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「ユーザーフォーカス」でバックオフィス業務の自動化、自律化を実現する

株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO

辻 庸介さん

辻 庸介さん(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO)

企業のバックオフィス業務の課題を統合的に解決するSaaS( Software as a Service)を提供している株式会社マネーフォワード。「何よりユーザーフォーカスを大切にしている」と語る、同社代表取締役社長CEOの辻 庸介さんは、ソニーでの経理業務、MBA取得、マネックス証券での社長直下での経験を経て、「お金」にまつわる事業を始めようと思い立ったそうです。辻さんに、キャリアの軌跡やマネーフォワードを創業した背景、「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というビジョンに込めた思い、今後の展望をうかがいました。

プロフィール
辻 庸介さん
株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO

つじ・ようすけ/京都大学農学部を卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年に株式会社マネーフォワード設立。新経済連盟 幹事、経済同友会 スタートアップ推進総合委員会 委員長、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム エグゼクティブ・コミッティー。

新卒でソニーに入社し、マネックス証券へ出向。2年間のMBA留学を経験した

京都大学の農学部を卒業後、研究ではなくビジネスの道に進まれた理由をお聞かせください。

高校生の頃に生物に関わる仕事がしたいと思って、京都大学の農学部に進学しました。ある日、仲のいい先輩から「知り合いが所有しているビルに空きができたから、何かやってみてはどうか」と誘われたんです。そこで、先輩と一緒に学習塾を始めることになりました。ゼロから生徒を集めて授業をして、生徒たちに喜んでもらえる。時給に換算するととても安かったと思いますが、自分たちでゼロから価値を生み出すことが楽しかった。この経験がきっかけになり、研究者ではなくビジネスの道を進むことにしました。

そして、ソニーに就職されますね。

ソニー以外には、大手自動車メーカーや人材会社からも内定をもらっていました。最終的にソニーを選んだのは、当時の社長の出井伸之さんが「インターネットは隕石(いんせき)だ」とおっしゃっていて、インターネットを活用したビジネスに興味をもったことです。お会いする社員それぞれに個性があり、多様なキャラクターがいる社風にも魅力を感じました。

ソニーではどのような仕事を経験されたのでしょうか。

インターネットの仕事や海外営業を希望していたのですが、経理部に配属されました。「理系だから数字に強いのではないか」と思われたようですが、興味も経験もない仕事でした。とはいえ、新卒で入社し、他に得意な業務があるわけでもないので、「石の上にも3年」と思い、頑張ろうと考えました。

仕事をしながら簿記2級は取得できましたが、1級も取得しようと通信教育に申し込んだところ、大量の教材が届き、その量に圧倒されて挫折してしまいました。次に米国公認会計士(USCPA)を取ろうと思い、塾に通って勉強し、ハワイまで試験を受けにいったのですが、落ちました。このころは、いろいろと苦労が続いていたんです。

ソニーの次に、マネックス証券で働かれていますね。

ソニーで働いて3年が過ぎた頃、マネックス証券CEO室への出向者募集の情報を見つけました。マネックス証券は、松本大さんがソニーとの共同出資で立ち上げたオンライン証券会社です。当時のマネックス証券は、資本市場の民主化や個人の金融の自由、世界標準のサービスなどのビジョンを掲げていました。私はもともとネットのビジネスに関わりたくてソニーに入社していたので、応募することにしたんです。

選考に残り、私がマネックス証券に出向したのは2004年。マネックス証券は1999年に創業されたため、創業から4~5年くらいの頃です。オンライン証券は今でこそ当たり前になりましたが、それまでは個人の証券取引は電話と対面しかなかったので、変化の過渡期でした。ベンチャー企業だったため、毎日さまざまな問題が発生するなど、大きな変革のうねりの中にいる実感がありました。

CEO室は松本さん直轄の部署。そこで、視座の高い経営陣と一緒に働くことができ、仕事の進め方、コミットメントの強さ、クオリティーの追求など多くを学びました。マネックス証券でビジネスパーソンとしての基礎がつくられたと言えます。

