることは疑いようがありません。
私も短期間、独立コンサルタントをしていた経験がありますが、自身は現場社員との一体感が好きなので、自らのコンサルティング会社を立ち上げるつもりはありません。より引退が近くなったときには考えるかもしれませんが。
論語と算盤
実務経験豊富な人事コンサルタントが増えている一方、「日本には真のCHROが不足している」という状況に、本質的な解決策が提供されているわけではありません。この課題に対して、業界や企業を横断して、何かできることはないかと考え続けています。
一つの考えが、「CHROを養成できないか」というものです。
私は、ビジネス・リーダーの要諦は『論語と算盤』(渋沢栄一の著書。利潤と道徳を調和させる経営哲学が提唱されている)だと考えています。
「論語」は、志、信念、大義、ビジョン発信力、視座、品格、正義感、覚悟、倫理観、情などを指します。人物としての魅力、あるいはリーダーシップと言ってもいいかもしれません。
一方、「算盤(そろばん)」は、戦略、ロジック、技術、理屈、計算、競争、数字、勝負、知識、スキルなど。ビジネスを遂行する上での能力です。
「論語(リーダーシップ)」と「算盤(ビジネス遂行能力)」の両者がそろってはじめて、優秀なビジネス・リーダーであると定義できるでしょう。従って、ビジネスの世界におけるあらゆる人材育成も、肝は「論語と算盤」だと思うのです。そして、CHROの養成ができるのだとすれば、これも「論語と算盤」の枠組みの上にあるのだと考えます。
先に「算盤」から見ていきましょう。これは知識であり、フレームワークであり、論理的に考える癖であり、学びや練習によって身に付けることができるものです。もちろん、習得が早い・遅いといった差はあるかもしれませんが、努力の積み重ねによって上達、あるいは克服可能な部分でしょう。
CHROの最重要責務は、施策の実行ではなく、理念を掲げ戦略を構築することです。本連載第39回「CHROを考える(その3)」の中で「人事戦略のフレームワーク」をご紹介しているので、ぜひご参照ください。まさに「算盤」です。
さて、「論語」ですが、CHROが人や組織を司る経営者である以上、人事部門のメンバーからはもちろん、社員全般からの信望を集める存在であるべきことは必然です。私自身がそのようなリーダーになれているかは別として、それが理想であることは言うまでもありません。
「論語」は人間性や器を含む要素であり、後天的に学ぶことは単純ではないかもしれません。ただ、信念や覚悟を繰り返し問われる経験や、ロール・モデルから得る気付きなどは有効なのではないでしょうか。
CHROを養成できるか?
上で述べたように、「論語と算盤」を両軸として、CHRO養成の場をつくることができないかと考えています。
まずは日本企業の著名なCHROや元CHRO、そして人材業界や人事・組織論の論客を集め、議論してみようと思い立ちました。実はこれは後付けの目的で、多くの方々と「コロナが明けたらメシを食いに行きましょう!」と約束をしていたものを、一挙にやってしまおうと考えたというのが真実です。某日某所に、30名以上のCHROを集めてしまいました! そこでの議論については、あらためて報告したいと思います。
私が考えているのは、そのようなメンバーと一緒に次代のCHROを養成していくことです。次代のCHRO候補となる人材を集めて、前述の「人事戦略のフレームワーク」を活用し、ベテランCHROたちがアドバイザーとなって指導する、という構想です。
参加者の眼前に実存する課題を取り上げて議論する中、信念や覚悟を問う場面もきっと出てくるでしょう。つまり、「論語と算盤」の両者を盛り込んだ内容となります。そのような取り組みが、CHRO不足問題へ一石を投じるのではないか……。これから具体的に行動していきたいと思います。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
「論語と算盤」
あんたは両立できているかい?
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。