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映画監督

演技指導力があってもダメ、企画力もムダ
「資金調達力」がないと1本も撮れない。

多くの中年男性がやってみたい仕事に挙げるのが、指揮者や映画監督です。指揮棒ひとつで何十人ものオーケストラを操ったり、メガホンを手に俳優やスタッフを思うまま動かす姿が、長年上司にこき使われてきた人たちの、「一度はお山の大将になってみたい」という潜在的願望を揺り動かすからでしょうか。でも、音楽の世界はともかく、映画は「斜陽」と言われて久しい世界。大将であるはずの監督も辛い目に遭っているようです。今回は映画監督の舞台裏を覗いてみました。 コラムニスト・石田修大

山田洋次監督が松竹専属でなかったら?

中年男性が思い描く映画監督の代表は、たぶん「天皇」と呼ばれた黒沢明だろう。自分のイメージに合わなければロケ先の家を取り壊させ、天気待ちで何日も撮影しなかったなどと伝えられる権力者ぶりは、しかし、監督なら誰でも真似できるわけではない。それどころか、監督自身が制作資金集めに奔走しなければ、映画1本撮らせてもらえないのが、この業界の現状なのである。

「映画監督」のカネと人事イメージフォト

現役の監督で、コンスタントに映画を撮り、評価を受けている数少ない一人が、山田洋次監督だ。東大卒業後、助監督として松竹に入社し、1961年の監督デビュー作『二階の他人』以来、昨年の『隠し剣 鬼の爪』まで43年間の監督作品は78本。『男はつらいよ』シリーズ48本が大半を占めるが、渥美清の死去で寅さんを撮れなくなってからも、毎年のように新作を送り出している。

日本映画が斜陽になった60年代以降で、これだけ映画を撮り続けている監督は、まず見当たらない。何よりも『男はつらいよ』シリーズを中心に、ヒット作を作り続けた監督としての力量あってこそだが、同時に松竹の専属監督という立場がなくては、続けられなかったに違いない。

企画OKの条件は「前売り券を捌けるか?」

かつての映画界は撮影所を中心にしたシステムが確立していた。大手映画会社はそれぞれの撮影所を持ち、巨匠、名匠らの名で呼ばれる○○組と称するスタッフグループがいくつもあり、同時並行に何本もの映画を撮っていく。監督志望者は映画会社の演出部に就職し、○○組に配属されて助監督として腕を磨き、やがて一本立ちしていく。監督以下のスタッフは映画会社に所属し、制作資金の心配は会社のプロデューサー任せだった。

山田監督も、そんな中の一人として頭角を現してきたのだが、映画が斜陽になると、制作本数も減り、会社は大勢のスタッフを抱えきれない。撮影所システムは崩壊し、映画会社は配給に専念、監督らは独立して映画会社と契約するか、個別に制作・上映せざるを得なくなった。

しかし監督に撮りたい企画があって、映画会社に持ち込んでも、まず聞かれるのは「前売り券はどのくらい捌けますか?」。確実にもうかる保証がなければ、撮らせてもらえないのである。このため、どうしても撮りたいとなれば、監督自ら制作資金を調達し、公開方法まで考えなくてはならない。

デビューから35年で300本撮った女性監督

そんな時代にもかかわらず、1970年、22歳でデビューして以来35年、監督作品が山田監督の3倍以上の300本を超えるという女性がいる。『第七官界彷徨―尾崎翠を探して』(1988年)、『百合祭』(2001年)の浜野佐知監督である。といってもデビュー作の題名が『十七歳、好き好き族』と聞けば想像のつくとおり、300本はすべてピンク映画。

「映画監督」のカネと人事イメージフォト

高卒の浜野監督は当時の大手5社(東映、東宝、松竹、大映、日活)演出部の採用条件が「大卒・男子」だったため、フリーの助監督として飛び込んだ現場がピンク映画だった。男の職場で孤軍奮闘、やがて一本立ちして映画製作会社旦々舎を設立、プロデューサー兼監督としてアダルト・ビデオを撮り続けた。300本も撮り続けられたのは一般映画と違って、斜陽の時代にも根強い需要があったからだが、ピンク映画は別名「300万映画」。制作費の安さも量産の理由だろう。

「六〇年代前半から、フィルム代、現像代、キャスト費などすべて含めて一本三百万円前後であり、……現在でも、ほとんど同じ予算」「かつては一週間から十日かけて撮ったものが、……九〇年代後半に入ってからは通常三日間が普通になった」「三百本撮ったといっても、総額でいえば九億円。昨今の大作の一本分にも満たない」(『女が映画を作るとき』)。

一般映画なら製作費は5億円ほどだろうか。それでもハリウッドの平均制作費の10分の1にすぎないが、個人で集められる金額ではない。シンガー・ソングライターのさだまさしが監督・音楽を担当し、自ら制作した紀行ドキュメンタリー『長江』では、35億円の借金を作ったという。年間100回を超えるステージを20年間こなして返済したそうだが、監督ではそんな器用なこともできない。

「一発屋」で終わった若手監督の悲惨

ピンクでは売れっ子になった浜野監督も初めて撮った一般映画『第七官界彷徨』では、制作資金に窮した。幸い企画に賛同する女性たちが各地で支援する会を立ち上げ、1200万円のカンパを集めてくれ、さらに文化庁関係の基金や東京女性財団の資金援助でまかなった。『百合祭』のときは文化庁の助成金をあてにしたが、作品公募の締め切り日に間に合わせるため、制作期間は4カ月、わずか2週間の撮影で完成させたという。ピンク映画で培った早撮りが役に立っている。

若手監督の作品がハリウッドでリメイクされたり、デジタル技術を駆使したゲームソフトの人気で、このところ映像世界への関心が高まっている。若い世代が盛んに自主制作に取り組んでいるが、劇場で大勢の観客に見てもらう作品を作るのは容易ではない。運良くデビュー作が話題になっても、2作目を発表できず、いつまでも親がかりというケースも珍しくない。

万一、あなたが退職後、大勢のスタッフや、女優陣、エキストラを指揮して、思うさま好きな映画をつくることを夢見ているとしたら――。退職金をはたくことなど考えず、お孫さんを相手にビデオカメラを回し、わがままな俳優をいかに操るかを楽しんだほうが賢明というものだろう。

(数字や記録などは2005年1月末現在のものです)


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