ソニー時代も一生懸命働いていましたが、マネックスでの1年間は、ソニーでの5年間に匹敵するほどの濃密な期間でした。人の可能性は環境によって変わると体感しましたね。

マネックス証券在籍時に、MBAを取得されています。

理由は三つあります。一つ目は、英語が苦手だったこと。英語を学ばざるを得ない環境に身を置こうと思いました。二つ目は、ビジネスを体系的に学んだ経験がなく、一度きちんと学びたかったから。三つ目は、グローバルで活躍している超一流のビジネスパーソンがどんな人たちなのか、この目で確かめたいという気持ちでした。

MBAではどのような経験をされましたか。

まず、会話が通じない環境はこれほどまでに厳しいのかと実感しました。クラスの半数はアメリカ以外の国の出身者と聞いていましたが、実際には多くの人がアメリカの高校や大学に通った経験があったんです。私のように初めてアメリカで英語教育を受ける人は、クラスの70~80人の中で一人か二人しかいない状況でした。

最初の頃は、英語が理解できないので、NHKビジネス英会話でシャドーイング(英語を聞きながらそれをまねして発音するトレーニング)をしていました。「私はMBAに来て、いったい何をしているんだろう」と自問自答していましたね。

ただ、英語がわからなくても授業やディスカッションには必死で食らいついていました。チャレンジする姿勢を買ってもらえたのか、最後にはクラスの代表に選ばれ、アメリカはチャレンジしている人を応援する文化があるのだと感じました。

辻 庸介さん(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO)

「インターネットを活用してお金のサービスをつくりたい」。熱い思いをもった仲間との出会い

辻さんが起業を意識されたのはいつ頃でしょうか。

起業したいと強く意識していたわけではなく、「ビジネスを新しく立ち上げたい」という思いでマネーフォワードを創業しました。きっかけになったのは、後にマネーフォワードを共同で創業し、現在も共に働いている瀧 俊雄との出会いでした。瀧とはMBA留学中に共通の知り合いを介してオンラインで知り合ったんです。彼は野村證券の研究所に在籍していて、私と同時期にアメリカの別の大学でMBA留学をしていました。

瀧はインターネットを活用した金融の事業を行いたいと考えていて、相談相手を探していました。彼は研究者でビジネスの経験が少なかったため、ビジネス経験のある仲間を求めていたのです。

最初はメールのやり取りからはじまり、スカイプで頻繁にやり取りをするようになりました。会ったこともない相手でしたが、瀧が感じていた、日本の金融機関に対する憤りや、インターネットを活用したらもっといいサービスができるという熱い思いに共感していたのです。

私はMBA留学から日本に戻りました。当初は、瀧と話し合ってきたビジネスをマネックス証券の新規事業として立ち上げようと考えていました。しかし、当時はリーマンショック後で、新規事業への投資が難しいと判断され、自分たちで創業することを決断したんです。瀧と出会って2年後、マネーフォワードを創業しました。

マネーフォワードはお金にまつわる個人・法人向けのサービスを提供しています。なぜ、お金に関わるサービスを始めようと思われたのでしょうか。

私と瀧は証券会社の出身で、お金で成功するユーザーも、失敗するユーザーもたくさん見てきました。インターネットを活用してお金に関するより良いサービスをつくりたいという思いがあったんです。

個人向けの家計簿アプリである「マネーフォワード ME」のサービスを開始した後、法人向けのビジネスに進出されています。その背景について教えてください。

マネーフォワード MEを提供する中で、「アカウントアグリゲーション」の仕組みを構築しました。「アカウントアグリゲーション」とは、ユーザーが利用する複数の金融サービスの情報を集約して表示するサービスのことです。この仕組みを企業の会計や確定申告に活用したら便利になると確信していました。私自身がソニーで経理を経験し、バックオフィス業務の煩雑さを知っていたことが原動力になったのです。

法人向けの最初のサービスとして開発したのが「マネーフォワード クラウド会計」と「マネーフォワード クラウド確定申告」です。2013年夏ごろにサービスのリリースを決めてリリースしたのは11月頃。2~3ヵ月という短期間でサービスを立ち上げました。

実は、法人向けに進出することに対して、社内から「個人向けの事業に専念すべきだ」という反対の声も挙がったんです。事業は選択と集中も大事なので、その意見にも一理あるとは思っていました。

