“公益の代表者”として国民の利益を守る
正義の担い手「検察官」
2009年5月、国民の司法への理解を深めることをねらって導入された「裁判員制度」。殺人罪、強盗致死傷罪、危険運転致死傷罪などの一定の重大な犯罪において、裁判官3名に加えて市民6名を裁判員として公判や評議などに参加させることを定めている。この10年で裁判員を務めた市民は約9万人。実際に裁判員を経験した市民は、これまで遠い存在だった法曹界が身近に感じられたことだろう。一方「市民に開かれた司法」が浸透するにつれ、新たな課題も出てきている。今回は、刑事裁判において、被疑者の起訴・不起訴の決定からその後の裁判の執行までを担う、検察官の仕事を紹介する。
裁判員裁判制度スタートから10年
「市民に開かれた司法」の現場に広がる影響とは
裁判員制度が抱えている課題の一つは、起訴後になかなか裁判が始まらないことだ。裁判員裁判では、法律のプロフェッショナルではない市民が裁判に参加するため、裁判官・検察官・弁護士の三者が事前に争点や証拠の取り扱いを絞り込む「公判前整理手続き」を行う。裁判が長期化すると、本業を別に抱える裁判員の負担が大きくなるためだ。最高裁の報告によると、2009年度に平均2.8カ月だった公判前整理手続きは、現在8.3カ月にまで伸びているという。被害規模の大きな刑事事件になると、裁判が始まるまでさらに数年かかるケースもある。ドラマのなかでは、公判中に検察官から新たな証拠を突き付けられ、法廷内がざわつくシーンが見られるが、実は現実的ではない。検察側と弁護側それぞれが持っている証拠は、開廷の時点ですでに三者とも把握しているのだ。
裁判の大原則は、「疑わしきは被告人の利益に」。そのため裁判では、検察側に証明責任があるとされる。刑事裁判で有罪となれば、罰金刑、懲役刑、死刑などの刑罰が与えられ、市民の財産や自由、場合によっては生命をも奪うことがある。誤った判断が大きな犠牲を生んだ過去の歴史から学び、人間の尊厳を守っていくために、このような原則が導かれたのだという。世間を騒がせた事件でも、ときには証拠不十分により不起訴となることがある。有罪となる証拠を検察側が集められなかったため、裁判に持ち込んでも勝機が薄い場合だ。日本は刑事事件の有罪率が99%とも言われているが、それは起訴する段階で検察官が犯罪を見極めているからとも言える。
検察官は、法廷で被告人を追求するイメージが強いかもしれないが、どちらかというと裁判に至るまでの“事前準備”が仕事の中心だ。検察官の大きな仕事の一つは「起訴するか・しないか」を決めること。そして、犯罪が立証できる明白な証拠を集めること。起訴できる事件であっても、被疑者の性格や境遇、情状などによって起訴猶予とすることもできる。起訴した場合のプロセスは、法廷で裁判が開かれる「公判請求」と、軽微な犯罪により書類審査で刑が言い渡される「略式命令請求」とに分かれる。
捜査や起訴のほかにも、罪状が確定した後に、懲役刑や罰金刑などが正当に執行されるよう、執行機関に対して働きかけたり、裁判に関わる膨大な事務を行ったりすることも検察官の職務だ。検察庁の職場には刑事部・公安部・公判部・監察指導部・総務部・事務局があり、検察官のサポートを行う検察事務官とともに、公判部では裁判所への公訴の提起や裁判の立ち合い、総務部では刑事事件の受理や刑の執行手続き・罰金の徴収、事務局部門では検察庁の総務や会計を担っている。
やりがいは大きいが、人の一生を左右するため負担も大きい
検察官という名称のほかに「検事」という呼び名も一般的だが、検事は検察官の中の役職の一つである。検察官の役職には「検事総長」「次長検事」「検事長」「検事」「副検事」の五つがあるが、いずれも法務省に属する国家公務員だ。上から三つの「検事総長」「次長検事」「検事長」は最高検察庁、高等検察庁の長で、検察庁の職員を指揮する立場にある人たちを指す。ポストの数は少なく、天皇の認証を必要とする階級だ。ほとんどの検察官は「検事」または「副検事」である。
