日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
多面的なメンタルヘルス対策がワーク・エンゲイジメントを高める
~富士通グループに学ぶ働きがいのある職場づくり~
富士通株式会社
一般社団法人社会的健康戦略研究所
産業カウンセラー メンタルヘルス法務主任者
玉山 美紀子氏
従業員の幸福感や自己肯定感に着目し、心身ともに健康でいられるように働きかけるポジティブ・メンタルヘルス。メンタル不調の予防はもちろん、組織の生産性向上、イノベーション創発にも効果が期待されるが、企業は具体的にどのような取り組みを行えばいいのだろうか。本講座では「社員がイキイキと幸せを感じて働くこと」を目標に、心理的安全性が高く、社員が最高のパフォーマンスを出せる職場づくりを推進する富士通で実務を担当していた玉山氏が登壇。取り組みの背景にある考え方や実務上の工夫などを紹介した。また、同社の事例をもとに、効果的なメンタルヘルス対策の進め方について参加者全員でディスカッションを行った。
※本講座は2021年9月に開催しました。
- 玉山 美紀子氏
- 富士通株式会社
一般社団法人社会的健康戦略研究所
産業カウンセラー メンタルヘルス法務主任者
たまやま・みきこ/大学卒業後、損害保険ジャパン日本興亜株式会社などを経て、2009年に富士通株式会社に入社。健康推進本部や労政部で富士通グループの健康経営施策の企画推進に携わった後、富士通グループのSE職に対する人事業務全般を担当。2021年4月より、一般社団法人 社会的健康戦略研究所へ異動。現在健康経営の国際標準化を主に務める。
昨今のメンタルヘルスに関する考え方
ワーク・エンゲイジメントからポジティブ・メンタルヘルスまで
玉山氏ははじめに、昨今のメンタルヘルスに関する考え方について整理した。メンタルヘルスの直訳は「心の健康」。WHOでは「自身の可能性を認識し、日常のストレスに対処でき、生産的かつ有益な仕事ができ、さらに自分が所属するコミュニティーに貢献できる健康な状態」と定義している。言い換えると、ワーク・エンゲイジメントがきちんと保たれていて、心理的安全性が担保できているコミュニティーにいて、心身ともに健康であることだ。
「心の健康に対して企業がすべきなのは、安全配慮義務を順守することです。一つは傷害や疾患にならないための『予防』で、もう一つは、現在疾患がある人の症状を『悪化させない』こと。昨今は、『健康な社員に、よりイキイキと働いてもらう施策を講じること』という考え方が標準となっていて、最も重視されています」
また、昨今はポジティブ・メンタルヘルスという考え方が注目されている。
「ポジティブ・メンタルヘルスは、働く人々の心身の健康度を高め、生産性の向上につなげることを目指す心理学的概念です。社員個人の成長や自己肯定感などを重視し、社員が持つ強みを個人の資源、職場の資源と考えて、それを生かす職場にしていきます。主な施策としては、ジョブ・クラフティング、心理的安全性、瞑想、レジリエンスなどがあります」
ポジティブ・メンタルヘルスの考え方の一つが「ワーク・エンゲイジメント」だ(2002,W.B.シャウフェリほか)。仕事に関連するポジティブで充実した心理状態のことで、「仕事から活力を得てイキイキとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)がそろった状態として定義されている。
これと似た状態にワーカホリックという言葉があるが、この状態の人には「活力」が欠けている。ワーカホリックは仕事から義務感が生まれてストレス度が高い状態にあるが、ワーク・エンゲイジメントが高い人は、仕事にやりがいと誇りを感じ、仕事から活力を得ている。ポジティブ・メンタルヘルスにおいては、働く人のイキイキ度、人の成長や自己肯定感などが重視されるのだ。
次に玉山氏はメンタルヘルスに影響する「心理的安全性」について解説した。
「心理的安全性は2016年にGoogleの調査で取り上げられてメジャーになった言葉です。組織の心理的安全性が高いと離職率が低く、収益性が高く、アイデアが出て、チーム全体がモチベーション高く働ける状態になります」
心理的安全性がある組織では、「わからない、知らないことがすぐに質問できる」「ミスを受け入れてすぐに報告できる」「会議で年齢や職制などに関わらず、誰もがアイデアや意見を言える」「否定的な意見や考えも発言できる」ようになる。つまり、対人リスクを感じることなく、パフォーマンスを発揮できるということだ。
