人に対する「思いやり」なくして、
人材ビジネスは成り立たない
株式会社パソナグループ代表取締役グループ代表
南部靖之さん
多様な働き方が求められている
正社員で働くことをよしとして、非正規社員で働くことは悪である、そこに雇用問題の原因がある、というような風潮があります。
必ずしも皆が、正社員で働きたいと思っているわけではありません。それぞれ、いろいろな事情を抱えています。ライフステージにふさわしい働き方をしたいと思っているわけです。そのことを理解し、支援しなければならないのに、正社員以外は認めない、正社員以外の雇用形態が悪いと決め付け、働き方の多様性を理解しようとしない人が非常に多いのです。
また、日本社会では、いったん正社員でなくなると、クレジットカードを持つのが難しくなったり、マンションも借りにくくなったりするなど、いろいろな面で不利な状況に置かれます。そういう立場になって初めて、正社員以外の人たちがいかに厳しい状況に置かれているかを知ることになるのです。
本来、働き方とは多様であるべきですね。
ある女性の例ですが、彼女は当初、大手の保険会社に勤めていました。その後、親の介護の問題があって、会社を辞めて地元に戻ることになりました。ところが、地元には思うような仕事がありません。また、年齢的な問題もありました。やっと見つけた会社があったものの、給与は相当下がりました。福利厚生もお粗末なものでした。マネジメントと言えるようなものは存在せず、労働環境は非常に劣悪でした。これではどうしようもないということで、地元にあるパソナの支店に入りました。すると、以前勤めていた保険会社に派遣されることになったのです。給与は大きく上がり、教育制度や福利厚生制度も充実している。これも、派遣という形態だからこそできたわけです。
私は創業時から、家庭の主婦が相応に働けるよう大企業と遜色ない労働環境を作っていこうと考えました。例えば、福利厚生を充実させるためにベネフィット・ワンという会社を作りました。そして、教育制度を充実させました。産業医を置いて、健康管理にも努めました。優秀な人材を確保して、いい仕事をしてもらうためには必要なことです。これも人に対する「思いやり」です。
新卒未就労問題への対応
ところで最近、何か力を入れている取り組みはありますか。
今、力を入れていることの一つに、新卒未就労者を対象とした就労支援プログラム「フレッシュキャリア社員制度」があります。近年、大学や短大などを卒業する若者10万人前後が就職を希望しながらも就職することのできない状態が続いています。
今の日本では、卒業しても企業に就職しなければ教育を受ける機会を失い、基本的なビジネススキルの習得ができなくなります。その後のキャリア形成にも大きな影響を及ぼします。事実、そのような状態で5年、10年と経った結果が、現在百数十万人にも及ぶと言われるニート・フリーターの問題です。しかし、この問題に対して企業も政府もなかなか有効な施策が打ち出せていません。
いずれにしても、このような状態を放置すると、毎年10万人前後のニート・フリーターの予備軍が生まれます。この状況を何とかするために作ったのが「フレッシュキャリア社員制度」なのです。
働く意欲がありながら就職できなかった新卒者を、パソナのフレッシュキャリア社員としました。契約社員という雇用形態で、パソナグループ内、またはパートナー企業(派遣先企業)で働いてもらうというものです。給与は勤務日数に応じて支払います。この制度の大きな特徴として、研修が充実している点が挙げられます。「人材創造大学校」という機関で、仕事に必要なヒューマンスキル・ビジネススキルを学び、メンターによるカウンセリングを実施します。また、面接対策や職務履歴書の書き方のアドバイスなど、就職サポート体制を充実させました。福利厚生もパソナ社員と全く同じ内容を提供します。
現在、大卒者が企業に入っても3年で3割が辞める状況にあります。多くは仕事内容のミスマッチが原因です。それを解決するために、「フレッシュキャリア社員制度」では、パソナの営業担当者と一緒に中小企業を中心に、いろいろな企業について学びます。すると、「中小企業でもこんないい会社があるのか」という発見があります。一方、中小企業からも「優秀な若い人材がいるなら来て欲しい」という話が出てきます。このようなインターンシップという形で「見合い期間」を作りました。
彼らには徹底した教育を行って自信を付けさせた上で、営業担当者と一緒に自分を売り込みにいきなさいと言っています。このような目標を持たせると、自ずと結果が付いてきます。こうした実効性のある仕組みを作ることで、大卒者の就職問題を解決しようとしているのです。事実、「フレッシュキャリア社員制度」で就職した人は、ほとんど辞めていません。お互いに十分な「見合い期間」があったから、ミスマッチを防ぐことができたのです。
ところが、通常のインターンシップは期間があまりにも短すぎて、企業の本当の姿を知ることができません。また、大学側も大企業のインターンシップを紹介するばかりで、それは就職問題に対して、有効な手立てとなりません。実際、大企業の採用枠で全ての学生が就職できるわけがないのです。だからこそ、就職問題を本気で考えるのなら、本人の意向や適性を考え、中小企業や出身地にある地方企業にも目を向けるべきなのです。
2010年から始めたこの制度の下、これまで約4000人の就職支援を行ってきましたが、今年度からは新たに最長3年間をパソナの社員として採用する「ギャップチャレンジプログラム」として拡大します。このプログラムでは「グローバルビジネス」「農業経営」「ベンチャー起業」の三つのコースで募集し、共通プログラムとして兵庫県淡路島で3ヵ月間、座学やOJTを織り交ぜた基礎研修を実施します。島内では農業実習にも参加させ、社会人に必要なコミュニケーション力を養うほか、ビジネスに関する専門的な講座を提供します。基礎研修を修了した後は、専門コース別に首都圏や関西圏、淡路島内で就労機会を提供し、日本の将来を担う人材の育成に努めます。
このような形で、パソナグループでは「学校卒業=就社」というこれまでの就職スタイルだけではなく、卒業後も社会経験を通じて若者のキャリア形成を支援し、多様な価値観に応じた新しい就職スタイルを提案することで、若者がイキイキと社会で活躍する雇用インフラの創造を目指します。
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。