働き方改革と健康経営
-労働者の健康改善と生産性向上につながる「真の働き方改革」の実施を-
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中氏
【要旨】
- 政府は人口や労働力人口が継続して減少している中で、長時間労働・残業などの悪しき慣習が日本経済の足を引っ張り生産性を低下させる原因になっていると考え、近年、働き方改革に積極的な動きを見せている。
- 政府が働き方改革を実施する大きな理由の一つは、日本企業に残存している長時間労働の慣習を改善するためだ。長時間労働は、労働者の疲労回復に必要な睡眠や休養時間を減少させ、重大な健康障害を引き起こす可能性がある。
- 最近は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために奨励したテレワークが長期化することにより、メンタルヘルスの不調を感じる人も増えている。その結果、「職場」や「通勤」などに重きを置いた「健康経営®*」を含めた従来型の福利厚生制度を「自宅」や「家族」を中心とする制度に少しずつ変える必要性が生じている。
- 2021年9月に実施された「ニッセイ景況アンケート調査結果-2021年度調査」 によると、健康経営への取組み状況は、「関心はあるがまだ取組んでいない」が45.9%で最も多く、「健康経営優良法人の認定を受けている」と「関心があり既に取組んでいる」は、それぞれ6.6%と8.5%(合計15.1%)にとどまっていることが確認された
- 健康経営を取組むうえで課題になること(なると予想されること)について尋ねた結果、「何から開始・取組めばいいか分からない」が30.9%で最も高く、「人員がいない」(27.1%)、「メリットが分からない」(15.8%)を上回った(「特に課題はない」は24.3%)。
- 今後、企業が働き方改革を実施する際には、生産性向上のみならず、労働者の健康や生活の満足度向上も考慮する必要がある。働き方改革が長時間労働の習慣を改善させ、従業員の健康改善や生産性向上につながる「真の働き方改革」になることを期待したい。
1――政府が働き方改革と「健康経営®」を推進
政府は人口や労働力人口が継続して減少している中で、長時間労働・残業などの悪しき慣習が日本経済の足を引っ張り生産性を低下させる原因になっていると考え、近年、働き方改革に積極的な動きを見せている。
2018年6月29日には「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」、いわゆる「働き方改革関連法」が可決成立し、2019年4月から、「残業時間の上限規制の導入」、「年5日間の年次有給休暇の確実な取得」、「勤務間インターバル制度の導入促進(努力義務)」、「フレックスタイム制の拡充」、「労働時間状況の客観的な把握」などが順次施行されている。
政府が働き方改革を実施する大きな理由の一つは、日本企業に残存している長時間労働の慣習を改善するためだ。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、日本におけるパートタイム労働者を含めた労働者一人当たりの平均総実労働時間は1993年の1,920時間から2019年には1,621時間に大きく減少した。しかしながら、パートタイム労働者を除いた一般労働者(フルタイム労働者)の平均総実労働時間は政府が働き方改革を実施することにより少し減っているものの、2020年現在1,925時間で、平均総実労働時間(パートタイム労働者を含む)1,621時間と大きな差を見せている。
長時間労働は、労働者の疲労回復に必要な睡眠や休養時間を減少させ、重大な健康障害を引き起こす可能性がある。厚生労働省が毎年公表している「過労死等の労災補償状況」から「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況」を確認すると、業務における強い心理的負荷による精神障害等に係る労災請求件数は1999年度の155件から継続的に増加傾向であり、2020年度には2,051件まで増加した。また、精神障害等に対する労災補償の支給決定(認定)件数も増え続け、2020年度には608件まで増えている。さらに、自殺者数総数のうち、勤務問題を原因・動機の一つとするものの割合は、2007年の6.7%から2018年には9.7%まで上昇し、最近でも9%台を維持している。