検察官としてのやりがいは「正義」の役割を果たせるところだろう。刑事事件をどう処理するかによって、世の中に与える影響は大きくなる。被害者側にも被疑者側にも感情があり、事情があり、一生がある。裁判によって双方の人生が左右されるため、かなり責任の重い仕事ではあるが、真相を解明することで被害者や被害者家族の気持ちが少しでも報われるようにと正義に燃えるタイプの検察官は多い。複雑な事件を解決に導いたときの達成感は何にも代えがたい。
しかし、人の人生を預かる仕事であるために、検察官は激務でもある。被疑者の身柄を拘留できる数には限りがあるため、限られた時間の中で犯罪の真相を究明しなければならない。公務員というと9時始業~17時終業という印象を抱くが、検察官にはまったく当てはまらない。連日のように残業をし、事件によっては夜中や休日に呼び出されることも珍しくないという。また、転勤の多さも特徴的だ。検察官は2年ごとに部署異動があり、首都圏と地方を行ったり来たりする。2年ごとに家族を連れて引っ越すのは負担が大きいため、単身赴任を選ぶ検察官も少なくないようだ。
検察官になるまでの長い道のり
検察官になるには、法科大学院などを修了して司法試験に合格したのち、1年間の司法修習期間を経て、法務省が行う検事任官試験に合格する必要がある。しかし、司法試験に合格しても、すぐに法曹三者(検察官・弁護士・裁判官)になれるわけではない。最高裁判所の下にある研修所(司法研修所)に所属して1年間研修を受け、試験に合格してはじめて法曹となることができるのだ。この段階では、検察官・弁護士・裁判官のどれに就きたいかを絞り込んでおく必要はなく、研修中に (1)民事裁判 (2)刑事裁判 (3)検察 (4)弁護 の分野で2ヵ月ずつ学ぶことができる。研修生は、この研修を経て進路を決めていくことが一般的なようだ。
法律の知識に加え、理性的であることも検察官に求められる大切な素養である。正義を追求しながらも、犯罪を司法によって裁いていくのが検察官の仕事。感情的にならず理性的に対応する、そんな心のコントロールができる人でなければ、大きな権力を持つ検察官は務まらないだろう。また、検察官は事件を起訴する権限は持ちつつも組織人でもある。検察官によって判断にばらつきがでないよう、対処方法はいつも上司の許可を受けなければならない。チームで動くことが苦ではなく、協調性がある人に向いている職業とも言える。
かつて検察官は男性中心の職場だったが、現在は女性の司法試験合格者が増えていることもあり、女性の検察官も増えてきている。新規で採用される任官者のおよそ3割を女性が占め、まだまだ女性の割合が少ない職場ではあるが、男女比は徐々に改善されている。
最後に、給与面について。前述の通り、検察官は国家公務員だ。しかし職務が特殊ということもあり、一般の公務員とは違った「検察官の俸給等に関する法律」という給与テーブルが適用されている。経験により俸給額は異なるが、もっとも低い検事20号の月給は23万3400円、最高位の検事総長になると月給146万6000円となっている。おおまかにいえば検察官の給与は他の公務員より高額な設定になっているが、検察官には残業手当が支給されないため、残業手当込みの給与として比較した方がよいだろう。
この仕事のポイント
やりがい | 正義の担い手としての役割を果たせる。被害者や被害者家族に対して、司法の力で報えるように努める仕事。責任は重く、重労働でもあるが、事件の真相を解明して解決に導けたときに大きな達成感を得られる。 |
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就く方法 | 法科大学院などを修了して司法試験を合格したのち、1年間の司法修習期間を経て、法務省が行う検事任官試験に合格する必要がある。 |
必要な適性・能力 | 高度な法律の知識に加えて、理性的で心のコントロールができる人物であることが求められる。また、組織の一員であることを自覚する協調性も必要。 |
収入 | 一般的な公務員とは違い、「検察官の俸給等に関する法律」に則って計算される。最も低い検事20号の月給で23万3400円、最高位の検事総長になると月給146万6000円。しかし、職務の特殊性から残業手当はつかない。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。