キーワードは「脳の持久力」。
AI時代に求められる「頭の良さ」とは
お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系 助教
毛内 拡さん

生成AI技術の急成長により、ビジネスの現場ではAIの可能性に対する期待と、「どう活用すべきか」という不安が交錯しています。お茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 助教の脳科学者・毛内拡さんは、脳とAIは本質的に異なるもので、「脳がAIになる必要はない」と言います。鍵となるのは、答えのない不確実な状況に耐え、思考し続ける「脳の持久力」。『「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(ちくま新書)の著者である毛内さんに、AI時代の「頭の良さ」や失敗の重要性、強い組織をつくるためのヒントを聞きました。
- 毛内 拡さん
- お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系 助教
もうない・ひろむ/脳神経科学者、博士(理学)。2008年、東京薬科大学生命科学部卒。2013年、東京工業大学大学院 理工学研究科 博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所 脳科学総合研究センター研究員を経て、2018年より現職。主な著書に『脳を司る「脳」―最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社ブルーバックス)、『「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(ちくま新書)などがある。
脳とAIの違いとは。脳は「アナログ」な省エネ装置
今やビジネスの世界でAIを活用することが当たり前となっていますが、脳科学の観点から見て、「脳」と「AI」にはどのような違いがありますか。
一言で申し上げるならば、脳とAIは本質的に異なるシステムです。
AIは、脳の神経回路の仕組みを模倣した「ニューラルネットワーク」というアルゴリズムを基礎としていますが、あくまで脳の働きの一部分をまねているにすぎません。脳内の神経細胞であるニューロンが電気信号を発する様子を、コンピューター上で「0」か「1」かのデジタル信号として単純化し、それを膨大に接続して計算させているのが現在のAIです。
実際の脳はもっと複雑で、全体がゆるやかにつながっているアナログな存在です。ニューロンが脳の全てではなく、血管や多様な細胞、細胞の隙間を満たす液体に流れるさまざまな物質……。電気信号だけでなく、神経修飾物質という化学物質がその液体の中を漂いながら情報をやり取りしています。
エネルギー効率の観点からも決定的な違いがあります。ある計算をする際にAIが消費するエネルギーを200万ワットだとすると、同じ計算をするために脳が必要とするエネルギーはわずか20ワットほど。AIに比べて、脳は非常に省エネなのです。脳は、ハードウェアとしては10万年前からほとんど進化していないと言われています。同じハードウェアのまま、OSのアップデートを繰り返しているのです。脳のエネルギー源は糖分ですが、狩猟採集時代は安定的に糖分を摂取することが難しかったため、脳は極限までエネルギー消費を抑えるようになったと考えられています。
なぜこんなに消費するエネルギーが違うのでしょうか。AIは「答え」を導き出すために、膨大なデータベースの端から端までを検索し、計算します。一方で脳は、「思考のショートカット」ができます。例えばスーパーマーケットで醤油を探す際、棚の端からすべてを見る人はいませんよね。「調味料コーナーはあっちだから、醤油はおそらくあの辺りだろう」と、過去の経験と記憶に基づいて推論します。推論こそが脳の得意技であり、少ないデータとわずかなエネルギーで即座に行動できる理由です。
脳とAI、どちらが優っているかという比較に意味がないのかもしれませんね。
AIは「正解」を導き出しますが、脳は推論によって「納得解」を導き出します。脳はAIのように膨大なデータを処理することはできません。一方で、AIは何万回もの学習が必要なのに対して、脳は1、2回の少ない事例から推論することができます。推論や予測、未知への対応という点では、脳はAIに勝ると思います。
これまで人類は、自分たち以外に高度な知能を持つ存在を知らず、孤独な生き物だと思ってきました。しかしAIの登場により、知能には「脳のやり方」以外のアプローチがあること、そして「文章を書く」「絵を描く」といった創造的行為ですら、脳だけの特権ではなかったことに気づかされました。AIを研究することで、脳の研究がさらに深まる可能性があります。
