ヘッドハンターが教える「高く売れる人」の法則
ヘッドハンティング会社「ストーン・フィールド」代表
石原 久美さん
多くの企業で「リーダー人材の不足」が言われています。プロパーの社員を育成するのは時間がかかり、もたもたしていると競合他社との競争に遅れをとってしまうかもしれません。欲しい人材を外部から、今すぐにでも獲得したい――となれば、「ヘッドハンター」の出番! それで即戦力の人材を発掘できるなら効率的ですが、ではヘッドハンターは有能な人材をどのように探し、「高く売れる人材」「タダでも採らない人材」をどこで見分けるのでしょうか。また、企業がヘッドハンターを使うときに気をつけることは何か? 現役女性ヘッドハンターの石原久美さんが、その舞台裏を明かします。
いしはら・くみ●神奈川県生まれ。父親の転勤にともない、小学校の低学年時代をドイツで、高校時代をシンガポールで過ごす。国際基督教大学教養学部フランス語科を卒業後、日本興業銀行入行。国際業務部に配属され、事務職の海外赴任制度第1期生としてロンドン支店勤務を経験。退職後はロンドン・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得し、帰国。人材ビジネスの世界に入る。ラッセル・レイノルズ・アソシエイツなどを経て、2000年にヘッドハンティング会社の「ストーンフィールド」を創業した。主にエグゼクティブ・サーチ(部長・役員クラスの人材探索)を手がける。また、各種メディアでの執筆活動やビジネスセミナーなど講演活動も行う。主な著書に『人材発掘の超プロが教える高く売れる人タダでもいらない人』(KKベストセラーズ)など。
ヘッドハントする人材を探し出すのに特別な方法はない
「ヘッドハンター」というと、企業から有能な人材を引き抜いて別の企業へ売り込むという、そんな派手なイメージがあります。
実際はとても地味な仕事ですよ。たとえば「部長職を探して欲しい」という依頼を企業からいただいたとします。私はその企業のニーズに合った人材を探し出してくる、というわけですが、それをどんな方法でやるか。特別な方法なんて、ないんです。地道にコツコツ、知り合いに聞いたり自分で探したり…。新聞の人事発令をチェックしたり、名簿業者のリストを利用したりという方法もありますが、経験上、それでいい人材にめぐり合ったケースは少ないですね。
いい人が見つかったら、その本人と接触します。企業側とお見合いをしてもらえませんか、と口説くわけですね。首尾よく「お見合い」となり、そこで相思相愛となったら、「結納」「結婚」へとフォローしていきます。そして結婚=商談成立となれば、ヘッドハンターは依頼を受けたクライアント企業から成功報酬をもらう。これが売上となります。
今のケースは、ヘッドハンターが企業の依頼を受注契約してから、そのニーズにぴったりな人材を探す、テーラーメードみたいな感じのヘッドハンティングですが、そうでないケースもあります。もう一つ、よくあるヘッドハンティングのスタイルは、あらかじめ登録してもらっている転職希望者のデータをチェックしながら、それと併行してクライアント企業のニーズも収集して、両者をマッチングするという方法です。一昔前までは、ヘッドハンティングといえばエグゼクティブリサーチが主で、部長クラス以上を対象にした人材探索が多かったのですが、最近では一般社員の紹介もヘッドハンティングと呼ぶ場合もあるようです。
ヘッドハンティングのやり方には大きく2つのスタイルがあるということですが、報酬もさっきの成功報酬型の他に別のスタイルがあるのでしょうか。
エグゼクティブリサーチでは、多くは「リテーナー型」という固定料金に近い報酬のスタイルですね。これは依頼された案件が「結婚」に至らなくてもヘッドハンターはクライアント企業から報酬を得るスタイルで、企業がヘッドハンティング人材のために用意している初年度年収の30~35%程度が支払われます。これだと依頼を受けたヘッドハンターがあまりがつがつせず、腰を据えていい人材を探すことができると言われますが、でも私の場合は逆に、人探しに身が入らなくなる危険性もありますので(笑)、いつも成功報酬型で仕事を請け負っています。成功報酬型でも、ヘッドハンティング人材の初年度年収の30~35%程度がヘッドハンターに支払われます。