働く人のイキイキ度に関する施策としては、ジョブ・クラフティングもある。やりがいを持って働けるように、マネジメント側と働く人自身が仕事の意義を見出し、工夫する手法だ。「仕事のやり方への工夫」「周りの人への工夫」「考え方への工夫」の三つに分類される。自分らしさや新しい視点を取り込むことで、モチベーションやパフォーマンスの向上へとつなげていく。
富士通グループのストレスチェック分析とメンタルヘルス疾患予防実践
富士通グループでは、ストレスチェックの結果を細かく分析し、メンタルヘルス疾患予防に生かしている。
「ストレスチェック結果には、情報が満載です。富士通グループでは独自にストレスチェックの質問を追加し、組織診断データを分析して、組織ごとの課題をフィードバックしています。マネジャーには年5~6回説明会を開き、個別に要望があれば職場での活用方法を説明しに行きます」
ここで玉山氏はストレスチェックによる組織診断分析の一例を示した。組織の状態を「ワーク・エンゲイジメント」と「総合健康リスク(ストレス)」を2軸とした4象限で分類し、各象限に適した対策につなげるものだ。
一つ目のタイプは「低ワーク・エンゲイジメント/高ストレス」の「疲弊状態(バーンアウト)」だ。最も優先度が高く、ストレス要因の低減と組織資源の充実を焦点とした対策が有効になる。二つ目は「高ワーク・エンゲイジメント/高ストレス」の「疲弊予備軍」だ。ストレス要因の低減を焦点とした対策が有効となる。
三つ目は「低ワーク・エンゲイジメント/低ストレス」の「低モチベーション」だ。組織資源の充実を焦点とした対策が有効になる。四つ目のタイプは「高ワーク・エンゲイジメント/低ストレス」の「活性化」だ。富士通グループでは、これら四つのうち、活性化の組織タイプで行っているグッドプラクティスを全社で共有している。
また、富士通グループではストレスを表す一つの指標として、睡眠の質に着目している。
「部門はバーンアウト群と診断されても、よく眠れていれている個人は活性化群に入ったり、部門が活性化群でも、よく眠れていない個人はバーンアウト状態に入ったりします」
富士通グループでは、ストレスチェックの結果を管理職に解説しているが、結果を生かして部下とコミュニケーションするように促すと、「部下やメンバーとのコミュニケーションが必要なのはわかるが、何を話せばいいかわからない」とよく言われるという。
「ほめてみてはどうかと伝えると『自分もほめられたことがない』と言われ、叱ってみてはどうかというと『ハラスメントになるかも』『叱り方がわからない』と言われ……。そこで考え出したのが睡眠についての質問です。『よく眠れていますか?』と部下に声をかけてみてくださいと伝えています」
また、富士通グループでは健診結果とストレスチェックによる睡眠に関する調査で、次のようなことが判明した。
「一つ目は、健康診断の問診結果に問題がなくても睡眠に不安を感じている人がいることです。二つ目は、ワーク・エンゲイジメントとストレスには睡眠の質の感じ方が影響していること。三つ目は、睡眠は本人の感じ方であり、絶対値ではないため検証しにくいことです。ここで一ついえるのは、毎年高い値が出続けている人よりも『経年で回答が変化している人』に着目すると予防につながる、ということです」
富士通グループでのストレスチェック組織診断分析から見えてきたのは、0次予防・1次予防として心の健康を底上げし、よりイキイキと仕事ができる環境を整えることの大切さだ。富士通グループの目標は、働きがいがあり、イキイキしている人を増やすことであり、特に若年層の活性化に着目している。
「富士通グループでは、WHO世界保健機構が述べているように『健康とは肉体的、精神的及び社会的に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない』という健康の定義を確認したうえで、健康経営に取り組んでいます。仕事だけではなく、キャリア全般やライフスタイルを充実させ、自律できるように社員を支援することを目標にしています」
ポジティブなメンタルヘルスのために、富士通グループの職場活性化施策
玉山氏は、管理職に対して、どのようにメンタルヘルス疾患対応を説明しているかを解説した。職場に関する一般論として、メンタルヘルスに関することとして、昨今の職場に以下の好ましくない症状がみられることがある。
一つ目は、職場での働く人の疲弊、仕事を通じた働きがいの低下。二つ目は、職場の育成能力やOJT機能の低下。三つ目は、協働の減少。四つ目は、職場リーダーの機能低下、つまり職場リーダーがプレーヤーになり続けている人が多く、部下をきちんとマネジメントできない状況だ。では、こうした状態をどのように克服すべきなのか。働きがいや働きやすさに関するデータからわかったのは、以下の通りにできていると、安心感やわくわく感が増加することだ。
