“社員を“幸せ”にする企業経営のあり方とは
法政大学大学院政策創造研究科 教授
坂本 光司さん
『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』が求めるものとは
『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』の応募基準や審査基準には、坂本先生のそうした思いが反映されていますね。またそのことで、多くの人が人を大切にすることの重要性を認識したように思います。
応募基準については「本当にこんなことができる会社があるのか」など、未だに厳し過ぎると言われます。具体的に言うと、東日本大震災などの自然災害の場合を除き、過去5年以上に渡って以下の五つの条件に該当していることが条件です。
- 人員整理、会社都合による解雇をしていないこと
- 下請企業、仕入先企業へのコストダウンを強制していないこと
- 障がい者雇用率は法定雇用率以上であること
- 黒字経営(経常利益)であること
- 重大な労働災害がないこと
審査基準では「社員と家族」「外注先・仕入れ先」「顧客」「障がい者雇用等社会貢献」「企業継続のための布石」などの項目に関する細かなチェックリストを設けていますが、「社員と家族」に対するウエートが非常に大きいことが特徴です。「社員と家族」に関する項目で審査対象になるのは、「離職率」「労働紛争の有無」「残業時間」「正社員比率」「定年年齢」「教育訓練時間」「自社独自の福利厚生制度の有無」「有給休暇の取得率」など。他の表彰制度では、あまり見かけることのない項目が数多く並んでいますが、私としてはあるべき姿を打ち出したつもりです。誠実に生きようとしている人々なら、よくぞ作ってくれたと思うような審査基準です。
実は、2012年3月に経済産業省を退官した方から、「これまで30以上の表彰制度を作ることに参画しましたが、『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』の応募基準と審査基準ほどのものはありませんでした。どうかこの基準に合う会社を増やすためにご尽力ください。それが私たちの願いです」という内容の手紙をいただきました。胸がジーンとくると同時に、この賞を大切に育てなくてはいけないと思いました。
リストラを行って業績が改善しても、それは一時的なものです。その後、会社を良くしようと誰が思うでしょうか。だからリストラをせず、給料を下げてでも雇用を守っていかなければなりません。ここまで述べてきたような正しい経営を行っていれば、おのずと業績はついてくると信じています。なぜなら、実際に正しい経営を実践し、何十年間も安定的に業績を伸ばしている会社を何百社も見てきたからです。厳しい時代だからこそ、五人に対する使命を果たして、人と組織に活力を生み出していくべきです。『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』に該当する企業が多数派を占めるようになれば、日本は再び世界から尊敬されると思います。
しかし大企業の経営者だと、どうしても短期的な業績を追わざるを得ないように思います。
サラリーマン経営者が多くなりますから、そういう側面もあるでしょう。しかし、2年なら2年、4年なら4年という任期の中で、株主第一主義ではなくて、社員第一主義を貫くことは可能だと思います。事実、第2回『日本でいちばん大切にしたい会社大賞』で経済産業大臣賞を受賞したのは、東証一部上場会社であるツムラでした。同社の芳井会長は、創業者一族の関係者ではありません。オーナー経営者ならできる、サラリーマン経営者ではできないということではないのです。重要なのは、経営者に強い意志や決意があるかどうかです。正しい経営者なら、その想いを貫くはずです。事実、芳井会長は「社員とその家族を大切にする経営を行います。そして、企業は存続するために、ただ単に利益を出せばよいというものではなく、社会の中で事業を営む以上、積極的に社会とともに生きていく意識を持つ必要があると社員に語り続けてきました」と仰っています。このことで社員のモチベーションは高くなり、業績も上がって、ツムラは立て直されていったのです。
会社が赤字だとしても、それは不況が原因ではありません。「人を大切にする」という正しい経営を行っていないから、社員のモチベーションが低くなり、赤字になるのです。経営者は業績を高めるのではなく、社員のモチベーションを高めることに力を注ぐことです。そうすれば、自ずと業績は高まっていきます。
近年、顧客重視そして株主重視の考え方から、社員を大切にする経営が徐々に浸透してきているように感じます。
社員の意識も、随分と変わってきたと思います。働く目的が、お金のためだけではなくなっているのです。賃金や企業名、企業規模、企業としての歴史などへの関心は低くなり、「幸せになる」という軸で企業を見る人が増えています。
ところで、一時多くの企業で導入された成果主義については、どのようにお考えですか。
問題なのは、行き過ぎた成果主義です。私は、会社とは足し算ではなく、掛け算の組織であるべきだと思っています。二人で四人分の付加価値を上げる、四人で八人分の成果を出すといったことができるのが、組織の良いところです。しかし、行き過ぎた成果主義は、組織におかしな競争原理を導入しました。足し算や掛け算どころか、社員同士が助け合ったり、協力し合ったりさえしなくなり、組織としての機能が失われてしまいました。
だからこそ、「会社は家族」と考えるべきなのです。社内に、仲間同士のぬくもりがなければいけません。もともとの日本的な経営の強さとは、仲間同士が助け合い、協力し合って組織としての成果を出していくことです。会社は家族だと思っていれば、誰かに何かが起こった時でも自分のこととして考え、支えようとすることができます。場合によっては、自分がその責を負うことも辞さないでしょう。
私の教え子である、熊本県にある機械メーカーの社長は、リーマンショック後に売上高が7割減った時、リストラを行いませんでした。では何をしたかというと、業績不振の原因は社長自らにあると考え、自分の報酬を1ヵ月1ドルにしたのです。実質、無報酬です。その後、他の役員の報酬や部課長の給料は下げたそうですが、一般社員の給料は1円たりとも下げませんでした。社員はこの社長の決断に賛同し、共感し、共鳴しました。「1日も早く社長の報酬を上げなければ」と頑張ったそうです。結果、1年で業績は回復し、現在では過去最高の売上高を記録しています。社員を家族と思い、大切にしていく。こうした経営を貫けば、社員は必ず付いてきます。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。