有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”
【第3回】わが社にとってのグローバル人事とは……?(その3)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括 有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
前回は、米国に本社がある代表的な多国籍企業たちが、三つのステップを経て現在に至っていることをご紹介しました。
米国で作った製品を米国からみた海外に輸出、米国のビジネス・モデルを他国へトランスプラントするInternational (A)フェーズ。世界中に複数の極が誕生し、それらが緩く結び付いているMultinational (B)フェーズ。そして、もはや組織設計に国という概念が入り込まないGlobal (C)フェーズです。また、いたずらにGlobal(C)を追い求めるのではなく、自社の軸足と勝ちパターンを踏まえた上でのグローバル戦略・組織・人事を考えるべきことを提唱しました。
それぞれのフェーズにおける課題とは
日本企業のほとんどがまだこの段階にあると考えられる、International (A) フェーズ。最大の課題は、本社が存在する国以外では、真の経営リーダーが育ちにくい、ということでしょう。また、それらの国々では、優秀な人材を採用することもリテインすることも至難です。
Multinational (B) フェーズは、それぞれの国・地域にそれなりの自治権が認められ、一見望ましい体制ではあるのですが、せっかく多国籍な組織であるにもかかわらず、グローバル企業としてのシナジーを生み出せていない、ということになります。
米国に本社がある典型的なグローバル企業群の現状であると考えられる、Global(C) フェーズ。効率という面では、理想的なモデルかもしれません。企画は米国シリコン・バレーで、ソフトウェア開発はインドで、製造は中国で、といった得意技を活かした国際分業も可能ですし、逆に世界中にバラバラに散らばっているある分野のスペシャリストが、一つのバーチャル組織として協業をするということが現実のものとなります。
さて、現時点での最善策のようにも見えるGlobal (C) ですが、実は大きな問題も露呈しています。
現在主流と考えられているグローバル・モデルの実態
Global (C)フェーズにある企業では、それが世界規模での効率を追求するモデルであるため、「円高傾向なので、日本で500人削減し、同じ人数をインドで採用しよう」などということが継続的に行われる面があります。社員がエクセル・シート内の単なる数字として扱われてしまうのです。
私は、社員は企業の財産であり、その成長や働く喜びがあってこそ、長期的に顧客へ良いサービスを提供できるものと考えています。経営者視点ではセンチメンタルに過ぎるのかもしれません。しかし、生きる社員を数字(=コスト)としてだけ扱う、多くの米国に本社を置くグローバル企業のようなアプローチには、大きな違和感を覚えます。
また、世界規模での効率や国際分業を進める結果として、多くの社員が狭い分野のスペシャリストになってしまうという弊害も指摘せざるをえません。ごく一部のエリート(全体の約0.5%)だけは幹部候補生として複数の事業・機能・地域を経験することになるのですが、それ以外の圧倒的な大多数がスペシャリスト(あるいはオペレーター)になることを求められます。「Global Recruiting Teamの一員です!」「 Asia Pacific Payroll Teamで働いています!」というように聞こえは悪くないのですが、実はそれぞれ採用業務、あるいは給与業務のことしかわからない人材であり、広い意味での人事のプロではない、ということになります。
つまり、長く勤務したとしても、永久に人事部長にはなりえないのです。そのような人たちがいざ人員削減の対象となったとき、年齢に見合った経験が無いということで、再就職には苦労するでしょう。国ごとに人事のフル機能を抱えていれば、その中でのローテーションや協業によって、スペシャリストからポジティブな意味でのゼネラリスト(例えば人事部長)に成長することも可能です。グローバル規模では非効率と見えるかもしれませんが、人材育成のためには、組織設計の段階でそのような懐・余裕を組み込む必要があるのではないでしょうか。
Global(C)における「機能別のグローバル人事」 と従来型の「国ごとの人事部」、どちらが優れているかを単純に断じることは難しいでしょう。しかし、企業として何を大切にするのか、戦略上の軸足や目指す勝ちパターンを考えることなく論じることができないのは間違いがありません。次回はそのためのフレームワークをご紹介したいと思います。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
敵のことをよく見てみな。ベンチマークは大事。ただ、主流がアンタにとってのベストとは限らないぜ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。