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上司が部下に話すときは、敬語? タメ口?
職場の言葉遣いを科学する――「有標」な言葉で関係を築く技術

明治大学 法学部 教授

堀田 秀吾さん

上司が部下に話すときは、敬語? タメ口?職場の言葉遣いを科学する――「有標」な言葉で関係を築く技術

「ハラスメントと言われるのが怖くて、部下と距離を置いてしまう」。そんな悩みを持つ管理職が増えています。しかし、単に言葉を慎むだけでは、信頼関係も心理的安全性も生まれません。法言語学・心理言語学の第一人者で、『戦略的タメ口』などの著書を持つ、明治大学の堀田秀吾さんは、「言葉の意味は、話し手の意図ではなく、相互作用で決まる」と説明します。職場におけるデフォルト(無標)の「敬語」に対し、あえて使う「タメ口(有標)」にはどのような効果があるのか。リスクを回避しつつ、部下との心の距離を縮める「戦略的な言葉遣い」に迫ります。

プロフィール
堀田 秀吾さん
明治大学 法学部 教授

ほった・しゅうご/専門は法言語学・心理言語学。法と言語、心理学の接点から、裁判や捜査における言語分析を行う。その科学的知見を応用し、コミュニケーション、自己啓発、習慣管理などに関する一般向けの著書も70冊以上(累計95万部)刊行。近著に『ハーバード、スタンフォード、オックスフォード… 科学的に証明された すごい習慣大百科 人生が変わるテクニック112個集めました』(SBクリエイティブ)、『戦略的タメ口 結局、コミュ力の高い人がすべてを手に入れる』(WAVE出版)などがある。NHK「ラジオ深夜便」「元気が出るサイエンス」コーナー・レギュラー。

会話の意味は「相互作用」で決まる

本日は、上司(管理職)が部下に対してどのような言葉遣いをすべきかを中心にお話をうかがいます。まず、堀田さんのご専門である「法言語学」「心理言語学」について、ご説明ください。

私はもともと言語学で博士号を取得しました。その後、ロースクールで法学を学び、現在は法律と言語学の接点にある研究をしています。

特に私が専門としているのは、法という世界の中で行われる言語コミュニケーションを科学的に分析することです。例えば、裁判や警察の捜査などで、言葉に関する科学的な証拠として分析結果を提供します。わかりやすいものでは、声紋分析や筆跡鑑定があります。それ以外にも、デジタル文書の分析(本人が書いたものか、筆者は誰か)、あるいはプロファイリング(どのような人が書いたか)なども行います。「この発言は脅迫にあたるか」「この表現は名誉毀損(きそん)になるか」といった、言語使用やその影響などを分析する専門家と考えていただくとよいと思います。

今回のテーマである職場のコミュニケーションにおいて、堀田さんが最も問題だと感じていらっしゃるのはどのような点でしょうか。

一番の問題は、多くの人が「こう言ったら相手にはこう伝わるはずだ」という一方的な前提で話している点です。

実際の会話の意味は、話し手の意図だけで決まるのではありません。話し手と聞き手の「相互作用」の結果として決まるのです。「自分はこういうつもりで言った」という意図さえあれば良いと考えてしまうことが、ハラスメントの温床になっています。

ここで重要になるのが、言語学の「言語行為」という概念です。私たちは言葉を発するとき、ただ音声を並べているだけではなく、同時に何らかの「行為」をなしています。例えば、今私がしているのは「説明」という行為です。「こんにちは」と言えば「あいさつ」という行為、「ごめんなさい」と言えば「謝罪」という行為です。

この言語行為も、一方的なアプローチでは決まりません。やはり相互作用なのです。私は「激励」のつもりで言った。しかし相手は「ハラスメント」として受け取った。この場合、最終的な言語行為としてはハラスメントになる可能性が高いわけです。上司としては、相手の受け取り方まで含めて、最終的にどのような「言語行為」として着地するかを考える必要があります。

タメ口なども、その典型かもしれません。上司が親しみの気持ちでタメ口を使っても、部下が「上司が、立場の差異に基づいた見下した物言いをしている」と感じると、単なるパワーハラスメントとして捉えられることがあります。