どのように社内を説得されたのですか。

事業を行うために必要なものは「ヒト・モノ・カネ」です。「ヒトとカネが足りないなら、私が何とかする」と断言しました。私が決断を急いだ理由は、確定申告の期間は毎年2月16日から3月15日と決まっているので、時期を逃すとリリースが1年先になってしまうからです。

私は、社長の仕事は社員にワクワクして働いてもらうことだと考えています。仕事がつまらないと思うと、やる気を失ってしまいます。だから「会計や確定申告のサービスが実現したら、こんなに便利になる」と未来を語りました。

確定申告は煩雑で面倒な作業で、作業中にストレスを感じることがあります。しかし、便利なサービスを使ってスピーディーにできれば、そのストレスも軽減されるでしょう。この未来を実現したいと考えました。皆で話し合う中で、多くのアイデアが生まれ、仕事も楽しくなりました。自分たちで出したアイデアには、特に力が入ります。

法人事業を始める決断をしていなかったら、今のマネーフォワードの姿は全く違っていたでしょう。現在、法人向けの事業部は大幅に拡大しています。

「お金を前へ。人生をもっと前へ。」という貴社のミッションに込めた思いについて教えてください。

お金は目的とされがちですが、実際にはツールです。重要なのは「お金を使って何をするか」。多くの人が漠然としたお金の不安を抱えていますが、私たちのサービスでその不安を解消し、前向きに人生に向き合える人を増やしたいと考えています。

お金に対する漠然とした不安には、資産の現状がわからないことと未来への不安の二種類があります。この二つを解消すれば、やりたいことに必要なお金の額がわかり、どうしたらお金を貯められるかという考えが生まれます。さらに、お金の使い方も前向きになります。私たちは、人生を前に進めるために、前向きにお金を使っていけるようサポートしたいと考えています。

「ユーザーフォーカス」を重視し、企業のバックオフィス業務のDXを推進する

マネーフォワードのサービスの特徴を教えてください。

企業のバックオフィス業務に関する幅広いプロダクトを提供しています。特に「マネーフォワード クラウド給与」のサービスでは、お客さまから「給与計算が楽になった」「書類を紙で出力しなくていい」「年末調整が楽になった」という声を数多くいただいています。それぞれのバックオフィス向けサービスは連携していて、例えば「マネーフォワード クラウド勤怠」に勤怠データを入力すると、「マネーフォワード クラウド給与」で自動的に給与計算が行えるなど、より便利に活用できます。

最近では生成AIの活用を進めていて、「クラウド給与」のサービスには、給与計算に必要なカスタム計算式を簡単に構築できる仕組みも搭載しました。

日本企業のバックオフィスには、どのような課題があると思いますか。

企業によってクラウド化の進捗に差があります。新たに立ち上げた会社は最初からバックオフィス業務をクラウドで進められるので、低価格で効率的に業務を行うことができます。一方で、導入が難しいのは、既にバックオフィスのオペレーションが確立している、歴史のある企業です。

バックオフィス業務をクラウド化することで便利になるのは明らかですが、導入するには今のオペレーションを大きく変える必要があるので導入が進みにくい状況なのです。こうした企業の変革をお手伝いしていくことが、私たちの役割だと考えています。

今後、バックオフィス業務のクラウド化は進んでいくと予測されていますか。

クラウド化、そして自動化が加速するのは間違いないでしょう。労働人口が減少し人を雇用する難易度が上がっていくため、少人数で業務を行う必要が出てきます。そして、コストをかけたくないというニーズにもクラウドは適しています。

バックオフィス向けのサービスを展開している業界側の課題や現状を、どのように捉えていますか。

単に良いサービスを提供するだけでは問題は解決しません。実際の業務オペレーションを分解し、それぞれの業務に、より効率的な方法を提案する必要があります。非常に難しい作業ですが、そこまで支援しないとバックオフィスのDXは進みません。

首都圏ではクラウド化が徐々に進んでいますが、地方ではITに詳しい人材が少なく、変化のスピードが遅いのが現状です。地方は人手不足である上に、DXも進まなければ東京との差が広がってしまいます。IT化やDXが進んでいる企業のほうが採用面でも有利なため、企業の未来を考えるとバックオフィスのDXは重要な課題です。