最近は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために奨励したテレワークが長期化することにより、「コミュニケーション不足や孤独感」、「生活リズムの乱れ」、「運動不足」などの影響でメンタルヘルスの不調を感じる人も増えている。その結果、「職場」や「通勤」などに重きを置いた健康経営を含めた従来型の福利厚生制度を「自宅」や「家族」を中心とする制度に少しずつ変える必要性が生じている。経済産業省は、健康経営を「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」だと定義しており、企業が従業員の健康に配慮することで、従業員の能力を高め、生産性の向上や職場環境の改善につながると期待している。
2――ニッセイ景況アンケート調査からみた健康経営への取り組み
2021年9月に実施された「ニッセイ景況アンケート調査結果-2021年度調査」2によると、健康経営への取組み状況は、「関心はあるがまだ取組んでいない」が45.9%で最も多く、「健康経営優良法人の認定を受けている」と「関心があり既に取組んでいる」は、それぞれ6.6%と8.5%(合計15.1%)にとどまっていることが確認された。
また、「健康経営優良法人の認定を受けている」あるいは「関心があり既に取組んでいる」と答えた企業の合計を企業規模別にみると、1000名超の企業が29.2%で最も高く、300名超1000名以下(26.5%)、300名以下(13.3%)の順であり、企業規模が大きいほど、健康経営に取組んでいる企業が多いことが明らかになった。業種別には、製造業(特に「化学(一般化学・石油化学)」26.3%)が15.3%と非製造業の15.0%(特に「金融」29.3%)より高く、地域別には、中国(21.9%)、東海(19.6%)、甲信越・北陸(18.6%)が高いという結果が得られた。
企業規模、地域と健康経営への取組みの関係をクロス集計でみたところ、企業規模と地域による健康経営への取組みの差は有意水準1%で統計的に優位であった。しかし、業種と健康経営への取組みの関係では統計的に有意な結果は得られなかった。
健康経営を取組むうえで課題になること(なると予想されること)について尋ねた結果、「何から開始・取組めばいいか分からない」が30.9%で最も高く、「人員がいない」(27.1%)、「メリットが分からない」(15.8%)を上回った(「特に課題はない」は24.3%)。「何から開始・取組めばいいか分からない」と回答した企業の割合は、企業規模別では300名以下(32.2%)、業種別では非製造業(31.0%)、地域別では、甲信越・北陸(33.2%)が高く、業種別(詳細)では製造業の場合、「繊維・衣服」(38.1%)、「鉱業・石油・窯業・土石」(37.2%)、「農林水産業」(36.4%)が上位3位を、非製造業の場合、「専門サービス」(39.6%)、「卸売」(36.1%)、「飲食」(33.9%)が上位3位を占めた。
企業規模、地域、業種と「健康経営を取組むうえで課題になること」の関係をクロス集計でみたところ、企業規模と地域では有意水準1%で統計的に有意な結果が、業種では有意水準5%で統計的に有意な結果が得られた。
*2 金 明中・藤原 光汰(2021)「ニッセイ景況アンケート調査結果-2021年度調査」
3――健康経営が日本の企業に少しずつ普及
経済産業省は2017年度から「健康経営優良法人認定制度」を実施しており、2020年6月には健康経営への取り組みが会社にとってどのようなメリット(投資対効果)があるのかを定量的に見える化するための「健康投資管理会計ガイドライン」を策定し、公表した。経済産業省の発表によると、2021年現在大規模法人部門では1,788社が、中小企業法人部門では7,928社が健康経営優良法人に認定されていることが明らかになった。2017年と比べると健康経営優良法人数は、それぞれ約7.6倍と約83.5倍も増加しており、健康経営が日本の企業に少しずつ普及していることがわかる。
4――結びに代えて
今後、企業が働き方改革を実施する際には、生産性向上のみならず、労働者の健康や生活の満足度向上も考慮する必要がある。つまり、成果主義の強化が労働者のメンタルヘルスにマイナスの影響を与えていないか、また残業を含めた労働時間の短縮が労働者の収入を減らし、生活水準の低下につながっていないか、更に労働時間の短縮が過度な労働強化につながり労働者の健康悪化をもたらしていないかなど、企業側は各項目においてきめ細かく考慮しながら働き方改革を進めていくことが必要だ。働き方改革が長時間労働の習慣を改善させ、従業員の健康改善や生産性向上につながる「真の働き方改革」になることを期待したい。
ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
https://www.nli-research.co.jp/?site=nli
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。