また、コミュニケーションは言葉・文字情報だけで決まるのではありません。文脈、表情、身ぶり手ぶり、声色、イントネーションといった「非言語情報」が非常に重要です。研究によれば、コミュニケーションで伝わる内容の7割以上が非言語情報によると言われています。同じ言葉でも、しかめ面で言うのと笑顔で言うのでは、相手の受け取り方が全く異なります。

近年は職場のコミュニケーションが本当に難しくなったと感じます。なぜこれほどまでに難しくなったのでしょうか。

人間が「言葉」で世界を認識していることと深く関係しています。かつては「コンプライアンス(法令順守)」という言葉が輸入され、人々の順法精神が高まりました。同様に、「ハラスメント」という言葉が入ってきた。さらに、そこから派生して「〇〇ハラスメント」という言葉が次々と生まれました。

言葉が生まれたことで、人々はそれまで認識していなかった行為を「ハラスメントである」と認識できるようになったのです。そして、「ハラスメントである」と認識できたからこそ、人々は自分の権利を主張するようになりました。

ただ、被害を受けた側がハラスメントだと指摘できるのは良いことですが、上司側が「何気ない発言がなにかとハラスメントだと言われてしまう」と、コミュニケーションの「やりにくさ」を感じるようになっているのは間違いありません。

また、「言葉にしなくてもわかってほしい」という昭和世代のコミュニケーションスタイルと、「はっきりと言葉にしてほしい」というバブル期以降の世代のコミュニケーションスタイルの違いも根底にあるかもしれません。

敬語は「無標」、タメ口は「有標」

そうした現状の中で、上司は「敬語」と「タメ口」をどう使い分けていけばよいのでしょうか。

職場のように、相手に敬意を持って接することが基本とされる場では、「敬語」あるいは「丁寧語」が標準的な形です。言語学では、このような標準的な状態を「無標(むひょう)」と呼びます。印(しるし)がない、デフォルトの状態です。

例えば、かつての野球部では「丸刈り」が当たり前でした。これが「無標」です。その中で、一人だけ髪が長い選手がいると目立ちます。これを「有標(ゆうひょう)」、つまり印がついている状態と呼びます。

人間は生物として、「有標」なものにまず注目するという本能があります。普段通りの平穏な状態(無標)にいちいちリソースを割くのは脳のエネルギーの無駄遣いです。その中に少しでも違うもの(有標)があれば、それが危険なものか、あるいは有益なものかを判断するために注目するほうが効率的なので、そうするわけです。

無標 有標
意味 期待される標準 予期せぬ例外
職場での敬語 上司の突然のタメ口
特徴 自動的に処理される 注意を引き解釈を促す

表1 「無標」と「有標」の違い。『日本の人事部』編集部作成

職場の言葉遣いに当てはめると、どうなるのでしょうか。

職場では「敬語」が「無標」です。その中で、いきなり「タメ口」を使うと、「有標」な行為になります。部下は「おや?」と注目し、その意味を考えます。「なぜ、この人はタメ口を使うのだろう」と。この解釈が良い場合と悪い場合があります。良い場合の解釈は、例えば「親しみを込めている」。悪い場合の解釈は、「自分を軽く見ている」「なめている」というものです。

逆に、上司が部下に対して、あえて敬語を使う場合も「有標」になり得ます。普段タメ口が標準になっている上司が、突然「有標」なものとして敬語を使うことも戦略です。例えば、部下を評価する際や、重要なフィードバックをする際に、あえて敬語を使う。「〇〇さんは、この点で本当によく頑張ってくれました」と伝えると、部下は「自分のことを一人前だと見てくれている」「敬意を払ってくれている」と感じるかもしれません。

このように、文脈や関係性において、自分の発言が「無標」なのか「有標」なのかを考えることは、重要です。相手の心に残る言葉は、多くの場合「有標」なのです。

タメ口は「感情」を伝える際に有効

「タメ口」を効果的に使うには、具体的にどのような場面が考えられるでしょうか。

上司から部下へ、あるいは部下から上司へ、どちらの場合も「自分の感情や感想」に関する言葉は、タメ口で言っても悪い印象を持たれにくい。相手に向けられた言葉、例えば指示や評価ではないからです。タメ口は「本音」に近い、加工されていない「すっぴんの言葉」として響きます。

