人事マネジメント「解体新書」第72回
キャリア自律時代、自己啓発を支援する「勉強会」の効果・効用とは
――ブーム再来の背景を探る(後編)
『前編』では、企業における人材育成において企業ではなく社員が能力開発の主体となる動きが出ている中、「勉強会」が注目されている背景と、その効果・効用について見てきた。確かに外に出て、新たな知識・スキルを得たり、人的ネットワークを構築したりすることは大切だが、人事・能力開発部門としては、そうした「勉強会」を社内で実現することを考える必要があるのではないか。「社内勉強会」で新しい知識・スキル、ノウハウ・経験などを取得・共有するだけでなく、皆で学ぶことによって生じる職場の一体感、コミュニケーションの向上なども期待されるからだ。さらには、課題解決を目的としたケースも出てきている。『後編』では、社内で積極的に「勉強会」に取り組んでいる2社の事例を紹介していくこととする。
【事例:A社(電機IT・大手企業)】社内有志による「中小企業診断士」の勉強会
◆立ち上げの経緯~「社会貢献活動」と連携し、実務ポイントを獲得
「中小企業診断士」の資格を持つビジネスパーソンの輪が広がっている。周知のように、「中小企業診断士」は経営コンサルタントに関する唯一の国家資格であるが、近年はやや様相が変わってきている。キャリアアップを実現するために受験者が増加してきたことで、かつては役員登用前に会社の費用で資格を取る人ようなタイプの人が多かったが、最近は若い人たちが自ら積極的に資格を取得するケースが増えている。また、社内サークルを作り、会社の枠を超えて交流するなど活躍の場も広がり、社会貢献に乗り出すような事例も出ている。今回紹介するA社の「中小企業診断士会」は、A社グループ企業の中で「中小企業診断士」の資格を持っているメンバーが、社会と会社、メンバー個々人のスキルアップなどへの貢献を行うことを目的に設立されたものである。
立ち上げのきっかけとなったのは、A社内にある「社会貢献推進グループ」との連動だ。実は「中小企業診断士」は、資格の更新に5年間で30ポイントの実務ポイント(実務従事)が必要だが、「企業内診断士」にとってはそれが高いハードルとなっていた。そこで、「企業内診断士」と「社会貢献活動」をうまく結び付ければ、双方にメリットがあると考えた。経営やマーケティングなどを学んだ「中小企業診断士」が加わることにより活動が活性化し、その一方で「中小企業診断士」も実務ポイントを獲得できる。両者にとって“Win-Win”の関係が形成できる、という狙いだ。
このような思惑からA社の「中小企業診断士会」が結成され、発足式には30人を超えるメンバーが集まった。以前と比べて試験内容が緩和されたこともあってか、男女さまざまな年齢層、職種の人が資格を取得できるようになり、顔ぶれも多彩となっている。そして、発足1ヵ月後には60人を超えるメンバーが揃うことになった。これだけのメンバーが集まったのだから、「かなりのことがやれる」と事務局は確信し、メンバーにアンケートを実施。上位に挙がったものを、スピード感もって実現していこうと考えた。
◆五つの柱からなる活動内容
アンケートの結果は、以下のような五つの内容に分類され、有志によるプロジェクト活動を行っている。
(1)実務従事(実務ポイント獲得、社会貢献活動支援)
アンケート結果を見ると、メンバーの要望で最も多かったのが「実務重視」。前述したように、資格維持に必要な実務ポイントの獲得に苦労している「企業内診断士」が多いことが、その背景にある。そのため「中小企業診断士会」として、自社のOBや付き合いのある事業者の会社を対象に、診断機会を提供している。参加メンバーは会社の休みや休憩時間を活用し、効率的にプロジェクトに取り組んでいる。また、社会貢献活動支援については自社の社会貢献グループの協力の下、社会貢献グループのメンバーを「中小企業診断士会」の定例会などに呼んでメンバー募集をかけたり、社会貢献活動支援に参加したメンバーに体験談をプレゼンテーションしてもらったりしている。
(2)他社との交流(ネットワーク拡大)
