石川善朗さん~「霞ヶ関」から「日本の人事部」へ送るメッセージ
人事院 公務員研修所長
石川 善朗さん
「空気」に弱い日本人~仲間意識の弊害
一方で、日本の組織、日本人の弱さというのは何でしょうか。
仲間の利益を優先するあまり、社会全体の利益を考えない傾向があります。それが、企業の数々の不祥事を生む源になっています。また、皆で渡れば怖くないということは、改革が進みにくいことにつながっていきます。
というのも、何か改革を行う時には、場合によっては仲間の利益を剥ぎ取ることがあります。短期的には、仲間を裏切るようなことになるわけです。つまり、「今、それなりにうまくいっているのに、なぜそんなことをしなくてはいけないのか」と考える、抵抗勢力が出てくるのです。
不祥事が起こるのも、これと同じようなメカニズムです。おかしいと思っていても、それが自分の所属する仲間の利益に反することや暗黙のルールだったりすると、仲間意識があってなかなか言えないことがあります。しかし、これらは問題を先送りしているだけで、いつか表立って出て、大変な事態になります。だからこそ、改革を常に進めていかなくてはならないのです。
仲間を大切にすることは、逆に言えば、「空気」に弱いということ。思ったこと、正しいことが言えなくなってしまう。そうすると、長いものには巻かれろ、といった思考回路に陥ってしまいます。したがって、繰り返すようですが、一人ひとりの志が大切になるのです。
また、仲間を維持するために、過度の平等主義になる傾向があるということ。つまり、明らかな差があるのにもかかわらず、差を付けない。しかし、ある程度の能力や実績の差・違いを入れていかないと、組織は健全に機能しなくなります。成長もできない。すべて一律でやっていると、やってもやらなくても一緒となり、誰も本気で取り組まなくなってしまいます。
仲間意識は必要ですが、同時に、能力・実績主義も行っていかなくてはなりません。この辺のバランスをいかに行っていくかがポイントですね。
外の血を中に取り入れる、つまり外部の思考回路を取り入れて、複眼的に見られるようにする。そのため社外取締役にいい人をお願いする、経験のある、能力のある人を中途採用することもいいですね。加えて、企業倫理・経営倫理があって人間として立派な人をトップに据えることが大切です。会社が長く続いていくと、社長の周りには“茶坊主”ばかり集まってくるようになります。つまり、副社長は「次は自分が社長だ」と思うことでしょう。専務も「次は自分が副社長だ」となって、その結果、社長が何かを言うと、皆が「その通りです」と答えるばかり。周囲はイエスマンばかりになっていきます。そういう中で、何か重大な問題が起きた時、社長の言っていることはおかしい、間違っていると思っても、それを言う人がいなくなってしまいます。このような状態が続いていくと、会社は徐々におかしくなり、最後には崩壊していきます。
だから、リスクテイクできる人を育てるためにも、例えば、10年に一度は社内を大掃除し、意識して仲間をばらすことも必要なのです。組織を健全な状態に保つためにも、これは必要なことです。というのも、人事はその人を知っているかどうか、また、好き嫌いによる部分が大きいからです。能力が同じなら、好きな人や知り合いのほうがいいに決まっています。しかし、適材適所に人材を配置できるか、人事には本来、そういう危うさがあるわけです。
大掃除をするためには、どうすればいいのでしょうか。
これは、トップの英断しかないでしょう。いくら能力・実績をベースとした人事評価を導入しても、こういうことまでは難しいのではないでしょうか。また、社外取締役を入れたとしても、果たしてそこまで踏み込んだ改革を実践できるか、疑問に思います。
そのためにはまず、トップは自分を鍛えることです。倫理的にも能力的にも。そして、志を高く持たなければなりません。適材適所を第一に考え、自分の子飼いの人間であっても社長に就けない、仲間を優遇することをしない、場合によってはあえて切ることもある、といった類のことです。トップは、そういうつらい決断をしなくてはなりません。
これからの人材育成のあり方
近年、企業の人材育成面においても、「倫理観」や「志」を教えていく、鍛えていくといった試みが増えてきています。
「空気」に抵抗して、正しいことをするためには、一人ひとりの倫理観や志を高めることが大切です。これを今までOJTでやっていたのですが、切れてしまっているのです。これが「失われた20年」につながっています。そこで、現在は、倫理や志というものを、「仕組み」で教えていくケースが増えています。
例えば、組織にいる立派な人間を講演会や私的な勉強会で活用していく、あるいは組織の外にいる人の助けを借りるといったことです。立派な人には、必ず立派な仲間がいます。そこから人を紹介してもらうのもいいのではないでしょうか。また、自らを鍛えることを組織が応援するために、異業種交流の場の設定などを積極的に行なっている企業も少なくありません。そういう意味でも、インフォーマルな人間関係作りというのは非常に大事だと思います。このインフォーマルな人間関係は、自分の所属している仲間を外から見る良い機会になります。
内部で鍛えるOJTと外部のインフォーマルな関係、この両輪で人材育成を図っていくことを考えていくべきだと。
そうです。現在はOJTの力が落ちてきているので、その分、OJT以外の部分に比重がかかってきます。もちろん、個人の努力も必要ですが、組織として対応していかなくてはなりません。Off-JT(職場外研修)を受けさせることも含めて、こうした多面的なアプローチが、これからの人材育成のあり方になってくるように思います。
事実、人材育成に積極的、先進的な企業は勉強会やインフォーマルな集まりが盛んですね。
そうですね。皆さんがんばっておられます。その際、大事なことは、確かに技術的な分野の勉強は大事ですが、これはスキルの話です。スキル以外に、人の取った立派な行動の元にある考えを勉強し、自分を高めていかなければなりません。そのためには、人と直接触れ合って、心を動かすこと、感動することが大事です。そして、信頼できる人間関係を築けるか、仲間づくりができるかが大事です。
例えば、外交交渉などでも同じです。グローバルであっても、個人的な人間関係というものは非常に重要で、忘れてはいけません。その時に、スキルとしての英語が必要となってくるのです。逐一通訳を介していては、円滑な関係を築くことは難しいからです。結局、お互いの信頼関係をどう築くことができるか。高い倫理観をもって、いかに相手のことを考えられるか、利他的になれるか、といった問題に突き当たります。これができて初めて相手も信用し、信頼してくれるようになってきます。ただ、こうした関係を築くには時間がかかります。これは、どの世界でも同じでしょう。
なるほど。ところで、石川さんはご著書などで「サーバントリーダーシップ」の重要性について述べられていますね。
仲間を大事にしよう、という思いがあるからです。上司にとって、部下も仲間なのです。決して、部下を自分の組織の仕事をするための道具だと思わないことです。そのために、部下の人間性を十分に理解し、仕事を任せていく。そして、サポートしていくことです。そして、部下に任せるということは、上司がその結果に責任を負うということを意味しています。それなら、部下は思いきりチャレンジできます。だから、OJTが機能してきたわけです。その意味でも、「サーバントリーダーシップ」というのは、日本の伝統的なやり方だと思っています。
近年、このようなOJTの機能が落ちてきたのは、上司に志がなくなってきたからではないでしょうか。また、新卒採用を止めたりしたことで人材の断層が生じ、部下育成が上司の重要な仕事の一つであるということが、形骸化してきてしまった点も否めません。上司に教えられてこなかった人が、果たして部下を教えることができるでしょうか。スキルも大事ですが、今後は志の部分、総合的な「人間力」としての部分を鍛えていく必要があります。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。