- 企業から社員に対し、体調管理に配慮しているというメッセージがある
- 部下と上司のコミュニケーションが活発に行われている
- 職場での一体感を促進するような心理的安全性を担保する話し合いを行っている
富士通グループでも、経営学的にメンタルヘルスに取り組むこと、そしてそれを社員にメッセージすることが大事だと伝えている。
次に玉山氏は職場活性化の施策として、富士通グループで行っているワールド・カフェについて解説した。ワールド・カフェとは、カフェにいるようなリラックスした雰囲気で、参加者が少人数に分かれたテーブルで自由に対話し、ときどき他のテーブルとメンバーをシャッフルしながら、話し合いを発展させていく手法だ。
「相互理解を深め、集合知を創出していく組織開発の手法であり、その考え方や方法論は世界中に普及しています。ビジネスや市民活動、まちづくり、教育などさまざまな分野で活用されており、参加者数は12人から1000人以上でも実施可能です」
ワールド・カフェは飲み物とお菓子を用意して、次のように進めていく。
- 自己紹介・アイスブレークを行い、名前、所属のほか、参加した理由、最近の趣味、気になること、今日期待することなどについて語る。
- ホスト(テーブルに残る人)を決める。
- 個人で付せんに考えを何枚か書く。
- 自分の付せんの意見について説明する。
- 付せんの整理・分類分けをし、模造紙にまとめを書く。ホストを残して他のメンバーは別のテーブルに移動する。
-
ホストは今まで自分のテーブルでの話し合いの内容を説明する
→新メンバーで 3 ~ 5 を繰り返す。最初のテーブル・グループに戻り、ホストから話を聞いて、グループ発表の準備をする
「実際に行ってみると、用意するコーヒーや菓子の質で参加者のやる気が変わったりします。開催する環境に配慮することが大事です」
コロナ禍でのメンタルヘルスの傾向
ここで玉山氏は、東京大学医学系研究科精神保健学分野による「コロナ禍のメンタルヘルスについて~最新分析の結果のご報告~」を紹介した。
「企業規模別にコロナ以前と比べると、メンタルヘルス不調者のいる事業所の割合は増加傾向にあります。大企業より中小企業の方が、不調者増加率が高い傾向がみられます。次に現在接種が進むワクチンについてですが、ワクチン接種後でも心理ストレスは軽減されていないことがわかります。新株の出現や情報の錯綜により、不安をぬぐえないことがうかがえます。人事は社内に不安を吐露できる場や機会を提供することが大事です。健康相談ができる場があれば、社内に告知するとよいと思います」
(参考:「東京大学医学系研究科精神保健学分野 『新型コロナウイルス感染症に関わる全国労働者オンライン調査』より」~2021年9月8日コロナ禍のメンタルヘルス対策に役立つ最新エビデンスより~)
次に在宅勤務に関するデータを見ると、多くの企業が在宅勤務を始めた2020年5月ごろと比べて、2021年2月時点ではストレスが改善傾向にあり、パフォーマンスも上がってきている。では、今後どこに注意すべきなのか。
「リモートハラスメント経験を経験した人は多く、その内容は、時間外対応の要求21.1%、就業時間中の過度な監視13.8%、オンライン飲み会強制7.4%が上位です。また、在宅勤務と職場との仕事、どちらが自分に合っているかを聞いた調査では、在宅勤務のほうが合わないと答えた人が約4割いました。コロナが終息しても、出勤との比率を本人の裁量にゆだねることが可能であれば、それが望ましいといえます」
在宅勤務で頻度高くフォローアップする過干渉は、ハラスメントと感じる人がいることが判明している。また、家族構成や住宅環境により、在宅勤務にストレスを感じる社員もいる。本人と相談して、面談や在宅勤務の頻度を決めることが重要だ。
「また、コロナ禍により、労働者へのセルフケア教育が4割も減っているというデータがあります。各社でコロナ禍でのストレスチェックの結果も出てくると思いますので、それに沿った形で教育を行うことが大事です」
社員のメンタルヘルス疾患対応の事例
ここで玉山氏は、社員のメンタルヘルス疾患対応の事例を紹介した(下記は、複数のケースを組み合わせた架空の事例となっている)。
事例:家庭事情を理由に勤務形態相談をした部下に、配慮のつもりで残業をさせなかったことで、部下が適応障害になった。