AIと脳は「鳥の翼」と「昆虫の羽」のような関係です。飛ぶという目的は同じでも、進化の過程も構造も違う。AI時代において、脳がAIを目指す必要はありませんし、AIもまた脳になる必要はないのです。

「知恵ブクロ記憶」という名のフィルター
脳が「思考のショートカット」を行う際、具体的にはどのような仕組みが働いているのでしょうか。
脳は、五感から入ってくる膨大な「生データ」をそのまま処理しているわけではありません。実は無意識下で情報の9割近くをカットしています。飛行機に乗ったとき、大きなエンジン音が次第に気にならなくなるのは、脳が必要のない情報として遮断しているからです。
そして、残り1割の情報を処理する際に、脳はこれまで蓄積した記憶、知識のデータベースに問い合わせます。「5年前に似たような経験をしたから、今回もこういうことだろう」と予測を作り出し、現実を解釈するのです。せっかく目の前に生データがあるのに、5年前の記憶を見るというのはもったいない気がしますが、いちいちすべての情報を精査していてはエネルギーが持ちませんから、これは非常に理にかなった生存戦略です。
この時の問い合わせ先を、私は「知恵ブクロ記憶」と呼んでいます。心理学で言う「メンタルモデル」や「スキーマ」に近い概念ですが、もっと生活に密着した「この世界はこうなっている」という自分なりの法則や処世術のようなもの、うまく説明できないけれど、無意識に出る話し方や自分の生き方などです。
記憶は大きく「短期記憶」と「長期記憶」に分かれます。短期記憶はワンタイムパスワードを一時的に覚えて、用が済んだらすっかり忘れてしまうような記憶です。長期記憶は文字通りずっと覚えている記憶で、歴史の年号など普遍的事実に関する「意味記憶」、「あの時はこうだったな」と思い出す「エピソード記憶」などがあります。これらは言語化できますが、記憶の中には言語化できないものもあります。それが「知恵ブクロ記憶」です。
「知恵ブクロ記憶」を増やし、アップデートし続けることで、予測モデルが作りやすく、ものごとへの解像度が上がります。
「知能」と「知性」の違い、そして「脳の持久力」
AI時代に、人間に求められる「頭の良さ」とは何でしょうか。
私は「知能」と「知性」を分けて考えるべきだと思っています。
「知能」とは、答えがある問いに対して、素早く正確に答えを出す能力のことです。IQの高さや記憶力の良さ、計算速度などがこれに当たります。受験勉強で求められる能力であり、AIが最も得意とする領域です。
一方、「知性」とは、答えがない問いに対して、諦めずに考え続け、向き合い続ける能力のこと。すぐに白黒つけられない曖昧な状態に耐え、悩み続ける力です。「ネガティブ・ケイパビリティ」と近い概念ですが、私は脳科学的な観点も含めて「脳の持久力」と呼んでいます。
「脳の持久力」は著書の中でもキーワードになっていますね。
現代社会、特にビジネスの世界は「VUCA」を超えて「BANI(Brittle:脆い、Anxious:不安、Non-linear:非線形、Incomprehensible:不可解)」の時代と言われています。新型コロナウイルス感染症のように、解決したようで完全には解決していない問題と共に生きていかねばならない状況が増えています。
学生たちと接していると、Google検索やAIに慣れ親しんでいるせいか、「どんな問題にも必ず正解があり、先生はそれを知っているはずだ」と思い込み、すぐに答えを求めたがる傾向があります。しかし、研究もビジネスも、本質的には「答えのない問い」の連続です。AIが瞬時に「正解らしきもの」を出してくれる時代だからこそ、安易な答えに飛びつかず、中腰のまま耐えて考え抜く「脳の持久力」がこれまで以上に重要になります。
「縁の下の力持ち」アストロサイトを最適化させる鍵
「脳の持久力」はどういった仕組みで生まれているのでしょうか。
重要な役割を果たしているのが、「アストロサイト」という細胞です。脳の主役は電気信号を発するニューロンだと思われがちですが、ニューロンは自分で栄養を摂取することも、出したゴミを片付けることもできません。血管から糖分を取り込んでニューロンに渡し、老廃物を除去して環境を整えているのがアストロサイト。いわば、ニューロンの保護者のような、献身的なメンテナンス係です。
脳がエネルギー切れを起こさず、粘り強く働き続けるためには、このアストロサイトが健全に機能していなければなりません。脳は体重の2%ほどの重さしかないにもかかわらず、身体全体の基礎代謝の約20%ものエネルギーを消費する「大食漢」です。アストロサイトの働きが滞ると、ニューロンは栄養不足になり、老廃物が溜まって機能不全に陥ります。
