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大災害が起きた時に社員の安全を守る
人事が知るべき「帰宅困難者対策」とは(前編)

東京大学大学院 工学系研究科 准教授

廣井 悠さん

地域の防災対策は企業にとっての新しいモデルケース

 「南海トラフ巨大地震」は、かなり広範囲に及ぶ問題なのですね。今回は焦点を絞って、東京を中心とした「首都直下地震」に関してお話をうかがいます。実際に地震が起きた時、企業にはどのような影響があるのでしょうか。

企業に対する影響は、大きく二つあります。一つ目は帰宅困難者によって引き起こされる、広く国や地域に対する影響です。地震が起きてみんながいっせいに帰宅しようとすると、歩道は過密状態になり、車道は大渋滞となります。その結果、群衆雪崩などの人的被害が発生してしまう可能性がある。また、消防車や救急車など災害対応の車両が動けなくなるので、ケガ人や火事への対応が遅れます。つまり、助けられるはずの命や、消すことのできたはずの火災に対応できない状況になってしまうわけです。

災害直後、行政はファーストプライオリティとして、埋もれている人を助ける、火災を消す、といったことしかできません。そのため、私たちは公助ではなく自助と共助によって、帰宅困難者対策を講じなくてはなりません。つまり、地域社会における被害を軽減するには、企業と個人が対応しなければならないのです。ところが、企業はどうもこの点に関する問題意識が低い。「なぜ企業が社会的な問題に率先して取り組まなくてはならないのか」と考える企業は少なくないのです。

もう一つは、BCP(事業継続)の問題です。電車などの交通機関が2~3日止まると、多くの社員が出勤困難になり、事業を継続できない企業が出てくることも予想されます。そのため、企業にとって帰宅困難者対策は不可欠です。では、具体的に何をすればいいのかというと、それは単純に帰宅困難者を社内に留めることです。

廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

しかし、ここで一つ問題があります。行き場のない「屋外滞留者」への対応です。東京都による推計では、首都圏直下地震で92万人の屋外滞留者(行き場のない帰宅困難者)が発生する、とされています。この人たちを受け入れることは、社会のためにはプラスですが、事業継続を考える企業にとってはマイナスとなります。この点にどう折り合いを付けるかが、企業にとって大きな課題と言えるでしょう。ちなみに現在、屋外滞留者92万人に対して、一時滞在施設で収容できる数は30万人といわれており、その差62万を受け入れる施設が不足しています。

行き場のない人たちは買い物客や観光客がほとんどですが、この人たちを企業が受け入れることは、地域の安心・安全性を示す上で効果があると思います。企業に対するプラスの効果も大きいでしょう。特に外国人観光客には、効果があるのではないでしょうか。外国人に対する対策としては、無事に本国へ送り届けることも大事ですが、地震が起きた際の対策をしっかりと作っておき、「安心して日本に来てください」というメッセージを伝え、アピールすることが大切だと思います。

 今まで、地域のために企業が防災対策を行うようなことは少なかったのではないでしょうか。

その通りです。BCPにしても、自社の事業継続を守るための自助の取り組みです。また、CSR(企業の社会的責任)は広報的なアピールの側面が強くなっています。そういう意味で、地域全体のための防災対策は企業にとって新しいモデルケースと言えるでしょう。

「阪神淡路大震災」以降、密集した市街地の改善、耐震補強などが重要視されるようになりました。ただ、住宅は個人の資産なので、行政が直接的に予算を投じることはなかなか難しい。そこで、住民たちに防災意識に目覚めてもらい、安全・安心な住宅にしてもらおうとしました。

さらに「東日本大震災」を経て、都心の業務地区などでは、地域のために企業はどう貢献するのか、という新しいモデルが出てきました。具体的にどのようなモデルにするのか、現在、手探りで進めている段階です。なかなか進まないのは、まだ企業に「地域貢献に対する経験値」が蓄積されていないからだと思います。

 地域への貢献というテーマに関しては、企業の人事もよく理解できていないように思います。

特に、今回のテーマである帰宅困難者対策は、企業にとっても大変なことだと思います。地域社会に根ざした大企業はともかく、中小企業にはなかなか余裕がありません。そのため東京都でも、帰宅困難者対策のあり方の検討会を開催しており、私も座長として参加しています。

ここで特に議論されているのは、中小企業に対してどんなインセンティブを与えるのか、ということ。社員の自社滞留はともかく、屋外滞留者を受け入れることは、短期的には事業継続にとってマイナスです。また、セキュリティの面からも難しいケースが多い。そのような状況で、中小企業に地域の屋外滞留者を受け入れてもらうための方策を検討しています。例えば自治体と協定を結ぶことを条件として、屋外滞留者の受け入れ時に、必要な備蓄品の購入費用の6分の5を東京都が助成する、などです。

また、免責問題への対応も重要です。余震などにより事故が起こった時、受け入れてくれた企業の責任になってしまうと、受け入れること自体がリスクとなり、企業はおよび腰になってしまいます。まだ十分に議論は尽くされていませんが、今後、保険のような形で分散するなど、免責に関するハードルを下げる施策が必要だと考えています。

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この記事ジャンル 労災

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