大災害が起きた時に社員の安全を守る
人事が知るべき「帰宅困難者対策」とは(前編)
東京大学大学院 工学系研究科 准教授
廣井 悠さん
なぜ企業に「帰宅困難者対策」が求められるのか
廣井先生は災害時に「従業員を職場にとどまらせ、自宅に帰らせないようにすること」を重要視されていますが、あらためてその理由をお聞かせいただけますか。
「東日本大震災」の時、多くの人が徒歩で自宅に帰ろうとしました。その結果、いくつかのスポットは密集状態になりました。しかし調査したところ、歩いて自宅に帰った人の約半数が「時間はかかったが、無事に帰宅できた」と回答していました。また、多くの人が「次に同じ状況になっても、同じように帰る」と回答していました。これは将来的に「首都直下地震」が起きることを考えた場合、非常に忌々しき問題です。
東京都に勤務するビジネスパーソンが皆、一斉に帰ったとしたらどうなるのかをシミュレーションしたところ、1㎡の面積に6人が存在する過密状態があちこちで発生する、という結果が出ました。これは電話ボックスの中に6人が詰め込まれている、まさに「すし詰め状態」です。また、1時間に3kmも進まないノロノロの大渋滞が、東京23区の主要幹線道路の各所で起きることも分かりました。東日本大震災とは全く異なる状況になる可能性もあるわけです。
「東日本大震災」の時、東京都では最大震度5強でしたが、メールは通じました。それなりに安否確認もでき、建物もほとんど壊れることがありませんでした。ほとんどの人は、時間がかかったけれど無事に家まで帰り着くことができた。この時の「成功体験」があるため、将来的に「首都直下地震」が起きた時、またみんなが一斉に帰ることも十分にあり得ます。しかし、みんなが一斉に帰ってしまうと、強震下では群衆雪崩が起きる可能性が大です。また、建物の倒壊が起きて道がふさがってしまい、消防車や救急車が動けない事態となることも予測されます。
このような事態にならないよう、実は「東日本大震災」が起きる前から、行政では「帰らせない」ことが安全面からも重要であることを強く認識していました。また一方で、企業に事業をしっかりと継続させることが大事であることを方針としていました。ただ残念ながら、その方針が企業には正しく伝わっていません。
しかし、帰宅困難者対策をきちんと実施すれば、被害はかなり防げると考えています。半分の従業員を帰宅させなかったらどうなるかというシミュレーションを行ったところ、過密空間がかなり減少することが分かりました。なおその場合、車も迎えに行かないことが重要です。シミュレーションでは、迎えに行かないだけで東日本大震災の時の交通渋滞を下回る、という結果も出ています。
では、そのために何が重要かというと、企業の人たちはまず自社に留まることであり、その上で、受け入れを希望する屋外滞留者の人たちを受け入れるスペースを確保すること。私は最低限、応急対応や火災対応が本格化する最初の24時間くらいは、留まってほしいと考えています。もちろん、企業には相応の負担がかかりますが、帰宅困難者対策として間接的に災害を減らすことの重要性を、今後は地域の一構成員として認識する必要があるのではないでしょうか。もちろん大企業だけではなく、圧倒的に数の多い地域の中小企業の協力が不可欠であるのは言うまでもありません。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。