多様な働き方の一つとしてのワーケーション
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主席研究員 的場 康子氏
1.テレワークの発展形としてのワーケーション
2022年6月、デジタル技術で地域活性化を目指す「デジタル田園都市国家構想基本方針」が閣議決定された。都会から地方への大きな人の流れをつくるため、デジタル技術により地方でも都会でも同じように仕事ができる環境を整備する方針が示され、その一環として、全国にサテライトオフィスの整備を促し、ワーケーションの推進が図られることとなった。
ワーケーションとは、観光庁によれば「Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語。テレワーク等を活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすこと」と定義されている。
ワーケーションを普及させるためには、多様な働き方を定着させることが必要であるが、特にテレワークはワーケーション推進の前提である。テレワークの実施率をみると、新型コロナウイルス感染症の感染拡大前の2019年12月時点では、全国で10.3%であったが、コロナ禍を経て、2021年9-10月には32.2%となっている(図表1)。一時的に感染拡大がおさまったかのように見えた時期には、出社勤務が多くなりテレワークの実施率が下がったが、それでも新型コロナウイルス感染拡大前の水準には戻らずに、3割台をキープしている。
ただし、地域によってテレワークの実施率に違いがみられる。2021年9-10月時点の実施率は、東京都23区では55.2%であるが、地方圏では23.5%に止まる。今後、ワーケーションの推進により、地方で観光資源等を活かしつつサテライトオフィスなどテレワーク環境の整備が広がれば、地域内外からのテレワーカーを増やすことにつながり、テレワークの地域間格差を縮める可能性もあると思われる。
2.ワーケーションにはどのようなものがあるか
ワーケーションの導入状況について、観光庁が2021年11月に実施した調査によると、ワーケーションの導入率は5.3%、導入を検討している企業は12.7%である(図表2)。同庁の2020年度調査(2020年12月22日~2021年1月21日調査)では、ワーケーション導入率は3.3%であったので、増加傾向であることがうかがえる。
ワーケーションには休暇型と業務型がある。休暇型とは、有給休暇を活用して、観光地での旅行中に一部の時間を利用してテレワークを行うものである。有給休暇や土日を組み合わせることで、社員が選んだ滞在先で、勤務日の業務時間はテレワークを行い、休日や業務時間の前後には自由に余暇を楽しむことができる。家族旅行と組み合わせれば、親が仕事をしている間は、子ども達は観光やアクティビティに参加し、業務終了後は家族で一緒に過ごすこともできる。
他方、業務型は、地方に出向き、その地域の観光資源などを活用しながら業務を行うものであるが、実施形態によって、地域課題解決型、合宿型、サテライトオフィス型に分かれる。
地域課題解決型のワーケーションは、地域の人々との交流を通じて、「災害復興」「伝統産業の再興」「魅力開発」など、地域が抱える固有の課題解決に取り組むものである。社員の人材育成や、企業による新規事業開発、地域活性化など、様々な効果が期待されており、「地方創生」の一方策として、今後も注目されるワーケーションである。
合宿型は、温泉地やリゾートなど、通常の勤務地とは異なる場所で職場のメンバーと議論を交わしたり、ワークショップをおこなったりするワーケーションである。チームビルディングや社内コミュニケーションの活性化、新規事業・商品の開発などの効果が期待できる。テレワークが常態化し、1人で集中して仕事をする「ソロ・ワーク」の機会が増える中で、社員の結束や求心力の低下を危惧する企業も多い。日常的にはリモート環境下であることが多いからこそ、あらためて、企業理念の浸透を図ったり、人々が集い、コミュニケーションする「つながりの場」の再構築が求められている。
サテライトオフィス型は、サテライトオフィス、シェアオフィス、コワーキングスペースなどで勤務をするワーケーションである。自社で設置したサテライトオフィスを利用するケースもあれば、自治体や他企業が設置した共用型のサテライトオフィスを法人契約などにより利用するケースもある。サテライトオフィスの設置、利用を通じて地域の様々な企業や人がつながり、移住の促進や新たなイノベーションが生まれる可能性も期待されている。
「デジタル田園都市国家構想」では、2024年度末までに1,000の地方自治体にサテライトオフィスを設置する目標を掲げている。サテライトオフィスの全国展開は、人々の働く場所の選択肢を増やし、ワーケーションの普及につながることも期待される。
