タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第68回】
エバーグリーン時代のキャリア戦略──「変わり続ける力」こそ、人生を豊かにする
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
プロティアン・ゼミも6年を迎えました。これからも長く続けていきたいと思います。私がそのように思う理由の根源には、「人生の時間」の変化があります。
周知のように、私たちは今、誰も経験したことのない長寿の時代を生きています。技術や医療が劇的に進化し、人生は、驚くほどに長くなりました。「学び、働き、老いる」──そんな一方向のレールの上を、ただ走り続ける生き方ではフィットしないほどに、私たちには、時間があるのです。100年近く生きることが当たり前になる世界で、私たちの「働く」という営みを考えていかなければならないのです。プロティアン・キャリアの知見は、かつてないほどに人生が長くなった時代の「生き方のお守り」であると言っても過言ではありません。
プロティアン・キャリアをさらに、人生100年時代にフィットさせる上で、欠かせない興味深い視点を一つ共有します。それは、「エバーグリーン(evergreen)」という考え方です。エバーグリーンとは、季節が変わっても色あせることなく常に緑である、常緑樹を意味します。同時に、いつまでも枯れない、いつまでも古くならない、という意味が想起される言葉でもあります。
この言葉に着目したのが、ロンドン・ビジネススクールの経済学者アンドリュー・スコット教授です。
「老いる」という言葉の再定義
スコット教授は、著書『ライフシフトの未来戦略』(東洋経済新報社)の中で、「『シルバー・エコノミー』から『エバーグリーン・エコノミー』へ移行すべきだ」(p.ⅶ)と語っています。
かつての社会では、「学ぶのは20代まで」「働くのは60歳まで」「老後は静かに余生を過ごす」といった“ステージ制”の人生モデルが支配的でした。しかし、人生100年時代を迎えた今、それはあまりにも窮屈で、現実的ではありません。人間の寿命が長くなると、人生は一本の直線ではなく、曲がりくねった道となるのです。スコット教授が提唱する「エバーグリーン理論」は、高齢化社会から長寿社会へ、老いていくのではなく、機会を増やしていくと認識を転換させることを提示しているのです。
老いるとは、衰えることではない。老いるとは、進化すること。
そう、私たちは「ずっと緑でいられる」のです。新しい知識を吸収し、新しい挑戦を恐れず、新しい自分をつくり出していく──そうした「常に変わり続ける存在」こそ、エバーグリーンな人材の姿なのです。
言うなれば、それこそプロティアン・キャリアの生き様とシンクロします。長寿化社会で必要とされるのは、「一度きりのキャリア」ではありません。むしろ、「何度でもキャリアをやり直せる」力です。
40歳でキャリアに違和感を覚えたなら、新しい分野に学び直せばいい。50歳で組織との関係性に疲れたら、自分で働き方を再構築してもいい。60歳でライフワークを見つけたなら、それを新たなキャリアとして育てていけばいい。
重要なのは、「遅すぎる」という思い込みを、まず手放すことです。人生には、中継点がいくつあってもいい。それぞれの節目で、「自分にとって、いま何が大切か」「これから何を学びたいのか」「どんな働き方が自分らしいのか」を問い直すことが、エバーグリーンなキャリアには欠かせません。
「学び直すこと」は、何よりの資産になる
エバーグリーン理論を実践する上で、最も重要なのは「学び直し(リスキリング)」です。これは、単なる知識の取得にとどまりません。自分の可能性を信じ、未来を再設計するという、極めて人間らしい営みなのです。
たとえば、料理人として長年働いてきた方が、心理カウンセラーとして第二の人生を始める。あるいは、専業主婦として家庭を支えてきた方が、子育て支援のNPOを立ち上げる。それらは、すべて「学び直し」があったからこそ実現したキャリアです。
「もう一度学びたい」という想いに、年齢の制限はありません。むしろ、人生経験を積んだ今だからこそ、学びが自分の血肉になるのです。学ぶことは若者の特権ではなく、成熟した大人の「自由」なのだと思います。
「自分の意思でキャリアを再設計する」という考え方は、プロティアン・キャリアの本質と深く響き合います。プロティアン・キャリアは、自分の価値観に沿ってキャリアを構築する、自律的で柔軟な生き方です。組織に依存せず、自分で学び、自分で選び、自分で未来を切り拓く──それがプロティアンな働き方です。つまり、エバーグリーンであることは、プロティアンであることでもあります。どちらも、変化を恐れずに「今の自分」に誠実に生きる姿勢なのです。
この姿勢こそが、これからの社会で「唯一の正解」になるでしょう。なぜなら、社会が予測不能な時代に突入したからです。VUCAと呼ばれる変動の激しい世界で、「安定」を望むよりも、「変化に対応できる柔軟性」を身につける方が、はるかに価値があるのです。
複数のキャリアを歩むという選択肢
エバーグリーンなキャリアを目指す上で、もう一つ重要なのが「複線型キャリア」の考え方です。ひとつの職業だけに自分の人生を託す時代は終わりました。本業に加えて、パラレルワークや副業、地域活動やボランティアなど、いくつもの“自分”を持つことが、新たなレジリエンスにつながります。
それは、単なる収入源の多角化ではありません。人生の“意味”の多層化です。お金では得られない充実感や、社会とつながる喜びが、人生100年時代にはより重要になっていくのです。

「変わる勇気」を持ち続けるために
もちろん、変わり続けるのは、簡単なことではありません。時に、過去の成功体験が足かせになり、変化を拒んでしまうこともあります。
それでもなお、変わり続ける勇気を持っていたいのです。なぜなら、変わることは、自分を裏切ることではなく、自分を深く信じることだからです。
「今のままでいい」と思える人にとっては、少し厳しいかもしれません。でも、「もっと成長したい」「まだ見ぬ自分に出会いたい」と思える人にとっては、今の時代ほど自由で、希望に満ちた時代はないでしょう。
私たちは、常に生まれ変われる。私たちは、誰もが「エバーグリーン」でいられます。それは、特別な人にだけ許された才能ではありません。「もう一度、自分を耕そう」と思える気持ちがあれば、誰でも新しい自分を咲かせることができるのです。
年齢はただの数字に過ぎません。あなたの可能性を制限するものでもありません。人生の途中でキャリアを変えることは、失敗ではなく、進化の証です。この長く、変化に満ちた時代を、希望にあふれたものにするために──あなた自身が「変わり続ける存在」であり続けてください。あなたのキャリアは、まだまだ始まったばかりなのです。
このようなメッセージを、人事やキャリア開発に携わる方は、伝え続けていくことが求められています。プロティアンとは、目の前の短期的な選択や挑戦を後押しするだけではなく、長く続く人生の物語の主人公として、より健康的であると同時に、生産的に輝き続けるための「エバーグリーンなキャリア知見」なのです。

- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
- 参考になった0
- 共感できる0
- 実践したい0
- 考えさせられる0
- 理解しやすい0
無料会員登録
記事のオススメには『日本の人事部』への会員登録が必要です。