見えにくいけれど大切なものを見えるようにする社会学的視点
組織を変えたい人事のための
「組織エスノグラフィー」入門(後編)[前編を読む]
法政大学キャリアデザイン学部 准教授
田中 研之輔さん
「組織エスノグラフィー」――インタビューの前編では、この聞き慣れない言葉が人事の領域にどう関わってくるのか、法政大学キャリアデザイン学部准教授の田中研之輔先生に解説していただきました。後編は、組織エスノグラフィーの実践編。企業内で実際に組織エスノグラフィーを行う場合、どのように進めれば組織の改善につながるのか、どういう組織に導入するのが望ましいのか、また、具体的にどのような成果が期待できるのか、田中先生にじっくりとうかがいました。
たなか・けんのすけ●社会学博士。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部准教授兼デジタルハリウッド大学客員准教授。専門は社会学。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書に『先生は教えてくれない大学のトリセツ』、『丼家の経営』、『都市に刻む軌跡』、『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』、『ストリートのコード』等。近著に『覚醒する身体』。株式会社ゲイト社外顧問他、社外顧問を歴任。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。
なぜ、いまエスノグラフィーなのか――働き方の「質」を求めて
田中先生は組織エスノグラファーとして、さまざまな企業経営の現場、労働の現場を見てこられました。現在、そこにはどういう問題があるとお考えですか。
やはり一番大きなトレンドは、かつてないほどに求められている、働き方の見直しでしょう。この動きを牽引しているのが、現政権が構造改革の柱に位置付ける働き方改革であることは論をまちません。
この働き方改革は、一方では戦後、日本の高度経済成長を支えた日本型雇用からの脱却を、他方では1990年代後半以降、積極的に導入されてきた成果主義の是正を企図するものですが、私たちはこの機会に働き方の根本から見つめ直す機会と捉えるべきだと思います。年功によらず、目に見える数字だけで処遇を決める成果主義を入れたことで、日本の組織ははたして活性化したのでしょうか。業績管理や雇用管理が徹底化される中で、職場から豊かな人間関係が奪われ、働く人が追い詰められただけではないでしょうか。
日本型雇用は、一方で雇用の安定をもたらしたものの、人々のゆとりある暮らしを犠牲にしてきた部分も少なくありません。アウトプットとは関係なく、毎晩遅くまで会社に残ることが美徳とされるような、労働の「量」が優先される時代が長く続いてきました。
しかし、少子高齢化・生産人口減というマクロトレンドの中で、いま、私たちに問われているのは働き方の「質」の改善です。量から質へ――働き方の構造転換が、人と組織の生産性向上を促すとともにライフスタイルの改善をもたらし、ひいては少子化対策にまでつながっていく。社会も組織も生き物なので、疲弊します。それらをもう一度元気にするために、働き方のバランスを見直すべき時期が来たということなのです。
目に見える労働の「量」ではなく、見えにくい働き方の「質」が問われている。いま労働の現場に、エスノグラフィーの視点が求められる理由はその辺りにありそうですね。
おっしゃるとおりです。これからの日本企業には、人事を筆頭に、そういう視点を持った人材が絶対に必要になります。これは確信をもって言えますね。ただでさえ労働人口が減っていくわけですから、みんなで協力してお互いを大切に活かしあい、生産性を高めていかなければなりません。たとえば、店舗なら全自動レジなどの最新テクノロジーもフル活用しつつ、一方では生身の人間らしいエスノグラフィックな視点から、日ごろは意識していない組織の複雑な関係性やメカニズムを読み解いていく。みんなが働きやすい、より「質の高い」職場を創出していかなければならない時代なのです。
組織エスノグラフィーは、われわれ研究者の専売特許ではありません。組織に所属している人なら、誰でもできます。ただし、日ごろから組織の状況を分析し、問題点や改善点を見つけようと心がけている人でないと難しいでしょう。組織エスノグラフィーという言葉をあえて使わなくても、すでにそうした視点が養われている人や、まさにエスノグラファーとして振る舞っている人は、どの現場にもきっといるはずです。不思議なもので、理論の普及よりも現場の変化のほうが早いですからね。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。