例えば、上司が部下の手柄に「うれしいです」と言うよりも、「いや、本当にうれしいな」とこぼれるように言うほうが、「本気で言っている」感じが伝わります。相手を評価するタメ口はダメですが、「君のおかげで助かったよ、ありがとう」といったポジティブな感情をすっぴんの言葉で伝えるのは有効です。また、部下が上司に「〇〇さんのネクタイ、かっこいいですね」と言うより、「うわ、〇〇さんのネクタイ、かっこいいな」とこぼれるように言うほうが、いいわけですね。

研究結果などでも、一般的に、男性は「レポートトーク」(報告・事実・目的)が得意で、女性は「ラポートトーク」(関係構築・共感)が得意だと言われています。女性は相手との関係性を作るために話す傾向があり、年齢に関係なく、うまくタメ口を挟み込んで相手の懐に入っていくのがうまい。男性は「要するに?」と結論を急ぎがちですが、女性は会話のプロセス自体を重視することが多いと言われています。

レポートトーク ラポートトーク
焦点 効率的な情報伝達 関係構築と共感
傾向 男性に多いとされる 女性に多いとされる
思考 「情報を伝えよう」 「つながりを築こう」

表2 「レポートトーク」と「ラポートトーク」の違い。『日本の人事部』編集部作成

言葉には心理的な「縄張り」があります。「敬語」は、相手の縄張りを侵さない、距離を取るための言葉です。日本の文化において、言葉の多さや距離感は敬意と比例します。「いらっしゃい」より「いらっしゃいませ」のほうが言葉を尽くしており、丁寧であると同時に、距離も生まれます。

一方で「タメ口」は、相手の縄張りに入っていく言葉です。家族や親しい友人など、同質性の高いコミュニティーで使われます。上司と部下は、同じ職場という点では同質ですが、立場という点では異質です。

だからこそ、タメ口で縄張りに踏み込む際には注意が必要です。一定の距離が保たれることを好む人もいます。しかし、ずっと距離を置いていると「冷たい」と思われる。かといって、踏み込みすぎるとハラスメントになる。ここの加減は、まさに相手や場面に合わせて臨機応変に対応する「熟練の勘」が必要です。

あえて「パワーリレーション」を崩す

上司が年上で、部下が年下の場合、部下への呼び方は何が適切なのでしょうか。「さん」「くん」「ちゃん」などの呼び方がありますが、「ちゃん」付けが問題になるケースも増えています。

「ちゃん」付けが嫌がられるのは、「下に見られている」「子供扱いされている」と感じるからです。その背景には、パワーリレーション(権力関係)があります。

結局のところ、これは「関係性」の問題です。 日頃から相手に敬意を払い、良好な関係性が構築できていれば、「ちゃん」と呼んでも「親しみ」の表れとして受け取ってもらえる可能性が高い。逆に、普段から見下したような態度を取っていれば、当然ハラスメントとして受け取られます。

堀田さんご自身は、学生との関係性において、何か意識されていることはありますか。

私は、ゼミ生とは近い距離で接するように意図的に努めています。もともと、「教師と学生」という関係にはパワーリレーションがあります。これは「上司と部下」の関係と似ています。そのパワーリレーションをあえて崩すようにしているのです。例えば、ゼミでは無礼講でいいと決め、私のことを「じぃじ」と呼ばせたりもしています(笑)。学生が私を「先生」ではなく「じぃじ」と呼ぶこと。これがまさに、先に述べた「有標」な行為になるわけです。関係性を意図的にフラットにするためのルール設定です。

もちろん、いきなり全員と距離を詰めるわけではありません。最初はまず様子を見ます。大勢の学生の中で、距離を詰めても大丈夫そうな学生を見つけるのです。例えば、ゼミ生の中に吉本興業で芸人を経験した学生がいますが、彼とはお互いにタメ口でツッコンだり、冗談を言い合ったりするし、あえて私に反抗させたりもします。

そうした学生とのやり取りを通じて、他の学生にも「そのように振る舞っても大丈夫だ」という雰囲気、つまり心理的安全性を広げていきます。もちろん、それを受け入れる側の寛大さも必要です。

