企業はソーシャルメディアとどう向き合っていくべきか
「全従業員参加」のリテラシー向上と対策が急務に
国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 准教授
山口 真一さん
私たちの日々の生活や企業活動は、ソーシャルメディアなくして成り立たない時代となりました。誰もが気軽に情報を発信し、受け取ることができる利便性の一方で、企業においては不確かな情報やフェイクニュースを基に批判を受けてしまったり、社員個人による不適切な発言によって自社のブランドイメージを損なってしまったりするリスクも高まっています。企業がソーシャルメディアとうまく向き合い、トラブルを起こすことなく活用していくためには何が必要なのでしょうか。計量経済学に基づくデータ分析の観点からインターネットにおける炎上・誹謗(ひぼう)中傷問題を研究する、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口真一さんに聞きました。
- 山口 真一さん
- 国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 准教授
やまぐち・しんいち/1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学。研究分野はネットメディア論、情報経済論など。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞、電気通信普及財団賞などを受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。
ソーシャルメディアの普及で企業に必須となりつつある「ソーシャル・リスニング」
SNSやYouTubeなどのソーシャルメディアを通じて、誰もが気軽に情報を発信できる時代となりました。特にここ10年の変化は顕著です。山口先生は、ソーシャルメディアの普及によって人々の生活にどのような変化が起きたとお考えでしょうか。
おっしゃる通り、ここ10年でソーシャルメディアは誰にとっても身近な存在となりました。ブログや「2ちゃんねる」が登場したのはインターネット黎明期の2000年前後。そう考えると歴史は長いのですが、当初は一部の人にだけ活用される傾向があり、一般に広がっているとは言えませんでした。その後、mixiやTwitterが一気に人気を集め、2011年以降はスマートフォンが爆発的に普及したこともあって、ソーシャルメディアの一般化が進みました。
ソーシャルメディアは私たちにさまざまな恩恵をもたらしてくれています。従来、情報発信はマスメディアの専売特許と言えるものでしたが、ソーシャルメディアによって、誰もが世界中に発信できる「人類総メディア時代」が訪れました。これによってコミュニケーションのあり方は大きく変わり、ソーシャルメディア上で今まで知り合えなかった属性の人とつながることができ、さまざまな議論を交わせるようになりました。
企業活動の変化についてはどのように見ていますか。
人々の消費行動の変容が、企業活動に大きな影響を与えています。今では、ソーシャルメディア上の口コミ投稿や通販サイトのレビューを見ながら、自分が購入する商品やサービスを決めるのが一般的になりました。
若い人たちにインタビューすると、興味深い事実がわかります。TwitterやInstagramで情報収集するのは当たり前。洋服を購入する際は、お気に入りのショップの店員さんのアカウントをフォローし、その人が勧めるものを買う、といった具合です。
Instagramについては、「インスタ映え」という言葉が何年も前から広まっていることは周知の通りでしょう。私の教え子くらいの世代は飲食店を選ぶとき、口コミサイトではなく、Instagramに投稿されている食事や店舗の写真を見て「雰囲気が良さそうだから」「見た目が良いから」という理由で決めています。自分が発信する材料を得るために、インスタ映えする写真が撮れそうな店を選ぶわけです。
こうした状況を受けて、企業ではソーシャル・マーケティングが必須となっています。自社の公式アカウントを使って発信することはもちろん、口コミを利用して不特定多数に広げていくマーケティング手法である「バイラル・マーケティング」に力を入れる企業も増えています。
企業のソーシャルメディアとの向き合い方そのものも変わりつつあります。例えば、あるホテルチェーンでは、宿泊中の客がソーシャルメディアに書き込んだ「クローゼットが狭い」といった不満に迅速に反応して、別の部屋を提案するといった対応を行っています。わざわざフロントに電話をかけてクレームを言うほどではないけれど満足はしていない。そうした、従来ではキャッチできなかった小さな不満を見つけられることも、企業がソーシャルメディアを活用する意義の一つでしょう。