この他、ワーケーションと類似の働き方として、出張の機会を活用し、出張先などで滞在を延長するなどして余暇を楽しむ「ブレジャー」というワークスタイルもある。ブレジャーは、business(仕事)と leisure(余暇・休息)を組み合わせた造語である(観光庁)。出張の機会(仕事)を前提にして余暇を過ごすスタイルであり、ワーケーションよりも仕事と余暇の区別をつけやすいといわれている。
このように、ワーケーションには様々な実施形態がある。実際、どのようなタイプのワーケーションを実施している企業が多いだろうか。ワーケーションを導入している企業の中で実施形態別の割合をみると、「休暇型」が最も多く、次いで「地域課題解決型」が続いている(図表3)。
「休暇型」は、そもそも有給休暇の取得促進のために導入が始まったものであり、今でも多くの企業にとって「定番」のワーケーションであることがうかがえる。他方、最近では「地域課題解決型」が注目されている。自社の特性を活かし、成長のための事業施策として「地方創生」に結びつけて実施されることが多い。
3.ワーケーションの普及のために
ワーケーションを実施している企業は少しずつ増えているとはいえ、まだ一部の企業に限られており、広く普及しているとは言えない状況である。なぜ、多くの企業はワーケーションを導入していないのだろうか。
ワーケーションを導入していない理由をたずねた調査によれば、「業種としてワーケーションが向いていない」が最も多く、約6割の企業が回答している(図表4)。次いで、「『ワーク』と『休暇』の区別が難しい」「ワーケーションの効果を感じない」「テレワークですら導入していないためワーケーションまで検討できない」が続いている。
基本的に、ワーケーションはテレワークが前提であるため、テレワークができなければワーケーションの導入は難しいとされている。テレワークの実現に向けて、ITインフラ整備など、ワーケーションの導入可能性を検討することが求められる。
他方、例えば美容師や調理師、介護従事者など対人サービスを担う職種にテレワークは適さない。しかしながら、そうした職種でも地域を移動して活動できれば、テレワークはできなくてもワーケーションはできるという考え方もあるのではないか。テレワークにとらわれずにワーケーションの可能性を検討する必要もあると思われる。
「ワーク」と「休暇」の区別の難しさについては、就業規則にワーケーションのルールを定め、社員に周知を図ることで、ワーケーションの働き方の理解を浸透させることが重要である。そのためには、たとえば、有給休暇を半日や時間単位で取得可能にしたり、コアタイム無しのフレックスタイム制度を導入したりするなど、勤務形態の見直しや、宿泊や移動にかかる費用負担のあり方についての検討が必要な場合もある。
費用については、ワーケーションを導入している企業の中には、ワーケーション手当を支給したり、上限金額を設定したりしている企業も見られる。日本経済団体連合会から公表された「ワーケーションモデル規程」(2022年7月)も参考になるだろう。
4.リモート環境下での「つながり」を維持するワーケーション
ワーケーションをきっかけにして、地域の人々とつながり、地域の課題解決に取り組み、ともにまちをつくっていく。そのような「地域創生」に向けてのワーケーションが、いま「デジタル田園都市国家構想」の中で特に注目されている。
しかしワーケーションの意義はそれだけではない。テレワークが常態化したことにより、働き方の柔軟性は高まったものの、社員同士のつながり、結束力の維持にも注力することが求められている。ワーケーションは、リモート環境下での「つながり」の可能性を広げる働き方でもある。
たとえば、プロジェクトチームなどによるアイデア出しやイノベーション創出を狙いとしたワーケーションは、チームビルディングの強化を図る一つの手段ともなりうる。「リフレッシュ」や「休暇の取得しやすさ」などに効果があるとされているワーケーションであるが、コミュニケーションの活性化に向けた工夫を行うことにより、社員のつながり意識を高め、エンゲージメント向上に寄与する可能性も期待できる。
働く人々のライフスタイルに寄り添い、柔軟な働き方を可能にすることで、企業のイノベーションを生み出し、地域活性化にも寄与する「ワーケーション」。今後、多様な働き方の一つの選択肢として、多くの企業の創意工夫によりワーケーションが展開されることに注目したい。
【参考資料】
- 一般社団法人日本経済団体連合会「企業向けワーケーション導入ガイド-場所にとらわれない働き方の最大活用」2022年7月19 日
- 小池理人「ワーケーションによって生み出されるメリットと普及のための課題~企業、従業員、地域が三方良しとなる新たな旅の形の在り方~」2021年10月7日
- 小池理人「ワーケーションによる観光需要の平準化~コロナ禍を奇貨として、育ちつつある新規需要の萌芽~」2021年8月4日
第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
https://www.dlri.co.jp
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。