社会人の学び直し調査
―文系専攻者の理転に着目して―
概要
研究の目的
本調査の目的は、リスキリングに対する労働者の意向や、転職活動に伴う勉強時間などの実態を把握し、転職希望者や学び直しを行う人々が直面する課題や支援ニーズを特定することにある。特に、STEM分野における人材不足解消に向けた効果的な支援策を検討するために、文系学部卒業者がSTEM分野へキャリア転換する学び直しの実態を明らかにし、その実現可能性を探る。さらに、新しい人材育成手法として注目される越境学習への認知度や参加意欲についても調査する。
研究の方法
調査会社のモニター登録会員を対象にしたインターネット調査。
対象:雇用者(全国の23~59歳。正社員・大学卒以上に限定)
調査期間:2024年1月11日~1月29日
主な事実発見
1~5については第4章の結果に基づいている。
1.リスキリング意向
調査対象者にリスキリングの意向を尋ねたところ、半数以上がリスキリングに消極的であり、リスキリングの必要性を感じていない人が多い。職種別に見ると、リスキリングを希望する割合は「IT系の専門・技術・研究職」が49.4%と最も高く、次いで「IT系以外の専門・技術・研究職」が40.1%、「文系職種」が38.7%となった。特に「IT系の専門・技術・研究職」でやや高い傾向が見られる。
2.転職経験と勉強
転職経験者に、現在の勤め先への転職理由を尋ねたところ、「給与や待遇の改善のため」が最も多く、特に現職がIT系の専門・技術・研究職では5割を超えており、より高い給与や待遇を求めて転職を考え、実際に転職していることがわかる。 次いで、「前の企業の将来性に不安を感じたから」が約3割、「キャリアの幅を広げるため」が2~3割、「希望していた職種につくため」が2割前後となった。一方で、「将来AIなどに仕事が奪われる不安を感じたから」という理由は1~2%と少なく、AIによる職業の影響に対する懸念は転職理由としては重要でないことが示唆される。
転職時に勉強をした者を対象に勉強方法を尋ねたところ、「独学で勉強した」が69.4%と最も多かった。転職のために要した勉強期間については、転職者全体の44.5%が「ほとんどなし」と回答している。「転職のために何らかの勉強をした者」に限っても、「ほとんどなし」の割合は29.8%に達し、その一方で「半年から1年未満」が11.4%、「1年以上」が13.3%と、長期間勉強する者も一定数いる。
転職のための勉強経験者が100時間以上勉強している割合を勉強方法別に見ると、「専門学校・大学・大学院などに通学した」(56.8%)、「オンライン・スクールに入学し、学んだ」(53.8%)、「国や都道府県などの公共職業訓練を受講した」(49.0%)の順に高く、学校や公的訓練を利用した場合に勉強時間が長くなる傾向がある。
転職者に転職に必要な勉強を行う際にあれば良かった支援を尋ねたところ、勉強を行った転職者の44.8%が「特に無い」と回答した。一方、求められる支援としては、「何をどう勉強すべきかなどの助言」が29.5%と最も高く、次いで「勉強にかかった費用の補助」が25.4%、「キャリア・コンサルタントへの相談」が20.4%、「勤務時間への配慮」が12.1%となった。
3.文系専攻・現職文系職種に対する理系職種転換
文系学部を卒業し、現在文系職種に従事している者に対して、過去に理系職種への転職を希望したことがあるか尋ねたところ、82.8%は理系職種で働きたいと考えた経験がなかった。一方、働いてみたいと考えたことがある者は17.2%であり、希望する職種の内訳は「IT・情報科学系エンジニア」が10.6%、「自然科学系の研究職」が6.3%、「自然科学系のエンジニア・技術職」が3.4%であった。さらに、理系職種に関心を持った者に対して、実際に専門・技術・研究職の仕事を探したことがあるか尋ねたところ、25.1%が実際に探した経験があると回答した
理系職種への職探しを行い就職に至った割合は24.9%であり、75.1%は就職に至らなかった。就職できなかった理由として最も多いのは「未経験では仕事が見つからなかった」46.2%、次いで「就職活動で採用されなかった」31.1%、「勉強する時間が取れない」21.9%などが挙げられた。
4.自己啓発の取り組み