ソーシャルメディア上の人々の投稿を分析し、商品開発やプロモーションへつなげる「ソーシャル・リスニング」は、今後ますます重要になっていくと考えられます。
フェイクニュースにだまされないための「三つのポイント」
ソーシャルメディアの負の側面として、フェイクニュースと呼ばれる不確かな情報を基に企業や個人が批判にさらされたり、誹謗中傷を受けたりするケースが増えています。
フェイクニュースは私たちが思っているよりも身近で、かつ深刻な問題であると考えたほうがいいでしょう。
私が2020年度に行った研究では、「新型コロナウイルス感染症関連」と「政治関連」のフェイクニュースを10件ずつ用意し、実験参加者のニュースへの接触行動や拡散行動を観察しました。すると、たった20件のフェイクニュースなのに、一つ以上のニュースに接していた人が50%以上、つまり「二人に一人がフェイクニュースに接している」結果となったのです。実際にはフェイクニュースはもっと大量に出回っているので、誰もが一度はフェイクニュースに接触していると考えて間違いないでしょう。
さらに興味深い結果として、政治関連のフェイクニュースに接触した人の中には、それが誤情報だとわかっている人が20%しかいませんでした。実に80%の人がだまされている現実があるのです。
米国ではニュースの真偽の判断についての実証研究も行われていて、「75%の人が自分の判断能力を過大評価している」という結果が出ています。しかも、そういう風に思っている人ほどだまされやすいという結果も同時に出ています。つまり、自分に過剰に自信を持っており、「自分はだまされるわけがない」と思っている人ほどだまされるというわけです。
私たちが不確かな情報を鵜呑みにせず、情報の真偽を見極めるために気をつけるべきことは何でしょうか。
ポイントは三つあります。一つ目はインターネットだけでなく、「リアルな場面での会話で得た情報であっても鵜呑みにしない」こと。私の研究では、フェイクニュースの拡散方法として最も多いパターンは「家族や友人に話してしまう」ことでした。結局、ソーシャルメディア時代になっても一番の情報源は人の口なのです。インターネットに書かれていることに限らず、信頼できる身近な人から聞いた情報にも誤情報はあるのだと認識しておくべきでしょう。
二つ目は、「情報を拡散しようと思ったときには一呼吸置く」ことです。研究の結果、フェイクニュースを拡散する動機としては「怒りを感じたから」が最も多いことがわかりました。他の調査においても、インターネットでは怒りの感情ほど拡散されやすいという結果が出ています。今は簡単に情報を発信・拡散できる環境が整っている一方で、じっくりと考える時間が減っているのかもしれません。情報を拡散する際には、一呼吸置くとよいでしょう。
三つ目は、「わからないことは拡散しない」ことです。例えば新型コロナウイルス感染症には現段階でもわかっていないことがたくさんあります。不確かな情報が拡散される際は、「〜らしいよ」という伝聞が広がるうちにいつしか断定形になり、フェイクニュースとなってしまうことが少なくありません。検証しても、結局のところよくわからない。そんな物事は少なくありません。
事例からひもとくネット炎上の対処策
~言われなき誹謗中傷を受けた場合は「事実関係の公表に徹する」べき~
実際に企業がフェイクニュースによって批判や誹謗中傷を受ける側となった場合、どのように対処すべきでしょうか。
フェイクニュースによって炎上してしまった、二つの事例を基にお伝えしましょう。一つ目は、2017年にチケット販売サイトで起きた「キャンセル騒動」です。
あるチケット販売サイトでミュージカルのチケットを購入したとする消費者が、「取り消し手続きをしていないのにキャンセルされた」とTwitterに投稿しました。すると、このサイトに批判が集まり、インターネット上で炎上する事態となってしまいました。
しかし、チケット販売サイトの運営会社側が事実確認を行ったところ、これは虚偽の投稿だったことが判明したのです。このとき、運営会社が行った対応は他の企業が模範とすべきものだと思います。
同社は「状況を確認したところチケット代金は入金されておらず、従って当社からのチケット発行やキャンセルはありませんでした」と発表しました。虚偽の投稿を行った消費者を責めるのではなく、あくまでも事実確認・発表に徹したわけです。
多くの場合において、企業は強者であり、消費者は弱者の立場です。企業側がどんなに正しくても、淡々と事実関係を述べるにとどめることが望ましいでしょう。それによって、他の消費者はシステムに不備はなかったのだと安心できたわけですから、企業としては何ら問題ないはずです。
二つ目は、2013年6月に起きたチョコレート菓子を巡る騒動です。
