大災害が起きた時に社員の安全を守る
人事が知るべき「帰宅困難者対策」とは(後編)[前編を読む]
東京大学大学院 工学系研究科 准教授
廣井 悠さん
「首都直下地震」などの災害時に社員を帰宅させない、帰宅困難者対策。社会的問題への対応、また自社のBCP(事業継続)の点でも非常に重要であることを「前編」では確認しました。では、具体的にどのような計画を講じ、マニュアルを作成し、訓練を行っていけばいいのでしょうか。そのポイントとなる事項について、引き続き、東京大学大学院工学系研究科准教授・廣井悠先生にうかがいました。
ひろい・ゆう●東京大学大学院工学系研究部都市工学専攻・博士課程を中退、同特任助教、名古屋大学減災連携研究センター准教授を経て、2016年4月より現職。同年10月東京大学卓越研究員に選択、11月JSTさきがけ研究員(兼任)に採択される。著書に『災害であなたが帰宅困難になった時のために』(清文社)『これだけはやっておきたい!帰宅困難者対策Q&A』(清文社・編著)『みんなで備える地震防災』(東京法規出版・監修)などがある。
帰宅困難者を定義した上で計画とマニュアルを作成し、訓練を行う
「首都直下地震」のような大災害時に起こる帰宅困難者の問題に対して、企業は具体的にどのように準備しておくべきでしょうか。
事前に計画とマニュアルを作り、それに則った訓練を行い、備蓄をしておくことです。現実問題として、大きな地震が平日の昼間に発生した場合、帰宅困難者が発生する確率はかなり高くなります。そのような事態を想定し、企業としてはまず、帰宅困難者対策の計画とマニュアルを作成する必要があります。
計画を作成するに当たって注意してほしいのは、帰宅困難者に対する「定義」は一様ではないこと。実際、私がある委員会に出席した時、目の前の人と意見が合いませんでした。その人は「道を歩いている人」を帰宅困難者と定義し、それ対してどのような対策が必要なのかを説いていました。一方、私は「施設などに留まっている人」に対して、どういうことが必要なのかを説明していた。これでは、話がかみ合いませんし、定義が違えば、算出される人数も大きく異なってきます。また、その後に打つべき施策も変わってきます。
そのため、計画とマニュアルを作成する際は、まず大前提として「当社で考える帰宅困難者はどういう人なのか」をしっかりと定義し、全員で共有する必要があります。また、社員の中でも高齢者や妊婦のほか、外回りの社員、お客様として来社していた人たち、さらには周辺にいる屋外滞留者など、帰宅困難者として捉える対象や優先度にいろいろな考えがあることが想定されます。自社が考える帰宅困難者はどんな人で、そのためにはどういう対策が必要なのかという計画とマニュアルを、まず作成してほしいと思います。
その次は、帰宅困難者が待機するための「安全な場所」の準備と確保です。避難所の場合は一人当たり1.6㎡が一般的と言われていますが、帰宅困難者の場合、一人当たり2.0㎡で計算することが多いようです。これらの数値を参考にして、「当社ではこれだけの人数が想定されるので、このくらいの場所を確保する必要がある」といった試算ができます。このようにして然るべき場所を用意し、防災用具を装備し、飲料水や食料などの備蓄を事前に準備しておく。その上で、災害時を想定した訓練を実施します。
具体的には、どのような訓練を行えばいいのでしょうか。
帰宅困難者を想定した訓練は、現実的になかなか難しいと思います。そこで、帰宅困難者に対する一時滞在用の図上訓練のキットを考案しました。自社で受け入れるとしたら、どこに受け入れて、どういう対策が必要なのかを体験できる仕様になっています。無料で配布していますので、ぜひご覧になってください。
事前準備をして訓練を行うことにより、社内におけるいろいろな問題や課題が浮き彫りになってきます。例えば、自宅が被災した従業員に「帰らないように」と責任を持って誰が言えるのか、あるいは留まった場合にケガをしたらどうするのかといった、労務管理面での対応などが多々出てきます。BCPを行う上でこのような事態は十分想定できるので、マニュアルを作成していく過程で対応を一つひとつきちんと定めていくことが大切です。帰宅困難者の問題にかかわらず、災害時の対応を企業が行う上で、どういう準備をしなければいけないのかを再確認する良い機会になるでしょう。
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