ニッポンの「雇用」と「採用」のあるべき姿とは?
~日本企業の構造から雇用問題と新卒採用について考える
株式会社ニッチモ 代表取締役
株式会社リクルートエージェント ソーシャルエグゼクティブ
海老原 嗣生さん
日本経団連の倫理憲章により、採用活動の開始が従来の10月から12月に後ろ倒しになるなど、企業には新卒採用への対応の見直しが求められています。さらには、新卒一括採用の批判をはじめとして、「これまでの日本型雇用慣行・制度をリセットして、欧米のシステムを取り入れるべきだ」という声も聞こえてきます。しかし、「それは単なる対策の置き換えで、何の解決にもならない。日本企業には構造的な問題が存在するので、それを明らかにした上で対応を考えなくてはいけない」と主張するのが、人材マネジメントや雇用問題に詳しい海老原嗣生さんです。それでは、日本企業の雇用における構造的な問題とは何なのでしょうか。また、それを解決していくためにはどのような仕組みや施策を講じていけばいいのでしょうか。5月23日に開催される「HRカンファレンス2012-春-」のパネルセッション「現在の採用環境をとらえ、これからの新卒採用について考える」で司会役を務めていただく海老原さんに、詳しいお話をうかがいました。
えびはら・つぐお●1964年生まれ。上智大学経済学部卒業後、リコーに入社。その後、リクルートエージェントへと転職する。新規事業企画や人事制度設計などに関わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に就任する。2008年リクルートを退職後、HRコンサルティングを行う株式会社ニッチモを設立。また、リクルートエージェントのフェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。「週刊モーニング」(講談社)の転職エージェント漫画『エンゼルバンク』のカリスマ転職代理人・海老沢康生のモデルでもある。主な著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにならない日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣』『「若者はかわいそう」論のウソ』『就職、絶望期』『日本人はどのように仕事をしてきたか』『就職に強い大学・学部』などがある。
日本企業だけが大卒者を全て「エリート」として扱っている
2008年にリクルートを退職後、なぜ「雇用問題」について発言していこうと思われたのですか。
当時は、小泉元首相が行った構造改革により格差社会が広がっていった時期で、にわか雇用論者や貧困論者による、実情とは異なる説やデータが多く流布していました。「若者の3人に1人は非正規社員である」「ワーキングプアは全労働者の4人に1人である」など、一部の意図ある人たちの声によって、世論が形成されていくような状況でした。しかし、あまりにも間違いが多すぎるため、雇用問題の最前線にいる立場として、正していかなければならないと思ったわけです。そこで、リクルートという組織を離れて自分で会社を作り、実際の現場の状況や正しいデータを世の中に発信していくことにしました。
採用活動の開始時期を10月から12月へ後ろ倒しにしたことの影響などで、現在も新卒採用の現場ではいろいろな問題点が表出しています。
そうした「事象」の話ばかりがクローズアップされると、その根底にある構造的な問題が見えなくなってしまいます。まず、どこに日本企業の雇用の問題があるのかを、はっきりとさせなければいけません。そのためにも、日本と欧米とでどこが違うのかについて、真剣に考えてほしいと思います。アメリカのやり方が全て正しくて素晴らしいのかというと、決してそうではありません。
アメリカやヨーロッパ、日本の官公庁やかつての日本の軍隊など、国や時代を超越して共通する「雇用の仕組み」があります。それは、「エリート」と「ノンエリート」に分かれているということです。これだけ時代・国を問わず共通なのに、驚くことに日本の「企業」はこの仕組みを使っていません。日本では大卒で総合職採用されたら全員が「幹部候補=エリート」。欧米企業ではそんなことはなく、出世するのはエリートのみで、ノンエリートには「ワークライフバランスを重視し、自由な働き方をしてください」という考え方です。福祉活動や子育てに熱心に取り組んでいる人の多くはノンエリートで、エリートは日本以上に昼夜を問わずバリバリと働いています。こうした仕組みは世界共通なのに、日本企業だけが違っています。
日本企業だけが「総合職」という名の下、全員にエリートであると思わせていることが、一番の問題だということですか。
その通りです。このような状況が続いているから、環境の変化に適切に対応していくことができないのです。大卒者の場合、全員をエリートとして入社させるので、その人たち全員を課長にしなくてはなりません。事実、少し前まで大卒男子に限って言えば、8~9割が課長になることができました。ところが、課長になると管理業務がメーンであまり現場では働かなくなり、営業や実務からは遠ざかっていきます。実務ができないのに給料が高いままなので、「定年制」が必要となります。
欧州の定年は65歳ですが、ドイツのように定年制が存在しない国もあります。アメリカも定年制があるのは一定以上の、給料がものすごく高い人たちだけです。ノンエリートで、現場で営業をやったり、専門的な仕事をしたりしている人は65歳になっても、大きく能力が衰えるわけではありませんから、定年という考え方がないのです。それに対して日本企業では、増えすぎた幹部たちの給料が高いため、辞めてもらわなくてはならない。さらに言えば、日本企業は幹部以外の多くが非正規社員という、いびつな構造になっています。
本当は35歳くらいになった時には、幹部候補の中でも実力的に相当な差が付いていて、一軍と二軍ができているのです。それにもかかわらず、二軍の人たちを課長に昇進させるというやり方は、いい加減に止めなくてはいけません。何より、会社の体力が持たないでしょう。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。