初対面の素人にわかりやすい言葉で話ができるか
「これは」と思える人が特定できても、クライアント企業に紹介する前に、その人と会うのですか。
必ず会いますね。会うというプロセスはとても大事です。たとえばその人が有名な企業の部長だからといって、クライアント企業でもバリバリやれるとは限らないでしょう。肩書きだけでは、その人がどんな人間なのかもわかりません。職務経歴書を確認しても、それだって「自己申告」にすぎないわけで、あんまり当てにならない。ともかく本人に会ってみないことにはどうにもならないんですね。
実際に会って、その人の何を見るのでしょう。
まず、私の目を見て話をしてくれて、視線に強さを感じるかどうか。おどおどした感じの人が、じつはできる人だったということはないと思います。それから、話を聞く。初対面で、何事にもずぶの素人である私に向かって(笑)、これまで自分のやってきた仕事について平易な言葉でわかりやすく、具体的な話をしてくれるかどうか。
たとえば、「なんだ、女性のヘッドハンターなの?」と見下した態度を見せたり、業界の人しか理解できないような専門用語を並べて話をしたりするような、そういう「オレ様」タイプはアウトです。今いる会社から新しい会社にヘッドハンティングされても、そんな人が、専門用語が1つもわからない部下や他部門の人間、外部の取引先とどうやって意思疎通を図るのでしょうか。
エグゼクティブリサーチの場合は、ヘッドハンティング先の新しい組織でリーダーとなって新しい部下を束ね、しかも業績を上げる、という役割を担う人を探すわけです。誠実で裏表も嘘もなく、社員の信頼を短期間に得られる人じゃないといけませんよね。相手が誰であっても――女性でも男性でも、年齢が上でも下でも、役職が上でも下でも、不快感を与えずに会話ができるような人。これって、リーダーとなる人ほど大事な資質だと思うんですけど、組織の上へ出世すればするほど失いがちなことでもあるんです。
最終関門は「妻」の理解と賛同を得られるかどうか
ヘッドハンターから声をかけられて、戸惑う人はいませんか。
いますよ。私が会社へ電話したら怒り出した人もいました。「人事部にバレたら困るじゃないか!」って。自分は転職するつもりはないのに、ヘッドハンターと接触していることが知れたりしたら、社内評価に影響するんじゃないかと心配になったのでしょう。でも最近はそんなケースは少なくなって、むしろヘッドハンティングに興味を持つ人がいますね。自分にはいくらの値段がつくんだろう、高く売れるかどうかを、いちどヘッドハンターに聞いてみたい、というわけです。
ヘッドハンターに白羽の矢を立てられたものの、それに応じるかどうか結論が出せずにいる人や、どうしても口説き落としたい人に対しては、どう接するのですか。
自分でヘッドハンティングの会社をつくる前に、エグゼクティブ・サーチの会社にいたのですが、そこは徹底した業績主義だったので、そのときはそういう人に対しては強引に説得したり誘ったり、少し粗っぽいこともしました。でも、今は会社が維持できる程度に売上があればいいので(笑)、私の力で相手の人生を大きく変えてしまうような、そんな無茶なことはしません。私はその人にクライアント企業のこととか仕事の内容などをありのまま伝えるだけで、あとはただ返事を待つのみ。「こうして声をおかけしましたが、○○さんの人生のことですから、結論は○○さんが決めてください。いかなる結論であっても、それが○○さん自身が導き出したものなら、最も正しい結論だと思いますから」って。ちょっとキザですけど、そう少し突っぱねるほうが、転職するにしろ今の会社に残るにしろ、ご本人に覚悟ができるんじゃないかと思うんですね。
