ポジティブな言葉をたくさんかけて、
精一杯生きる姿を見せる
それが組織のモチベーションを高めるリーダーの役割
ANAビジネスソリューション株式会社 代表取締役社長
矢澤 潤子さん
社長就任前の迷いを払ってくれたかつての上司の言葉
管理職になって、仕事はどう変わっていったのでしょうか。
しばらくは国際線に乗務していたので、乗務をしているときは、プレイングマネジャーとして品質管理に努めつつ、安全やサービスの実態把握と評価を行いました。一方、乗務以外のときは、労務管理、業務管理、さらには人財育成の進捗状況などを総合的に見ていました。一番に大切にしていたのは、共に働く仲間のモチベーションをうまくコントロールすること。お客さまの前でベストな状態で働いてもらうには何が必要か、ということですね。よく「ES(従業員満足)なくしてCS(顧客満足)なし」と言いますが、お客さまと同じくらい仲間のことも考えていました。
2012年から、訓練センター客室訓練部長に就任されます。これはどんな部署なのでしょうか。
訓練センターは新入りの客室乗務員約1000人のトレーニングに加えて、現役客室乗務員の資格維持のための保安訓練や機内サービス、マネジメント訓練など、専門的な訓練を行う部署です。客室乗務員にとって一番大切なのは、保安要員としての役割です。そのため、トレーニングでは保安訓練に重きを置いています。
まさに安全を支える、要の部署ですね。
そうですね。客室訓練部長としての役割は、客室訓練部にいる約130人のインストラクターをまとめながら、訓練計画が順調に進捗するように管理し、品質の高い訓練を提供するというもの。そのために重視していたのが「ポジティブな言葉をたくさんかけて、モチベーションの高い職場をつくる」ことでした。訓練生は、新人も現役も大変緊張しています。「試験に合格できるだろうか」「実力を発揮できるのだろうか」と神経質になっているんですね。そこで大事なのが、インストラクターの伝達する力です。私がインストラクターたちにいつも強調していたのは、言葉だけでなく、明るい笑顔やちょっとした姿勢、視線の配り方などによって、受講生の緊張をほぐし、モチベーターになってほしい、ということ。「失敗したらどうしよう」というネガティブな気持ちではなく、「今日は頑張るぞ」というポジティブな力を引き出してほしかったんです。もちろん、インストラクターにそれを求める以上、私が彼女たちのお手本にならなくてはいけません。日ごろからちょっとしたコミュニケーションの機会にも、ポジティブな言葉をたくさんかけて、精一杯仕事に向き合う姿を見せることを心がけていました。
そして2016年4月に、現職の社長に就任されます。内示を受けた時の心境はいかがでしたか。
訓練部時代から業務上の連携もあったので、当社(ANAビジネスソリューション)のことを知ってはいましたが、社長に就任するという話はまったく突然で、電話口で固まってしまったのを覚えています。
最初は自分には無理だとしか思えませんでした。内示をもらって「頑張らないと」とは考えるのですが、着任の日が近づくにつれて「社長らしさとは何だろう?」などとばかり考えてしまうんです。自分には一般的な社長らしさやカリスマ性はないし、社員に対して失礼なんじゃないかとか……。そんなときに以前の部署の上司と話をする機会があり、それまでの迷いがふっと解けたような気持ちになることができました。
その元上司からは、「客室訓練部長として取り組む姿勢を見て社長にふさわしいと思った。それなのに自分で勝手にモデルチェンジされては困る」と言われたんです。それを聞いて「カッコつけなくていいんだ」と思ったら、ものすごく気が楽になったんですね。振り返ってみると、私自身に「できる人だと思われたい」「失敗したくない、恥をかきたくない」というカッコつける気持ちがあった。だから、余計に自信が持てなかったんです。元上司のアドバイスで、ありのままでいくしかない、精一杯仕事に向き合う姿を見せることしか自分にはできない、と改めて気づくことができました。
新しい職場や役職にチャレンジする若い方にも、参考になるエピソードですね。
アドバイスしてくれた元上司には感謝しています。おかげさまで気持ちを切り替えて、社長という新しい仕事に向かうことができました。当時の心の葛藤やそれを乗り越えた経験を伝えることで、少しでも元気になったり、新しいことにチャレンジしたりする人が出てくればと思って、社内でもよく話しているエピソードです。
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。