海外福利厚生保険について考えてみる
マーサージャパン
新型コロナウイルスの感染拡大と対応長期化を契機に、我々は今まで以上に自らの健康について考えるようになったのではないだろうか。個人レベルだけでなく企業にとっても従業員の健康を守ることは重要であり、また、喫緊の課題と捉える日系企業が増えたと感じる。しかし、対象は日本国内に留まり、海外拠点まで視野に入れて対応を行う日系企業はさほど多くない。他方、外務省が公表している海外進出日系企業拠点数調査※1によると、海外進出している日系企業の総数(拠点数)は7万拠点を超えている。この点を踏まえても、日系企業はグローバルな視点を持って従業員の健康を考慮すべきではないか。
※1 外務省 「海外進出日系企業拠点数調査 2019年調査結果」(出典)
福利厚生保険の重要性
そもそも従業員の健康を確保するために、まず企業は何ができるのかを述べたい。日本では、国民健康保険、もしくは、企業の健康保険組合による医療保障に加え、企業が年1回の健康診断やストレスチェックを後押しする形で、従業員の健康維持を支援してきた。他方、日本と比べ社会保険の保障が手厚くない海外では、企業が主たる費用負担者となり従業員に提供する福利厚生保険(医療保険や生命保険など)が、従業員が心身ともに健康な状態で活躍できる環境をつくる上で重要な役割を担っている。
加えて、福利厚生保険は単に従業員をリスクから守るためのものだけでなく、優秀な従業員の採用や定着につなげる重要なツールとなっている点も頭に入れておいていただきたい。特に高齢者や低所得者に対する公的医療保障制度しかない米国においては、企業によって従業員へ提供している福利厚生保険の内容が異なるため、どのような福利厚生保険が提供されている企業なのかという点は、仕事を決定する上で重要視されている。社会保障制度が手厚い日本の従業員はあまり意識していないと思うが、海外における従業員の福利厚生保険に対する関心度は非常に高いのである。
世界的な医療費高騰問題
福利厚生保険が担う役割を説明したところで、次はコストについて触れたい。海外に1万人以上従業員がいる企業は、海外福利厚生保険コストが30億円にも上るといわれている。この数字の時点で一概に無視できないコストであると思うが、さらに医療費は国・地域によってばらつきはあるものの毎年約10%インフレーションを起こしている。
マーサーマーシュベネフィッツが昨年発表した 第6回 マーサーマーシュベネフィッツ ヘルストレンド:2020年保険会社調査※2によると、2019年の医療費上昇率は9.7%と報告されており、これは一般物価上昇率の3倍弱に等しい。 2020年には、医療費が9.5%上昇すると予想されており、これは一般物価上昇率の約3.5倍となる(グローバルの数字を引用。図1参照)。 一般物価上昇率=給料の上昇率と考えると、給料アップよりもはるかに高い上昇率で医療費が高騰していることが分かる。
また、特筆すべき点として、上述の調査によると、3分の2の保険会社が2021年は2020年よりもさらに医療費が上昇すると回答している(図2参照)。医療費高騰の要因として、一般的には研究開発費の医療費への転嫁、医療の需給バランスなどが挙げられるが、2021年は新型コロナウイルスの影響が大いに関係しているといえる。具体的には、新型コロナウイルス感染の診断、入院、治療による保険請求の増加、不要不急でない診療や治療の再開、リモートワークによる身体の不調に関する保険請求の増加、医療現場で使用されるマスクや防護服など個人防護具(Personal Protective Equipment : PPE)開発費の医療費への転嫁が挙げられている。医療費の高騰に伴い、現地保険料も高騰し、結果として海外福利厚生保険コストが自然に増加するサイクルになるのだが、未だ収束の兆しが見えない新型コロナウイルスの影響により今後もこの悪循環は避けられないだろう。
※2 2020年6月上旬から7月中旬にかけて米国を除く59か国で提供された239の保険会社に対し、健康状態、サプライヤーの状況、消費者行動等、コストを増加させる要因を調査。米国のトレンドについては、National Survey of Employer-Sponsored Health Plansの結果を一部説明。
※3 保険会社の調査結果に一部調整を加えた数字。
※4 データの参照元
ラテンアメリカ除く各国:International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2020.
ラテンアメリカ:Mercer’s Latin America Economic Trends, July 2020.
※5 59か国の平均値
日系企業が取るべき対応
繰り返しになるが、毎年の医療費高騰に伴い海外福利厚生保険コストの上昇は著しく、上述の30億円は自然に増加していく。日系企業の多くが海外拠点にメスを入れることに躊躇する一方で、欧米多国籍企業には、海外福利厚生保険の可視化や最適化を本社主導で推進することで、毎年億円単位のコストセービングに成功している。マーサーマーシュベネフィッツでは、このCost of doing nothing(何もしないことのコスト)に対処すべく、現地保険制度最適化のサポートを行っている。福利厚生保険の多面的役割と世界的な医療費高騰のトレンドを考えると到底無視できないトピックであり、グローバルに目を向けてみることから始めていただきたい。
執筆者: 江間 唯 (えま ゆい)
グローバル・ベネフィット・コンサルティング / Global Benefits Consulting
アソシエイトコンサルタント
組織・人事、福利厚生、年金、資産運用分野でサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファーム。全世界約25,000名のスタッフが130ヵ国以上にわたるクライアント企業に対し総合的なソリューションを展開している。
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