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自己都合離職の失業給付はどうあるべきか?
~「構造的賃上げ」の現状と課題②~

第一生命研究所 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也氏

要旨

  • 新しい資本主義実現会議の労働市場改革案には雇用保険の失業給付の見直しが記載。会社都合・自己都合の給付差を縮小し、労働者の主体的な転職を促す方向性が示されている。

  • 現行の雇用保険制度では、①給付制限期間の有無、②給付日数上限で会社都合/自己都合で給付に差異があるほか、③雇用保険加入期間が長いほど給付が充実する点で転職者に不利な面がある、といった特徴がみられる。

  • 政府はこの給付制限期間について会社都合・自己都合の差をなくす方向で検討に入ったと報じられている。ただ、自己都合退職の場合の給付制限期間は保険原理の観点や、短期間で転職を繰り返して受給を得るといったモラルハザード行為を抑止する観点で設けられている。海外では自己都合退職の場合に給付がない、給付制限期間を設ける、といった制度が主である。

  • 転職者数と失業給付の受給者数は乖離が広がっており、失業給付を受け取らずに転職するケースが増えていることを示唆している。近年は民間転職サービス、SNSやリモートワーク環境の充実などによって、在職中の転職活動はより一般的になっていると考えられ、失業給付と転職の関係は希薄化している可能性がある。

  • 自己都合退職の失業給付受給要件緩和に当たっては、こうした点も踏まえたコスト/ベネフィットの比較衡量が求められる。既存制度には失業中にハローワークの指定した公共職業訓練を受けることで、自己都合退職の給付制限期間が免除される仕組みがある。この免除となる訓練を公共職業訓練外にも広げることを一案として挙げたい。モラルハザードを抑えつつキャリアアップにつながる労働移動をより促す効果が期待できる。

労働移動活発化の観点で自己都合離職の失業給付見直しに言及

新しい資本主義実現会議で示された「三位一体労働改革の論点案」(資料1)では、成長分野への労働移動の円滑化のための方策として、雇用保険の失業給付制度の見直しが掲げられている。論点案では「自己都合で離職する場合は、求職申込み後2か月ないし3か月は失業給付を受給できないと、会社都合で離職する場合と異なる要件となっている。会社都合の場合の要件を踏まえ、自己都合離職者の場合の要件を緩和する方向で具体的設計を行う」と記載された。

政府の掲げる労働市場改革は、労働者が成長分野へ労働移動を積極的に行うことによって、賃金上昇が生じる姿を企図している。労働者側都合での転職でも失業給付を得やすくすることで、賃金の上がる転職をより促すことを目指した形である。

資料1  「三位一体労働改革の論点案」の概要

現行の雇用保険の仕組み

まず、現行の雇用保険の失業給付制度について大まかに整理していく。雇用保険において、退職の種類は大きく4種類に分類される。退職の種類に応じて給付制限期間(求職の申し込みから実際に基本手当の支給が開始されるまでの期間)と給付日数の上限が定められている。資料2の通り、倒産や会社都合の解雇などの①会社都合退職の場合(特定受給資格者)や疾病・障害などの②正当な理由のある自己都合退職の場合(特定理由離職者)には、求職申込みから7日の待期期間を経た後に給付が開始され、給付制限期間はない。一方で、③正当な理由に該当しない自己都合退職(自らの意志での転職を含む)や④従業員側の責任による懲戒解雇などの場合には2か月・3か月の給付制限期間があり、基本手当が受給できるのはこの給付制限が終わった後になる。

また、離職理由が①②の場合と③④の場合とでは、基本手当の給付日数上限が異なっている。資料3では雇用保険加入期間・年齢・離職理由別の給付日数上限をまとめた。①②の理由の退職の場合には、③④の場合よりも給付の上限も大きくなる仕組みとなっている。

資料2 雇用保険:基本手当の待機期間と給付制限時間
資料3 雇用保険:基本手当の給付日数上限

このように、離職理由ごとの給付面での違いは、(i)給付制限期間の違い、(ii)給付日数上限の違いとなる。また、雇用保険の加入期間が長いほど給付日数上限が大きくなる仕組みとなっており、(iii)数年で失業給付を受け取りながら転職を繰り返すような場合には、都度の離職時には少ない給付しか受けられない 形となっている点も転職をする人に不利(長期勤続者に有利)と言えそうである。政府の改革論点案はこの会社都合と自己都合の給付の差異を小さくすることで、労働移動を促すことを志向している。

自己都合/会社都合ギャップをなくすと副作用も?