バックオフィス領域でビジネスを展開する上で大事にしていることはありますか。

私たちが重視しているのは「ユーザーフォーカス」です。何よりサービスを利用するユーザーの視点で物事を考えています。複数のプロダクトを提供することで相互に連携し利便性を高め、プロダクトの機能を統一するなど、ユーザーにとっての利便性を追求しています。

社員もユーザーを主語にして話すことが多いですね。私や上司の言葉に従うのではなく、ユーザーにとって何が一番大事なのかを考え抜いています。「ユーザーフォーカス」を多くの社員が意識してくれています。良いプロダクトをユーザーのためにつくろうとする意識が強い会社なのです。

辻 庸介さん(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO)

やりたいことが見つからない人はインプットが足りない

辻さんが仕事をする上で一番大切にしていることは何ですか。

繰り返しになりますが、「ユーザーフォーカス」です。私たちの仕事の面白さはプロダクトをつくれること。マネーフォワードのサービスは現在33万の事業者に導入されていて、ひとつの機能が改善すると33万のバックオフィス業務が改善されることになる。夢のような話です。その分障害を起こしたら、それだけ多くの企業に迷惑をかけるので責任重大です。ユーザーフォーカスを大事にしてユーザーの役に立ち、社会を前に進めていけることにやりがいを感じています。

今後の展望について教えてください。

私たちは「すべての人の、『お金のプラットフォーム』になる。」というビジョンを掲げているので、バックオフィスソリューションのナンバーワンを目指します。シェアは結果としてついてくるものなので、まずはサービスの品質を圧倒的に高めることが重要です。

私たちが目指しているのはまず、バックオフィス業務を自動化すること。その後は「自律化」を目指しています。今は人間がその都度判断している工程のロジックを見つけ、AIが代わりに判断して、バックオフィス業務が自律的に動くようにしていきたいですね。

さらに、SaaS(Software as a Service)×FinTech(フィンテック)、エンベデッド・ファイナンス(非金融事業者の提供サービス内に、金融サービスを組み込むこと)で今までなかったような便利なサービスを創出したいと考えています。

辻さん個人の展望について教えてください。

マネーフォワードのステークホルダーの皆さんが前向きになり、チャレンジしたくなるような会社にしたいと思っています。私たちは三つのフォワードを掲げています。ユーザーの人生を前に進める「ユーザーフォワード」、従業員の人生を前に進める「タレントフォワード」、社会を前に進める「ソサエティフォワード」です。

その中で、「ソサエティフォワード」はマネーフォワードの事業でカバーできない部分もあるので、個人の活動として進めているものもあります。例えば、留学が私にとって非常にいい経験だったので、留学生を増やす活動を行っています。ほかにも、ひとり親など恵まれない子供たちの学習機会をつくる、給食を食べられない人に給食をプレゼントする、といった取り組みも行っています。

また、私は京都大学の出身なので京大生の起業家を増やしたいと考え、「京大吹零会」という起業家コミュニティとエンジェルファンドを設立し、起業家の支援も行っています。

最後に、人材業界やHRソリューションなどの業界で働く若手の方にメッセージをお願いします。

若い方から「やりたいことが見つからない」と相談を受けることがあります。私の考えとしては、やりたいことがないのではなく、インプットが足りていないと思うんです。インプットの方法には「本を読む」「人と会う」「体験する」「旅をする」の四つがあります。これらを続けることで、アウトプット、つまりやりたいことが見つかるのではないでしょうか。私自身も、証券会社で働いてユーザーの課題を知っていたからこそ、お金のサービスを提供したいと考えたわけです。

それから、起業家仲間と一緒にいると、判断のスピードが非常に速いと感じます。誰かが「面白い本を読んだ」と言えば、すぐにその場で全員がその本をネットで購入します。アクションまでのスピードが速いのです。経験と判断のスピードを速めることで経験値が増え、やりたいことにも早く出合えるのではないでしょうか。

辻 庸介さん(株式会社マネーフォワード 代表取締役社長 CEO)

(取材:2024年6月3日)

社名株式会社マネーフォワード
本社所在地東京都港区芝浦3-1-21 msb Tamachi 田町ステーションタワーS 21F
事業内容PFMサービスおよびクラウドサービスの開発・提供
設立2012年5月

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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