中学受験を控えた子どもを持つ社員がいた。子どもの成績が上がらないため、勤務体系について、上司に相談があった。家庭教師が来る日は在宅勤務で、それ以外の日は出社できるが残業は20時までで、それ以降はオフィスで勤務することが難しいとのことだった。そこで上司は、本人と話すことなく、その部下だけ全く残業をさせないように配慮した。ただし、周りと異なる勤務状況なので、評価は配慮の分だけ下げた。
本人は自分の仕事が終わらないことに自責の念を感じ、その後、職場で涙が止まらなくなり、精神科医と産業医の診断により適応障害になった
ここで玉山氏は「上司」のどのような行動に問題があったのか、参加者にチャットで回答を募った。参加者からは「本人と話をしていない」「評価が下がるなら事前につたえるべき」などの意見が寄せられた。
「このケースの一番の問題は、本人と話していないことです。業務の内容が変わることは労働契約の変更に値します。労働契約の変更に関しては、本人の了承と納得が必要になります。また『その部下だけ』ということを周囲に説明していない点、評価が下がることについて本人にフィードバックがなされていない点も問題があります」
ここで玉山氏は、メンタルヘルス疾患の社員の「治療と就労の両立支援」について解説した。メンタル疾患には、うつ病、適応障害、双極性障害、パニック障害、睡眠障害、依存症などさまざまな種類がある。人事は社員にメンタルヘルス疾患が起きたとき、何をすべきなのか。
「人事には病気の簡単な知識は必要ですが、どんな病気であれ、診断することは仕事ではありません。考慮すべきなのは、現在会社が求め、配慮の範疇の“労務契約を履行できているか”を職場に確認し、判断することです。また、就労復帰や治療をしながら働くことが、労務契約を履行しながらできるかという判断も求められます。ただし、メンタル疾患によっては周りの社員の安全配慮義務を考慮できないこともあり、休暇が必要な場合もあります」
メンタルヘルス疾患が業務に起因するかどうかは、はっきりわからないこともある。労働者本人がそう思っていなくても、周囲からパワハラが原因ではないかと言われたり、労災ではないかと言われたりしたというケースもある
「明らかな長時間労働やハラスメントがあれば、労災認定を受ける可能性が高くなりますが、その認定は労働基準監督署が行います。就業規則上、休職満了時の面接をするときも、労働者本人が自己判断ができるかどうかを主治医・産業医に確認します。また、人事から制度内容を説明し、今後どうするのかを本人から話してもらうことが重要です」
最後に玉山氏は、メンタル疾患は誰でもなりうる疾患であり、人事は心理的安全性を常に意識してほしいと語った。
「人事部が忘れてはいけないのは、現場の社員の働きによって給与を受け取っている、ということです。人事には真摯に社員と向き合うこと、そして管理職のマネジメントを支援することが求められます。メンタルヘルス疾患の対応は大変なこともありますが、それも人の多様性であり、心理的安全性を常に意識してほしい。社員がイキイキと働ける職場について、社員全員で論議していただきたいと思います」
グループディスカッション:明日から自分の実務にどう生かしていくか。
次に、グループに分かれてディスカッションが行われた。テーマは「今日の講座を、明日から自分の実務のどんなことに生かしていくか」。ディスカッション後には二つのグループからディスカッション内容が発表された。
参加者:今日のお話で印象に残っているのはメンタルヘルス疾患対応のケーススタディです。本人だけではなく周囲にも配慮が必要という感想がありました。また、グループディスカッションのメンバーには、在宅勤務でのメンタルを把握するためのストレスチェックを検討している企業があり、新しい視点だと感じました。
参加者:「よく眠れていますか?」という問いかけは、自分たちも使っていきたいという感想がありました。上司からの問いかけは信頼関係をつくるうえで重要であり、すぐに実行できる施策なので参考にしたいと思います。
参加者からの共有を受け、玉山氏が「これからの人事への期待」を語った。
「メンタルヘルスに限らず、人事の仕事はたくさんあります。日々大変だと思いますが、社員の協力と理解がないと施策の効果は出にくくなります。人事側から各職場に足を運ぶ、コミュニケーションを取るなど、日々の地道な活動も必要です。また、最近は決まった答えのない仕事が増えてきているように思います。人事にはルーティン業務もあり、大変だとは思いますが、人事同士で情報交換を行うなど、自ら情報を取りに行くことが大切です。本日はありがとうございました」