報道によれば、自らの意志での転職など正当な理由のない自己都合離職(資料2の③)について、給付制限期間を会社都合離職と同等にする(待期の7日のみ)方向で、政府が検討に入ったと報じられている。これは、実現すれば相当に踏み込んだ内容となる。自己都合離職の給付制限期間が設けられている背景には、①雇用保険が不慮の保険事故(失業)に対する保険という性質を持つこと、②制度を悪用して短期雇用を繰り返して受給を得ようとするモラルハザード行為に歯止めをかけること、という2つの意味合いがある。主要国の失業保険制度をみてみても、自分の意志による転職はいずれの国でも正当な理由(給与不払いなど)のない離職に分類され、給付がない、もしくは給付制限期間など一定の制限がかかるといった制度となっている(資料4)。

資料4 自らの意思での転職(正当理由のない自発的離職)の際の失業給付

失業給付と転職の関係が希薄化している可能性

また、自己都合退職の失業給付充実が前向きな転職を大きく拡大するかどうかは微妙なところもある。資料5では総務省労働力調査における転職者数(就業者のうち前職のあるもので、過去1年間に離職を経験した人数)と厚生労働省の公表する基本手当の初回受給者数、その2つの数字の比、の推移をみている。2数の比は景気悪化時に上昇する(転職機会が減り、失業給付受給者が増える)といった傾向のほか、長い目線では低下傾向にあることがうかがえる。

これは、雇用保険を利用せずに転職するケースが増え、失業給付と転職の関係が希薄化していることを示唆する。特に近年では民間の転職サービス、SNSやリモートワーク環境の充実などによって、在職しながらの転職活動はより一般的になっていると考えられる。結果的に失業を経ない形での転職は過去に比べて容易になっており、基本手当受給者数と転職者数の値の乖離は広がってきているとみられる。これは自己都合退職の失業給付を充実させても、前向きな転職の拡大にはつながりにくくなっていると考えられる要素である。

資料5 転職者数と雇用保険基本手当の初回受給者

コストベネフィットの比較も必要に:給付制限免除となる教育訓練の拡大も一案

筆者は労働者側主体の前向きな労働移動を促そうとする政策の方向性には賛成であり、それに向けた制度改革も積極的に進めていくべきだと考えている。自己都合退職の扱い見直しもその方向性に沿ったものだ。しかし、上に挙げたモラルハザード行為が増える副作用が生じる可能性は高いだろう。失業給付と転職の関係が希薄になっている可能性がある点も踏まえると、実際に自己都合退職の失業給付を充実するにあたっては、コスト/ベネフィットの比較衡量も求められる。

コスト/ベネフィットを高める観点で海外事例を参考にすると、フランスでは原則失業給付を支給しない自己都合退職の場合でも、スキルアップの研修を必要とする転職計画や起業の計画を立て、それが当局に評価されれば失業給付の対象とする仕組みが2019年に設けられた。実は、日本にも失業中にハローワークの指定する公共職業訓練を受けることで、自己都合離職の給付制限期間が免除される仕組みが既にある。ただ、この公共職業訓練は失業者を対象としており費用が無料となっている一方で、近年充実が図られている定率補助型の教育訓練給付に比べても、対象となる講座の充実度合いが低いといった特徴がみられる。一案として、失業中における公共職業訓練以外の訓練受講やそれに基づいた転職・起業計画の提出した場合にも給付制限期間を免除する、といった方向性を挙げたい。すべての自己都合退職を対象としない形とすることで、モラルハザード行為を抑えると同時に、キャリアアップの伴う労働移動を促す効果も期待できる。

株式会社 第一生命経済研究所

第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
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