権限、役職、カリスマ性がなくても発揮できる
職場と学校をつなぐ「リーダーシップ教育」の新しい潮流(前編)
早稲田大学 大学総合研究センター 教授
日向野 幹也さん
権限がなくてもリーダーシップを発揮するための最小3行動とは
これからは「権限のないリーダーシップ」が、企業社会においてもリーダーシップのスタンダードになっていくということですね。それはなぜでしょうか。
権限のないリーダーシップは、企業に限らず、成果を求めるあらゆる職場で発揮されるべきです。サービス産業においてとりわけ顕著ですが、組織のトップや管理者といった上位階層によるリーダーシップだけでは、激しさを増す市場環境の変化や顧客ニーズの多様化・複雑化に即応しきれなくなってきたからです。権限や役職がなくても、現場の一人ひとりが指揮命令系統によらず、それぞれリーダーシップを発揮して行動しないと、最高の成果目標を達成することはできません。それはいまや製造業にもいえることですね。現に、多国籍チームで仕事をすることの多い外資系企業では近年、この「権限のないリーダーシップ」を重視し、各人が進んでリーダーシップを発揮するという方針に転換する組織が増えています。10人いれば10人が、100人いれば100人が、みんなリーダーであってかまわない。かまわないどころか、真のリーダーシップを備えた人材が多いほど、組織の成果は出やすいでしょう。「船頭多くして船山に上る」ということわざがありますが、船頭が多いと船がうまく動かないのは、リーダーが多すぎるからではなく、船頭たちが真のリーダーシップに欠け、自らの権限に固執してしまうからなのです。
日本人の通念でいうリーダーシップとは、かなり意味合いが異なりますね。
リーダーシップが権限に裏づけられるものであれば、上位者から与えられるのを待つしかなく、またカリスマと同一視されるものなら、習得は不可能です。しかし、権限もカリスマもいらないリーダーシップは、誰もが訓練によって獲得できるスキルです。端的に言うと、何か不満があったときに、不満を単に不満として誰かにぶつけるだけでは消費者と同じですが、そうではなく、不満を自ら解決すべき課題と捉え、周囲に解決策の提案を持ちかけたり、その策を実行するために誰かを巻き込んだりするなど、他者と協力して目標を成し遂げること――それこそが、すべての人々が持つべき世界標準のリーダーシップの要諦にほかなりません。
そうしたリーダーシップを発揮するためには、どのようなスキルや振る舞いが必要になるのでしょうか。
権限のないリーダーシップを構成する要素として、私は「リーダーシップ最小3行動」というものを考案しました。「目標設定」「率先垂範」「同僚支援」の三つです。「最小3行動」ですから、この三つのどれが欠けても、リーダーシップとは言えません。日常的な例として、「電車が遅れた日の深夜の駅前タクシー乗り場」を想像してみてください。長蛇の列ができ、みんながイライラしているときに、その場の全員が早く帰れるようタクシーの相乗りを呼びかけ、実行するというのも立派なリーダーシップでしょう。そこには「早く帰宅する」という目標設定、「自ら相乗りを募る」という率先垂範、「続く人も相乗りを募りやすくなる」という同僚支援の、最小3行動がすべてそろっています。目標を示すだけで、あるいは目標を示して自ら行動するだけで、ついてきてくれる人もいるかもしれませんが、確率は低いですよね。人にはそれぞれ、動きたくても動きづらい事情がありますから。そこを動きやすくなるように手伝ってあげるのが、同僚支援というわけです。これ以外にも、たとえば、問題解決がうまく進展しないときに粘る「レジリエンス」や、目標設定そのものが過ちと分かったときに速やかに目標を変える「決断力」など、さまざまな要素が考えられますが、まずはこの3行動がリーダーシップの基本だと、私は考えています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。