ある消費者が、「購入したチョコレート菓子の中に芋虫がいた」とツイートしました。するとメーカーは迅速に対応し、公式アカウントで「現在ツイートされている商品は昨年の12月25日に最終出荷された商品」であること、「写真から判断して30〜40日以内の幼虫だと思われる」ことを発信しました。つまり、実際に虫が混入していたとしても、それは製造過程以降に起きた可能性が極めて高いことを伝えたのです。
さらに、外部サイトを引用して、虫は消費者の自宅など、さまざまな場所で紛れ込む可能性があることを伝えました。これも事実関係の公表に徹していて、かつ他の消費者を安心させた、良い対応のお手本と言えるでしょう。
炎上の原因がフェイクニュースではない場合、つまり実際に自社に非がある場合には、どのような対応が望ましいのでしょうか。
その場合は迅速に動くとともに、謝罪をする際にも事実関係の公表に徹することが重要です。またこのとき、言い訳をしないこと、隠蔽しようとしないことが大前提です。
企業が不特定多数の対象に向けて謝罪をする際のポイントは、「謝罪対象の明確化」と「謝罪理由の明確化」、そして「再発防止に向けた今後の対応策」でしょう。
発生したミスや不祥事をなかったことにはできません。だからこそ企業は明確に事実関係を伝え、かつ多くの人に納得してもらえるように謝罪しなければならないのです。謝罪の内容が不十分でさらなる炎上を招いてしまうケースの多くは、謝罪対象や謝罪理由が曖昧だったり、今後の対応策が不明瞭だったりするものです。
コロナ禍では特に炎上事案が増加している印象もあります。
コロナ禍において炎上が増えているのは事実です。実際に、緊急事態宣言が初めて発出されていた2020年4月のネット炎上件数は、前年同月比で3.4倍となりました。
災害時に「不謹慎狩り」などの行為が増える傾向にありますが、コロナ禍はさらに特殊な事情が重なっています。在宅時間が増えたことによってソーシャルメディアの利用時間が増え、結果的に不快な情報に接する機会も、批判や中傷を書く時間も増えてしまっていることが、炎上しやすい状況をつくっているのではないかと考えています。
脳科学の分野では、他者を攻撃することで快楽物質の一種であるドーパミンが分泌されることがわかっています。社会全体がピリピリしている中で、人々は無意識に誰かをバッシングしたい衝動に駆られているのかもしれません。ソーシャルメディアでは「同調圧力」や「監視」によって、クラスターが発生した店舗が非難されたり、飲みに出かけている人が誹謗中傷を受けたりといったケースが相次ぎました。
コロナ禍の行く先はまだまだ見通せません。今後、また感染者数が増えたり、緊急事態宣言が出されたりするようなことがあれば、ソーシャルメディアでの炎上発生確率が高い状況に入ったと見たほうがいいでしょう。
「関係者だけ」はNG。ネットリテラシー研修は全従業員に実施を
外部からの批判ではなく、企業自らの情報発信に問題があったり、従業員個人の不適切な発言があったりして、自社のブランドイメージを損なうケースが後を絶ちません。このような事態に陥らないよう、人事担当者がネットリテラシーやコンプライアンス意識を啓蒙していくためには何が大切でしょうか。
昨今、企業はさまざまな形でコンテンツを作り、発信するようになっています。ソーシャルメディアの運営に限らず、何らかのコンテンツを外部へ発信しているなら、自社が炎上する可能性を常に想定しておくべきでしょう。「この内容を書けば、こんな反応があるかもしれない」とシミュレーションし、その際の対応もイメージしておく必要があります。
そのために重要なのが、事例とエビデンスを含んだ研修の実施です。過去の炎上事例をひもといていけば、「著作権法違反にあたるもの」や「ジェンダーや政治に関するセンシティブな内容」といった、一定の原因と結果が見えてきます。ソーシャルメディアのアカウントは複数担当制で運用する、災害発生時の情報発信には特に注意する、といったコツを学ぶことも重要です。
そして、これは私が強く伝えたいことなのですが、こうした研修は「全従業員が参加して」徹底的に行わなければなりません。「ソーシャルメディア運営の関係者や若手だけ参加させよう」ではダメなのです。老若男女、役職を問わずに全員に参加してもらうことが大切です。
というのも、インターネット炎上の当事者(書き込み者)に関する調査で、「男性で、年収が高く、役職は係長以上」の人が当事者であるケースが多いという結果が出ているからです。私が講師を担当した企業研修に、社長が参加していることも少なくありません。ぜひ、トップ自ら先陣を切って学んでほしいと思います。
企業によっては、炎上を防ぐために従業員個人のSNS利用に一定の制限を持たせているケースもあります。こうした規制に意味はあるのでしょうか。