ただ、そんなやりとりの後で「転職します」ということになっても、その人の奥さんが「私と子供たちはどうなるんですかっ!」なんて大反対することがあるんです。「いま東証一部上場の有名企業にいるのに、どうして無名のベンチャー企業にヘッドハンティングされていかなきゃならないの」「給料が下がったり、引越ししなくちゃいけなくなったりしたら大変だわ」などと、いろいろ気になるわけですね。私に電話をかけてきて、「ウチの主人の年収、あなたが保障してくれるんですか?」と、いきなり聞いてきた奥さんもいました。夫は新天地でやってみようと覚悟を決めたのに、会社のブランド価値みたいなことで妻から反対されたら、たまりませんよね。
妻の立場からしてみれば、夫の勤務先は名前の知られていない会社より有名企業、東証二部上場よりも東証一部上場がいいし、そうでなければ子供と公園デビューするとき他の奥さんにウケのいい会社じゃないと困る、ということなんでしょうね。そんな妻が世の中にゴマンといるんだと、ヘッドハンターをして初めて知りました。妻の理解と賛同を得られるかどうか――これはヘッドハンティングの仕事の中で、すごく重要なことです。
経営者が人選の物差しを示してヘッドハントを依頼する
今、多くの企業で「リーダー人材が不足している」と言われています。社内でプロパー社員を育成していくのは時間がかかります。他社との競争に勝つために、欲しい人材を外部から、素早くヘッドハンティングする方法は有効と思いますが、企業がヘッドハンターを使うとき気をつけることは何ですか。
ヘッドハンティング会社の大小や知名度で人材探索を依頼しない、ということです。人材を発掘するのは会社ではなく、あくまで個人のヘッドハンターですから。となれば、信頼ができて、相性の合うヘッドハンターを見つけることですね。どういう人なのか知らないヘッドハンターから「この人、有能ですから」と人を紹介されても、不安でしょう。ヘッドハンターと信頼関係を築いて、どういう人材を発掘して欲しいのかという価値観や人選の物差しを経営者が示すことです。
「価値観や人選の物差し」というと、おおげさなもののように思うかもしれませんけど、経営者の人それぞれで、何でもいいんですよ。こんな経験があります。ある金融会社から依頼をいただいて、要件に合いそうかなと思う数人の名前と略歴をお送りしたんですね。で、10分後に折り返しの電話がかかってきて、「石原さん、この人と、この人は絶対やめてくれ」と。こんなに即断即決のケースは滅多にないので理由を聞いたら、「字画が合わない」と言うんですよ(笑)。正直、こんな異質な人選の物差しは初めてで、面食らいましたけど、そもそも経営者の成功体験の基になっているものは、みなそれぞれ違うわけですし、物差しがさまざまあって当たり前なんですよね。字画が合わないからと言われてヘッドハンターの私は「そんなことも知らず、失礼をいたしました」と頭を下げるだけです。とにかく、ヘッドハンターは経営者の欲する人材像にベストフィットする人を探すのであって、その人材像が具体的であるほど仕事がしやすいと言えます。
今後、さらにヘッドハンターの需要が高まるような気がします。
そうですね。企業の雇用形態が、すごく多様化していますからね。新卒から人材を育て上げるというスタイルが崩れつつある一方で、中国などアジア市場に打って出たり、事業を建て直したりする場合、即戦力がどうしても必要になります。新聞や雑誌に求人を出しても、いい人材がなかなか採用できないと言います。そもそも優秀な人材が不足しているのかもしれませんが。
数年前に比べて、ヘッドハンターの活躍の場は確実に増えています。しかし、そのニーズに応えられるだけのヘッドハンターがいるか、というと、少し心許ない。企業は、いい人材をピックアップしようと思ったら、いいヘッドハンターをピックアップしないといけないと思いますね。
(取材・構成=丸子真史、写真=中岡秀人)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。