タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第65回】
プロティアン・キャリア開発プログラムのこれから
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
プロティアン・キャリアとは、変化の激しい時代において、個人が変幻自在に環境変化に適応しながら、自らの価値観に基づいて個人と組織の持続的成長を実現していく生き様です。それゆえに、プロティアン・キャリアの本質とは、キャリアが単なる職業の選択ではなく、人生をどのように歩んでいくかという問いに自ら向き合い続けることでもあります。
企業にキャリアを預けるのではなく、自らの手でキャリアを切り開く時代を本格的に迎えました。今回のプロティアン・ゼミでは、最新のキャリア理論を取り入れながら、実際に組織内でプロティアン・キャリアを実践している人たちのストーリーをベースにし、これからのキャリア開発プログラムのあり方を探っていきます。
組織内でプロティアン・キャリアを築く
佐藤健一さん(42歳)は、大手自動車メーカーで15年間エンジニアとして働いてきました。技術革新が急速に進む中で、「このままでいいのか?」と自問するようになります。新しいテクノロジーに適応し、会社の中でさらなる価値を発揮したいと考え、佐藤さんは社内のAI開発プロジェクトに手を挙げました。
最初は周囲から「既に長年の経験があるのに、専門領域を変えるのはリスクだ」と反対されましたが、佐藤さんは独学でAI技術を学び、社内研修にも積極的に参加しました。その努力が実を結び、現在ではAIを活用した生産プロセス改善チームのリーダーとして活躍しています。
佐藤さんのように、新たなスキルを身につけるには、企業が支援することが重要です。例えば、定期的な社内研修プログラムの充実を図り、AIやデータ分析、プログラミングなどの最新技術を学べる環境を整えます。また、外部講座受講の支援制度を設け、社員が自主的に学ぶ機会を増やすことが求められます。
「このままでいいのか」と自問を続ける社員のキャリアを停滞させないための有効なキャリア開発プログラムとして、スキル開発とリスキリング支援があります。社内でのスキルシフトを支援するため、異なる部門への挑戦を促す「ジョブ・ローテーション制度」や、自己学習を奨励する「リスキリング補助制度」の導入を推進することが求められます。
カレイドスコープ・キャリア・モデルの実践
中村美咲さん(38歳)は、広告代理店でマーケティング業務を担当しています。彼女にとって転機となったのは、第一子の出産でした。家庭と仕事のバランスを取りながらも、キャリアを継続する方法を模索し、社内のDX推進プロジェクトに関わることを決意しました。
リモートワークの可能性を広げるため、彼女は自ら業務プロセスのデジタル化を提案し、新たなワークフローを設計。これにより、同僚たちの業務効率は向上し、社内での評価も高まりました。現在は、DX推進の専門家として社内コンサルティングを行っています。
中村さんのようにライフイベントに直面した社員には、メンターの存在が不可欠です。社内メンター制度を導入し、キャリアの選択肢について相談できる機会を提供。また、キャリア対話ワークショップを定期開催し、異なる職種や年代の社員同士が意見を交わしながら成長する場を作るといいでしょう。
持続的なキャリア形成には、内的なキャリアにしっかりと向き合うことが欠かせません。中村さんのように、ライフイベントの変化に直面している社員に有効なキャリア開発プログラムは、キャリアメンタリングとネットワーキングです。ライフステージに応じたキャリア選択を支援するため、「柔軟な働き方支援プログラム」や「社内プロジェクト制度」の導入を進めます。
ハイブリッド・キャリアの形成
高橋亮介さん(45歳)は、金融機関でのキャリアを長く積んできたプロフェッショナルです。しかし40代に入り、会社の既存の枠組みだけで成長を続けることに限界を感じ始めました。「自分の経験を活かしながら、もっと新しい領域にもチャレンジできないか?」と考えたのです
そこで高橋さんは、社内のイノベーション部門への異動を希望しました。新規事業の立ち上げに関わりながら、業務外では外部の経営者コミュニティーにも積極的に参加し、最新のビジネストレンドを学びました。現在は、社内のスタートアップ支援プログラムの責任者として、若手社員のキャリア開発にも貢献しています。
高橋さんのように、新たな挑戦を求める社員のためには、社内異動の機会を増やす公募制度が有効です。フレックスタイム制度やリモートワークの推進によって、より柔軟な働き方を可能にするといいでしょう。こうした制度は、仕事と家庭の両立を図りたい社員にとっても有益です。
キャリア開発プログラムとしては、柔軟な働き方支援と社内異動支援があります。社内での新たな挑戦を促進するため、「イントレプレナー支援制度」や「社内兼業制度」の整備を推進。新しいビジネスを生み出すために、イントレプレナー(社内起業)支援プログラムを設け、社内での新規事業開発を促進します。加えて、社内兼業制度の導入により、異なる部署の業務を経験しながらスキルを磨ける環境を整えます。