個人のアカウントについて、従業員のプライベートまで踏み込んで規制するのは過剰でしょう。ただ、「プライベートで発信する際に企業名を出さない」「会社や事業に関することは投稿しない」といった取り決めを行うのは有効だと思います。その場合、誓約書を取り交わして確実性を持たせたほうがいいですね。
この文脈でもう一つ申し上げるなら、これは企業として判断が難しいことは重々承知の上なのですが、私としては「できるだけ萎縮してほしくない」という思いもあります。
昨今、広告表現にクレームがついて炎上してしまうことが増えています。そうした炎上を恐れる気持ちはとてもよくわかります。しかし、企業が過剰に萎縮すると何の表現もできなくなり、尖った商品をつくれず、市場には中庸的な商品ばかりがあふれかえることになってしまうでしょう。それは社会にとっても消費者にとっても望ましくないことです。みんながみんな、中庸的なものが好きなわけではありませんから。
炎上は時として企業に大きなダメージを与えますが、一方で、炎上させている側の人はごく少数であることが多い。その認識の上で、企業としての対応を判断すべきだと考えます。
採用広報活動を円滑に行うために企業や人事が考えるべきことは
現在では人事担当者自身も、採用広報活動などでソーシャルメディアを活用し、採用候補者と直接やり取りする機会が増えています。こうした取り組みにおいて注意すべきことがあれば教えてください。
広報活動を行うという点では、リスク要因は通常のコンテンツ発信と同じです。ジェンダーの観点でステレオタイプな価値観があったり、差別的な表現を使っていたりすれば、間違いなく炎上するでしょう。もちろんセンシティブな話題に不必要に触れることは慎むべきです。
また、採用候補者と直接やり取りをするのも注意が必要です。ソーシャルメディアやメッセージアプリ上で採用担当者と就活生がつながり、就活生へのセクハラ行為が発覚して大きな問題となった事例もあります。
今はもう、被害者が泣き寝入りする時代ではありません。セクハラが起きた時点で、Twitter上で告発される可能性が高い。ジェンダーやハラスメントに対する研修の重要性が、これまで以上に求められていると思います。それと同時に、このようなソーシャルメディアやメッセージアプリ利用についてもガイドラインを制定することが大切です。
採用広報活動を担当する従業員個人に関心を持ち、執拗にコミュニケーションを求めてくるケースも考えられます。このような場合、企業はどう対処すべきでしょうか。
自社の従業員に執拗につきまとう人は、以前からごく一部でいたと思います。それがソーシャルメディアの普及でよりやりやすくなっているかもしれません。
こうした問題が発生した場合、従業員個人の問題として片付けるのはもってのほかです。会社としてカウンセリングなど、メンタルケアを含めた対処を行うことが大切です。また、ソーシャルメディアのブロック機能を使用して連絡を遮断するなどの対策も考えられます。それでも解決しない場合は弁護士に相談するなど、法的な対応も検討すべきでしょう。
加えて現在は、自社の従業員からいつ告発されるかわからない時代です。「上司に妊娠を告げたら退職勧奨」「男性が育休取得したら地方転勤」など、従業員のソーシャルメディア上の告発によって、悪しき企業体質が明るみになるケースも増えています。その意味では、人事もマネジメントも、これまで以上に真剣に人と向き合う必要があるのではないでしょうか。
これから新たにソーシャルメディアを活用したいと考えている企業や人事担当者も多いと思います。そうした方々へのアドバイスをいただけますか。
さまざまなリスクをお伝えしてきましたが、それでも企業が「ソーシャルメディアを活用しない」という手はないと思います。統計を見ても多くの企業でソーシャルメディア活用の効果が出ていますし、今後も必要性は高まっていくでしょう。求められるのは、不必要に萎縮するのではなく、正しく恐れて正しく利用する姿勢です。
そのためには、年齢や職位を問わず、みんなで研修を行って正しい知識を身につけるといいでしょう。一過性の研修だけでなく、定期的にソーシャルメディアの利用についてのメッセージを発信したり、炎上事例を共有したりすることも重要です。
ある企業では、イントラネット内の研修コンテンツの中に「ネット炎上事例」のコーナーを作り、最新情報を毎週更新する取り組みを行っています。ここまで手間とコストをかけるのは難しいかもしれませんが、ニュースサイトなどでキーワードを指定して情報を集め、月に1回メールで配信するなどの工夫をするだけでも、社内の意識は変わるのではないでしょうか。
ソーシャルメディアでの炎上リスクは、どんな会社にも、誰にでもあります。普段から意識を高めて自分ごと化していくことが大切です。
(取材日:2021年9月30日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。