職業能力・スキル向上を目的とした自己啓発の実施状況を調査した。自己啓発を行った割合は、「現職がIT系の専門・技術・研究職」で46.3%、「IT系以外の専門・技術・研究職」で37.6%、「文系職種」で34.6%であった。特にIT系の専門・技術・研究職では自己啓発を行う割合が高く、これは技術革新のスピードが速く、継続的な学習が求められる分野であることが影響している可能性がある。
自己啓発の目的については、転職や独立などのキャリアチェンジを目指す人が約3割にとどまる一方で、7割以上は転職や独立を想定せず、現職でのスキル向上や自己成長や業務の効率化を目的としている。
自己啓発の勉強方法としては、「独学」が6割弱と最も高く、「YouTubeなどを見て勉強した」「オンライン学習ツールを活用した」がそれに続いている。「現職 IT系の専門・技術・研究職」は「オンライン学習ツールを活用した」割合が特に高かった。
5. 越境学習を目的とした人材育成策
越境学習を目的とした人材育成策を導入している企業は13.5%、従業員規模が大きくなるほどその割合が高まり、1,000人以上の企業では19.6%に達する。認知度については、企業規模にかかわらず約2割が「初めて聞いた」と回答している。
越境学習の経験や意向については、「やってみたいとも思わない」とする割合が5割を超える一方、「やってみたい」と考える人も4割弱いる。特に、現職の勤務先企業に越境学習制度がある場合、「越境学習をしたことがあり、今後もやってみたい」とする割合が16.8%と高く、制度の有無が越境学習への関心や実施率に影響を与えていることが示唆される。また、自己啓発実施者や、リスキリング希望者ほど越境学習への関心が高いことから、学習意欲の高い人ほど越境学習に前向きである傾向が見られる。
6.文系専攻者のSTEM職への移行とその変化
初職の入社年ごとに、専攻と職業移行パターンを確認すると、「ずっと文系(文系専攻-文系職種)」が減少する一方、「初期理転(文系専攻-初職で理系職)」が2010年代後半から急増し、「中途理転(文系専攻-途中から理系職)」も増加傾向にある。このように、文系専攻者のSTEM職への移行が進んでいる。特に「初期理転」の増加は、ITやデータサイエンス分野の拡大による影響が考えられる。
7.本調査を用いた分析事例
第5~第7章は、本調査のデータを用いて、集計や計量分析を行った結果である。
第5章では、大学の専攻と職種の一致に関する賃金プレミアムを計測した。「ずっと理系」は「ずっと文系」に比べて約5%の賃金プレミアムがある。また、文系専攻から初職においてSTEM職に転換した「初期理転」は、時給で2~3%のプレミアムが確認された。一方、キャリア途中で理転した「中途理転」には統計的に有意な賃金向上は見られず、学び直しを通じたキャリアチェンジが賃金面で報われにくい実態が明らかになった。
第6章では、STEM専攻の女性は男性よりもSTEM職に就く割合が低く、初職では男性80.0%に対し、女性は61.4%にとどまることが確認された。さらに、男性は管理職への昇進に伴いSTEM職の割合が減少するが、女性はSTEM職から管理職ではない文系職へ移行しやすい傾向がある。また、専攻は男女間の賃金格差にも影響を与える。STEM専攻は賃金の高いSTEM職に就業しやすいが、女性は文系専攻を選ぶ割合が高く、相対的に賃金の低い文系職に就く傾向がある。加えて、STEM専攻者は大学院進学率が高く、それが高賃金職への就職機会を増やすが、女性のSTEM専攻率の低さから、大学院進学を通じた高賃金職へのルートが制約される。これらの要因は男女間の賃金格差を拡大させ、特に高賃金分位で顕著である。
第7章では、労働者の自己啓発の実施には、キャリアの主体が影響を与えていることを確認した。会社主導のキャリアを持つ労働者の方が自己啓発を実施する傾向があるが、自己啓発時間は個人主導の労働者の方が長いことがわかった。企業からの自己啓発支援制度は自己啓発行動を促進する一方で、自己啓発時間の長さは、個人のキャリア意識が影響し、特に、転職・独立を志向する労働者や、日々の仕事の改善、リスキリングに積極的な労働者ほど、自己啓発時間が長い傾向がある。
◆本調査の詳細は、こちらをご覧ください。
(独立行政法人労働政策研究・研修機構/4月3日発表・同法人プレスリリースより転載)