「脳が疲れた」と感じるのは、アストロサイトが疲弊している状態なのですね。
その通りです。「脳疲労」と呼びますが、さらに悪化すると脳内で「炎症」が起きます。台所で火事が起きているような状態です。アストロサイトは免疫機能も担っているため、火消しに追われてしまい、ニューロンへの栄養補給や掃除どころではなくなってしまいます。これがメンタル不調や、うつ病などのメカニズムの一つと考えられています。
現代に生きる私たちは、江戸時代の人が一生かけて得る量の情報をわずか2、3日で消費していると言われています。現代人の多くは、情報の過剰摂取により慢性的な脳疲労、つまり「脳の炎症」状態なのです。脳の持久力を発揮するためには、まずアストロサイトを「最適化」し、脳のコンディションを整える必要があります。

アストロサイトを最適化し、脳の持久力を高めるためには、具体的に何をすればよいのでしょうか。
残念ながらアストロサイトを増やすことはできません。ただ、マウスの実験などから、働きを最適化するための鍵として、「新奇体験(Novel experience)」「情動喚起(Emotional arousal)」「社会性(Social interaction)」の三つが重要だということがわかっています。
一つ目の「新奇体験」は、単に新しい(New)だけでなく、奇妙(Novel)であることがポイントです。過去に似たような経験があり、脳がその記憶から予測を作り出せてしまっては意味がありません。野球選手がゴルフに挑戦するくらいの新しさでは新奇体験とは呼べないのです。知恵ブクロ記憶が通用しない、予測不能な体験をすること。今までやったことのない趣味を始めたり、思い切ってイメージチェンジをしたりするのも良いでしょう。
二つ目の「情動喚起」は、ドキドキ、ワクワクするような、身体的な反応を伴う感情の動きです。三つ目の「社会性」は、他者と関わり、誰かのために何かをすること。人助けをしたり、チームで協力したりすると、脳内で「オキシトシン」というホルモンが分泌されます。これがアストロサイトを活性化させ、ストレスを緩和する効果があると言われています。
私が特におすすめしているのは、「海外への一人旅」です。見たこともない景色(新奇体験)に感動し(情動喚起)、現地の人と身振り手振りでコミュニケーションをとる(社会性)。これらが一度に満たされます。
脳は放っておくと、意識が内側に向く傾向があります。ついつい過去の後悔や将来への不安について考えてしまう。それ自体は悪いことではありません。「過去こうだったから次はこうしよう」「将来こうなったら嫌だから、今のうちに準備しよう」と、クリエイティブで前向きな思考方法です。ただ、脳が疲れてくると歯止めが利かなくなり、「反芻(はんすう)思考」といって、後悔や不安がぐるぐる巡ってしまう。
メンタルに問題を抱える人は、職場の同僚から「怠けている」と思われてしまうケースがありますが、むしろ逆で、脳を働かせすぎている状態に陥っているのです。新しいことをやると脳をフル回転させて疲れるイメージがありますが、内側に向いた意識を外側に向けることができ、脳疲労の回復に効果的です。
脳疲労を予防するために気を付けるべきことはありますか。
脳に大きなストレスがかかるのが、「今やろうと思っていた」ことが何かに遮られること。つまり、自己効力感や自己コントロール感、能動性や主体性が失われている状態です。身近な例だと、「スマホの通知」に振り回されることですね。集中しているときに「ピコン」と通知が来て意識が逸れると、元の集中状態に戻るまでに約23分かかると言われています。これは脳の持久力を寸断する行為であり、大きな社会的損失です。
また、睡眠不足も大敵です。6時間睡眠を2週間続けると、2日間徹夜したのと同程度に脳のパフォーマンスが低下するというデータもあります。まずはスマホの通知を切り、十分な睡眠をとることが、脳の持久力を取り戻す第一歩です。
能動的な失敗が脳を育てる
組織づくりや人材育成の観点から、「脳の持久力」を鍛えるために何をすべきでしょうか。
脳科学的に非常に示唆に富む「ゴンドラ猫の実験」というものがあります。生まれたばかりの2匹の子猫を、1匹は自由に歩き回れる状態で、もう1匹は「歩き回る猫の動きに合わせて動くゴンドラ」に乗せた状態で育てます。すると、入ってくる視覚情報は同じはずなのに、ゴンドラに乗せられて受動的に育った猫は、視覚能力が正常に発達しませんでした。つまり、自ら能動的に動き、試行錯誤を繰り返さなければ、脳の回路は正しく育たないということです。