次に要望の多かったのが「他社との交流」、社内外の人的ネットワークの形成である。社内の交流は「中小企業診断士会」の活動を通して深めることができるが、他社との交流はそううまくいかない。A社側から働きかけていく必要があった。そのため主要メンバーが業種を問わず、さまざまな企業に声を掛けていった結果、同じような思いを持つ人たちの賛同を得て、まずはビジネス面で利害関係のあまり影響のない「異業種交流会」が開催される運びとなった。この交流会をきっかけに、異業種他社の「中小企業診断士会」と定期的に連携を深めていくことになる。その後、「異業種交流会」から発展し、今度は「同業種交流会」を実現することを考えた。当初は仕事で競合関係にある中、実現は困難かと思われたが、従来の常識にとらわれず、新しい価値を創造したいという思いと、双方に「中小企業診断士」という共通のプラットフォームがあったことがそれを可能とした。「同業種交流会」はワールドカフェ形式で実施し、お互いの会社の印象を語り、学ぶべきところを学び合っていく、というスタンスで実施。何より、同業種として共通の悩みや課題を抱えていたため、意見交換によって「異業種交流会」とはまた違う気づきを得ることができた。今後は、さらに多くの同業他社を巻き込み、電機・IT業界の「同業種交流会」に発展させていく考えという。
(3)経営陣との対話(会社への提言)
3番目に多かったのが「経営陣との対話(会社への提言)」である。当初はここまでの活動は考えていなかったが、これもメンバーの志の高さの賜物。何より自社のことだから、抱えている課題もよく分かる。一定数の「中小企業診断士」が集まれば、英知を結集できる。そんな思いを経営企画本部が理解を示し、まずは「意見交換会」を持ってくれた。また、本部長自らが「中小企業診断士会」の定例会に参加してくれた。この経営企画本部との交流が起爆剤となり、ついに経営陣との「対話集会」が開催されることになった。その実績を受け、「中小企業診断士会」の活動は、会社への「提言プロジェクト」へと進んでいくことになる。最終的に、「経営幹部による施策決定のプロセスに、早い段階から広く社員を関与させてほしい」「新事業を生む新たな仕組みを作るべきである」の2点を提言、プロセスの透明化は中期経営計画の策定過程で改善が見られ、新事業についても社内公募制として実現することになった。
(4)執筆活動
4番目の「執筆活動」は十分に予想された内容だった。そのため、できるだけ多くの人が執筆できる機会を探っていった。雑誌・新聞・WEBなど、さまざまなメディアを活用し、社内外への情報発信を積極的に行っている。こうした活動が評価され、「中小企業診断士」の専門誌では特集も組まれ、集大成としてこれまでの活動内容をまとめた本を出版することができた。
(5)受験生への支援
そして、5番目が「受験生への支援」である。受験生同士でつながりたい、合格者の声を聞きたいというニーズが社内では強いので、勉強の仕方や体験談などを話した後、座談会を設けている。さらにはメーリングリストを作成したり、合格者と受験生の飲み会なども設けている。また、こうした取り組みは自社内に閉じるのではなく、異業種間でも交流を行った。昨年は、異業種間で合同受験生支援イベントを開催し、講評を博した。
◆「中小企業診断士会」がもたらした効果
A社の「中小企業診断士会」は、あくまで自主的な活動である。現場主導ということで、人事や能力開発部門に働きかけなかったのは、ある程度実績を上げ、何かしらの価値を生み出した上で会社と連携していこうと考えたからだ。最初から会社の制度に組み込まれた形では、自由に活動できなくなってしまう。
こうした中で、「他社交流」を推し進めていくことになる。設立3年目には、異業種であるD銀行とE金融公庫の中小企業診断士によるA社の財務分析を行ってもらうことになった。さらには、労働組合からも「経営勉強会」を開催してほしいという打診があり、大勢の組合員が集まる中、前述の金融機関から聞いた視点を盛り込みながら、今度はA社の「中小企業診断士会」のメンバー自らが財務分析を行った。
大きな組織にいると、他の組織のことや会社の全体像を知ることはなかなか難しい。だからこそ、経営全般を学んだ「中小企業診断士」がこのような「社内勉強会」を行うことは、大いに価値があるように思う。何より、参加者の視野も広がるし、自分自身の専門性を高めていくだけなく、新たな気づきが生まれ、ネットワークや人脈も広がっていく。いずれにしても、「中小企業診断士会」が得た知識・知見を社内の人たちに向けて情報発信したり、フィードバックしたりしていくことは、非常に有用なことである。
◆今後の課題と対応
今後の課題は、いかにメンバーの活躍の場を設けていくかである。そこには変化をつけながら、いろいろな取り組みが必要となる。今まで参加してこなかったメンバーや、これまで参加はしていたけれどややマンネリ化していたメンバーに対して、いかに活性化を促していくか。ここがポイントとなる。また、会社への貢献ということでいうと、「中小企業診断士」というのは非常にポテンシャルの高い資格である。個人の学びを会社の成長につなげていくという意味でも、活動の場を広げていくことが肝心だ。
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