このように社内プロティアン・キャリアを実践するためには、企業側の柔軟な支援が不可欠です。本稿で紹介したキャリア開発プログラムを通じて、社員が自らのキャリアを主体的に築き、組織の成長にも貢献できる環境を整えていくことが求められます。これまでプロティアン・キャリアは、どちらかというと組織から外の組織へと捉えがちな傾向がありましたが、さまざまな制度を適切に活用することで、社内プロティアン・キャリアで持続的に成長していくことが可能なのです。
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これからのキャリア開発プログラム
視点を欧米系企業の動向にフォーカスしてみます。近年、欧米企業では従業員の成長を促し、長期的なキャリア開発を支援するために、さまざまなプログラムが導入されています。その中には、日本企業ではまだ十分に普及していないものも多くあります。次の八つのキャリア開発プログラムが、これから社員の可能性を最大化の鍵を握っています。
1. ジョブ・クラフティング(Job Crafting)
欧米企業では、従業員が自分の職務内容や働き方を主体的に調整し、仕事の意味ややりがいを高める「ジョブ・クラフティング」の概念が広く浸透しています。このプログラムでは、従業員が自身のスキルや関心に基づいて業務を再構築できるよう支援し、エンゲージメント向上やストレス軽減を図ります。
2. メンタード・リーダーシップ・プログラム(Mentored Leadership Program)
欧米企業では、若手社員が上級管理職から直接指導を受けながらリーダーシップを育む「メンタード・リーダーシップ・プログラム」が一般的です。単なるメンタリングではなく、経営視点を持つための戦略的な学びの機会を提供するものです。一方、日本企業ではOJT(On-the-Job Training)が中心で、体系的なリーダーシップ育成プログラムは限定的です。
3. サバティカル制度(Sabbatical Program)
欧米企業では、従業員が一定の勤務年数を満たした後に、自己成長や研究、スキルアップのための長期休暇(サバティカル)を取得できる制度が整っています。この制度により、従業員は新たな知識や視点を獲得し、復帰後の仕事に活かすことができます。日本企業では、長期休暇の取得は一般的でなく、導入例は少数にとどまっています。
4. キャリア・ラティス(Career Lattice)
欧米企業では、従業員が縦の昇進だけでなく、横方向の異動や別職種への転換を通じてキャリアを形成する「キャリア・ラティス」の考え方が浸透しています。これにより、柔軟なキャリア設計が可能となり、長期的な視点でスキルの多様化を図ることができます。日本企業では、ジョブ・ローテーションはあっても、従業員の主体性を重視した異動制度は少ないのが現状です。
5. ギグ・ワーク・プログラム(Gig Work Program)
欧米企業では、社内副業のような形で短期的なプロジェクトに参加できる「ギグ・ワーク・プログラム」が導入されています。従業員は本業とは異なる分野のプロジェクトに参画し、スキルを磨くことができます。これにより、社内でのスキルの流動性が高まり、組織全体の能力向上にもつながります。日本企業でも副業解禁の流れはありますが、社内ギグワークの導入例はまだ少ない状況です。
6. リバース・メンタリング(Reverse Mentoring)
欧米企業では、若手社員が上級管理職に対して、新しい技術やトレンドについて指導する「リバース・メンタリング」が普及しています。シニア層のデジタルリテラシー向上や、多様な視点の獲得を目的とするものです。日本企業では、年功序列の文化が根強く、若手から上層部への知識共有の機会は限定的です。
7. セルフ・ディレクテッド・ラーニング(Self-Directed Learning)
欧米企業では、従業員が自ら学習目標を設定し、必要なスキルを獲得できる「セルフ・ディレクテッド・ラーニング」を推奨しています。企業はオンライン学習プラットフォームや学習予算の提供を通じて、従業員の主体的な学習を支援します。日本企業でも研修制度は整っていますが、自発的な学習を奨励する文化は十分に根付いていないのが実情です。
8. セカンドメント制度(Secondment Program)
欧米企業では、他企業や異なる部署で一定期間働く「セカンドメント制度」を導入し、視野を広げる機会を提供しています。この制度により、従業員は新しい環境で経験を積み、ネットワークを広げることができます。日本企業では、グループ企業間での異動はあっても、他社との人材交流は限定的です。
このように欧米企業では、従業員の主体性を重視したキャリア開発プログラムが数多く導入されています。これらのプログラムは、エンゲージメントの向上やスキルの多様化を促進する重要な手段となっています。日本企業においても、これらの制度を参考にしながら、より柔軟で多様なキャリア形成の支援を進めることが求められます。
それでは、また次回に!
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- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。