カギは「トップと現場の共創」と「仕掛けづくり」にあり
クリエイティビティが高まるオフィス空間づくりとは
トップと現場を巻き込み施策もセットで考える
ABWの導入にあたり、どのようなことに気をつけるべきですか。
数年前、都内にある社員50人ほどの企業を調査したときのことです。その企業では雑居ビルから駅直結のオフィスビルに移転するタイミングに合わせて、窓際にファミレス席を配置したり、カフェスペースを設けたりするなど“今どき”のオフィスにリニューアルしました。
しかし、リニューアルの前後で社員にアンケート調査を行ったところ、オフィスの満足度は移転前に比べて上昇したものの、仕事の効率やパフォーマンスのスコアにはほとんど変化が見られませんでした。
なぜ、そのような結果になったのでしょうか。理由の一つとして、その企業がオフィスのリニューアル“しか”行わなかったことが挙げられます。新しいオフィスのコンセプトは総務の担当者と役員で決めたけれど、風土やコミュニケーション改革につながる仕掛けは、何も行われなかったのです。
オフィスを変えれば万事うまくいく、というわけではないのです。空間を機能させるには、やはり現場の協力が不可欠です。部門横断でリニューアルプロジェクトを結成するなど、企画段階から現場の従業員の意見を反映させる企業は多いですね。
さらにうまく運営できている企業では、リニューアル後もプロジェクトを継続させています。例えば、ファミレス席が思ったより使われていない場合は、利用促進につながる施策を考えたり、ファミレス席自体を変えることを検討したり。
ローテーションでプロジェクトメンバーを変えるなど、従業員がオフィスづくりの主役になる仕組みがポイントになってきます。意外と古くからある日本のメーカーで、こうしたやり方をうまく取り入れている印象があります。
ただし、注意しなければならないのは、現場の声を取り入れることに終始しないことです。ボトムアップ主導で進めると、「ロッカーを増やして」「きれいなトイレが良い」など、たくさんの意見が出てきます。従業員の要望を聞くことは悪いことではありませんが、それだけでは今までのオフィスの延長上のものしかできません。
経営者が「これが新しい働き方だ!」とトップダウンで進めても、エッジが効きすぎて現場が持て余してしまう。一方、ボトムアップでも期待するほどの効果は得られない……。トップダウンとボトムアップのバランスをとることがとても重要です。
トップダウンとボトムダウンのすり合わせがうまくいった事例があれば、教えてください。
少し前の事例になりますが、コニカミノルタの本社移転プロジェクトは良い例だと思います。当時の売り上げの7割以上を占める情報機器事業について「モノからコトへ」の変革課題を設け、まずは自社の働き方で実践しようとしたのです。30代の従業員を中心にプロジェクトチームを編成し、移転前から価値創造のための理想の働き方を徹底議論。さらに情報発信に努めるなど、従業員の当事者意識を高めていったそうです。
その結果、出来上がったのが、「丸の内2丁目舞台化オフィス」です。オフィスを取引先との交流を深め、創造的な働き方を実践する“舞台”と捉え、自社の製品やソリューションを活用した空間をつくり上げました。ナレッジの共有や部門の垣根を超えた交流が増えただけでなく、外部の見学もオープンにすることでショールームとしての役割も果たしています。
大がかりなリニューアルではないにしろ、カフェスペースやコミュニケーションスペースの設置などを行う企業も増えていますね。
ただし、場所を設けるだけではうまく機能しません。場を利用してもらう何かしらの仕掛けが必要になるでしょう。うまくいっている企業では、一般的なコワーキングスペースのカウンターにコンシェルジュがいてビジネスの相性がよさそうな人を紹介したり、ラウンジエリアでイベントを開催したりするなど、利用者同士の化学変化が起こるように仕掛けています。
これらを踏まえると、特に初期の頃は世話好きなスナックのママのように、場と人、人と人をつなぐ存在が必要なのだと思います。そしてある程度回り始めたら、「私がつなぎ役をやるよ」と次のママ候補が出てくるかもしれない。新しい空間を組織に定着させ、機能させるためのひと工夫があるかないかで、成否は変わってきます。
ITベンチャーなどで見られる、地方のサテライトオフィスなどはいかがですか。
環境を変えることによるリフレッシュ効果はあると思います。ただし、東京などの都市部に集積する情報量は比較になりません。実際に都市経済学や地理学の研究で、クリエイティブの側面における都市部のメリットは明らかになっています。
仕事自体は距離が離れてもオンラインで対応できますが、ワークショップやカンファレンスで新しい情報に触れたり、著名なクリエイターや技術者と直接話したりする機会は、都市部のほうが圧倒的に多い。その点を踏まえると、半年から1年程度の赴任は良いとしても、永住を前提とした人員配置やオフィス機能の地方移転は一考の余地があるように思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。