関係性構築のための戦略ですね。

ハラスメントにならないための無難な方法は、もちろん相手の許可を得ることです。「〇〇と呼んでも大丈夫ですか」と確認を取れば、後で問題になることはありません。しかし、一歩進んで関係性を構築したいのであれば、パワーリレーションを崩すなどの意図的な働きかけも必要だということです。

堀田秀吾さん(明治大学 法学部 教授)インタビューの様子

近年はチャットなど、テキストでのコミュニケーションも増えています。上司が気をつけるべき点はありますか。

文字情報は、非言語情報を伴いません。伝えたいことの1割から3割程度しか伝わらないと考えたほうがよいでしょう。若い世代が絵文字やスタンプを使うのは、非言語的な部分を補うためです。

絵文字やスタンプを使うのが恥ずかしい上司もいるかもしれませんが、足りない情報は「言葉を尽くす」ことで補うべきです。男性の上司は、特に「レポートトーク」の傾向が強く、要件だけを書いて送り、冷たい印象を与えがちです。

私は「目配り」「気配り」に加えて、「言葉配り」(造語)が大事だと言っています。例えばメールの冒頭に「先週は〇〇の件、お疲れさまでした」といった雑談やねぎらいの言葉を一行加えるだけでも、相手の受け取り方は変わります。ビジネスだからと結論だけを伝えるのではなく、関係構築のための「言葉を尽くす」「言葉配り」を意識することが重要です。

あえて方言を使ってみせるのも、場を和ませ、親しみを持たせるのに有効です。方言は「すっぴんの言葉」であり、相手の縄張りに入りやすい言葉です。東京はいろいろな地方の出身者が集まっているので、方言をネタにするとコミュニケーションが盛り上がることも多いですね。

人事が伝えるべき「言葉の科学」

職場での言葉遣いでトラブルにならないように、他に気を付けるべき点はありますか。

あまりになれなれしい言葉遣いをすることによって、不適切な関係を疑われるなど、トラブルに発展することもあります。そうならないために、「オーディエンス・デザイン」という考え方を意識した話し方を心がけることが重要です。

「オーディエンス・デザイン」とは言語学の概念で、会話を聞く人を「聞き手」「傍聴人」「偶然聞く人」「盗み聞く人」という四つに区分します。どのオーディエンスまで意識するかによって、私たちは話し方や話す内容を変えているのです。

政治家が失言するとき、目の前の支援者(オーディエンス)にリップサービスをしています。しかし、その外側に「記者」という別のオーディエンスがいることを忘れている。職場で1対1で話しているときも、誰かが聞いている、あるいはチャットが転送される可能性を常に意識し、誰にどこまで伝わるべき言葉なのかを意識して発話を設計する必要があります。

人事部門は、管理職の言葉遣いを支援するために、どのようなことができますか。

言葉は「行為」であり、その意味は「相互作用」で決まること。自分の意図と相手の受け取り方は違う可能性があること。「レポートトーク」と「ラポートトーク」の違い。相手がどちらのスタイルを好むのか、あるいは今どちらのスタイルで話すべきなのかを使い分ける意識を持つこと――。まずは、今日お話ししたコミュニケーションの大原則を、研修などで知ってもらうことが重要です。

相づちの重要性も、もっと認識されるべきです。相づちが「すごいですね」一辺倒な人がいます。これは心がこもっておらず、相手は「本当に聞いているのか」と不信感を抱きます。

堀田さん作成の「会話の合いの手(褒め言葉編)の50音表」

堀田さん作成の「会話の合いの手(褒め言葉編)の50音表」

コミュニケーションは「伝わったものが全て」です。考えているだけでは伝わりません。「思いやり」も「理解」も、言語や非言語コミュニケーションによって相手に伝えて、そしてそれが“伝わって”初めて意味を持ちます。上司は、部下に「見ているよ」「理解しているよ」という承認欲求を満たすメッセージを、言葉を尽くして伝えるべきです。

職場でのデフォルトはあくまで「敬語」です。その上で、関係性を構築し、心理的安全性を高めるための「武器」として、タメ口や非言語コミュニケーション、そして「言葉配り」を戦略的に使っていく。人事は、そのための「言葉の科学」を管理職に提供する役割を担えるのではないでしょうか。

堀田秀吾さん(明治大学 法学部 教授)

(取材:2025年11月6日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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