重要なのは「新しいことに挑戦させて、失敗させること」。繰り返しになりますが、「新しいこと」と言っても、過去の経験を基にした予測で何とかなってしまっては意味がありません。正解が予測できない中で試行錯誤するので、むしろ「必ず失敗する。失敗しなくてはならない」と考えてほしい。私は失敗するために新しいことに挑戦しているくらいです。
ビジネスの現場では、失敗を恐れるあまり、上司が部下に答えを教えすぎたり、失敗しないように先回りして準備しすぎたりする傾向があるのではないでしょうか。それでは部下の脳は「ゴンドラに乗った猫」と同じ状態になってしまいます。自分で予測し、行動し、失敗して、予測との誤差を修正する。このプロセスを経なければ、「知恵ブクロ記憶」は更新されず、本当の意味での経験値にはなりません。
「失敗させない教育」が、かえって成長を阻害している可能性があるのですね。
ですから、これからの組織に求められる「心理的安全性」とは、単に何でも言えるということではなく、「安心して失敗できる環境」であると再定義すべきではないでしょうか。「新しいことに挑戦して失敗しても、それは脳が成長している証拠だ」とポジティブに捉えられる文化を作ることが重要です。
不確実な時代において、リーダーシップのあり方も変わってくるのでしょうか。
これまでの組織はトップダウンのピラミッド型構造が主流でしたが、これからは「リゾーム型」の組織が強くなると考えています。リゾームとは地下茎のことで、中心を持たず、網の目のように広がり、どこが起点になっても機能する構造です。
渡り鳥のV字飛行を思い浮かべてください。先頭を飛ぶ鳥は風の抵抗を一身に受けるため、最も過酷なポジションになります。そのため、次々と先頭を交代しながら飛び続けます。面白いのは、このチームに固定されたリーダーはいないということ。それぞれが状況に応じて役割を変えているのです。また、華道や茶道、能といった和の文化は、「一人の天才に依存しないシステム」を作ったからこれだけ長続きしたという話もあります。
脳の特性は一人ひとり異なります。ある状況ではAさんがリーダーシップを発揮し、別の状況ではBさんが前に出る。誰か一人のカリスマに依存するのではなく、状況に応じて流動的に役割を変え、互いの凸凹を補完し合う。それが、脳科学的に見ても合理的で、持続可能な組織の姿です。
多様な脳が集まることが、組織の強みになるのですね。
面白い取り組みに参加したことがあります。さまざまな分野の研究者が集まり、たとえば脳科学と植物領域など、一見関係のなさそうな分野の研究者がチームを組んで、「好きなテーマを考え、議論してまとめたものをプレゼンする」という企画でした。メンバーの研究領域も違えば国籍も違う。まさに多様性です。
最初は「脳と植物って、何をすればいいんだ」と戸惑いました。ただ、皆で頭をひねって、最終的にはちゃんと着地させました。結果はどうあれ、その取り組みに参加したこと自体がすごく良い経験でした。遊びでもいいので、会社の中で普段は接点がない部署の人を集めてチームを組み、何かワークショップをやってみるのもいいかもしれませんね。
これからの時代の強い組織づくりに必要な考え方をお聞かせください。
繰り返しになりますが、「正解がない」問題に対して考え続ける「脳の持久力」こそが、AI時代に求められる知性です。コミュニケーションやリーダーシップにも持久力が必要で、それを可能にするのが「知恵ブクロ記憶」。予測できない経験を能動的に繰り返すことで、「知恵ブクロ記憶」をアップデートすることが重要です。
覚えておいてほしいのは、「人と人は本質的にわかり合えない」こと。それぞれが異なる経験をし、異なる「知恵ブクロ記憶」というフィルターを通して世界を見ているからです。上司や部下と意見が食い違ったとき、「なんでわかってくれないんだ」と腹を立てるのではなく、「お互いの脳が省エネをして、それぞれの『知恵ブクロ記憶』を見ているのだな」と捉えるだけで、少し寛容になれるのではないでしょうか。
「言わなくてもわかるだろう」というあうんの呼吸は、もはや通用しません。どの人の「知恵ブクロ記憶」にも、非常に大きな価値があります。その価値を最大限発揮するため、わかり合えないことを前提に、それでもコミュニケーションを尽くし、共通のゴールに向かって飛んでいく。まさに「脳の持久力」が問われます。そんな粘り強い対話ができる組織こそが、AIにはまねできない「人間らしい」強さを持つのだと信じています。

(取材:2025年12月8日)
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