スズキ、30年ぶりの人事制度改革
――「個の成長」と「稼ぐ力」の向上を図りながら人財育成を進める、対話と覚悟のストーリー
スズキ株式会社 人財開発本部 人財開発本部長
福田 尚さん

100年に一度の大変革期にある自動車業界で、スズキ株式会社は2024年4月、約30年ぶりとなる人事制度の全面刷新を断行しました。長年続いてきた年功的な要素を見直し、「個の成長」と「稼ぐ力」にフォーカスした新制度への移行は、カリスマ経営からの脱却とチーム経営への転換を象徴する動きでもあります。その根底に流れているのは、効率性のみを追求するドライな成果主義ではなく、経営トップの強い意志と、社員を家族のように思う温かな社風でした。改革をけん引した人財開発本部長の福田尚さんに、異例のスピード導入の裏側、現場の意識変革を促す独自の対話プロセス、新制度に込めたメッセージについてうかがいました。

- 福田 尚さん
- スズキ株式会社 人財開発本部 人財開発本部長
ふくだ・たかし/1998年にスズキ株式会社入社。国内にて営業を経験後、研修センター講師、四輪海外営業(営業企画、中南米担当)を経て、社長秘書を約4年半務める。2023年1月人事部長に就任し、約30年ぶりとなる人事制度改革プロジェクトを主導。2025年より現職。営業現場と経営中枢の両方を知る立場から、組織風土の変革と人財育成に取り組んでいる。
「カリスマ経営」から「チーム経営」へ
今回、スズキでは約30年ぶりとなる抜本的な人事制度改革を行われました。四半世紀以上もの間、既存の制度が維持されてきて、なぜ「今」このタイミングで、これほどドラスチックな改革が必要だったのでしょうか。
最も大きな要因は、経営体制の移行です。当社は長らく、鈴木修(元会長。2024年逝去)による強力なトップダウン型の経営、いわゆるカリスマ経営によって成長を遂げてきました。その間一貫して「安定した持続的な成長」をしていく一方で、社員に対して、急激な変化やリスクを負わせるのではなく、安定した生活を送ってもらいたいという親心のような思いがあり、結果として、制度を大きく変えず、年功序列的である意味で保守的な人事制度が約30年間維持されてきたのです。
しかし、自動車業界は今、電動化や自動運転など「100年に一度」と言われる大変革期に直面しています。変化のスピードはすさまじく、現在の社長である鈴木俊宏を中心とした「チームによる集団指導体制」へと経営のかじを切ることになりました。例えば技術部門の組織改編や意思決定プロセスの見直しなど、社内のあらゆる構造改革を進めていく中で、最後の仕上げとして残っていたのが「人事制度」だったのです。新しい経営体制の下、変化に対応できる組織を作るためには、そこで働く「人」の意識や行動を変える仕組み、つまり人事制度の刷新が構造改革の最後の仕上げでした。

スズキの小型乗用車、新型「クロスビー」。
同社は、四輪車・二輪車・船外機・電動車いす等を製造・販売する、大正9年設立の企業
今回の人事制度改革では、「個の成長」や「個の稼ぐ力」というキーワードを強く打ち出されています。「組織」ではなく、あえて「個」にフォーカスを当てた意図はどこにあるのでしょうか。
当社の社風と関係しています。当社はこれまで業界内で決して規模の大きい会社ではありませんでしたし、社員一人ひとりを見ても、最初から突出した能力を持つエリート集団というわけではありません。当社の社員はポテンシャルやこだわりを持っていて、泥臭く挑戦し、失敗を繰り返しながら成長していくタイプが多いのです。
当社には、平時は業務が過度に細分化されておらず、一人ひとりが広い領域をカバーし合うけれど、何か危機が訪れるとものすごい勢いで団結して対処するという風土がありました。
こうした社風のものと、それぞれの持ち場で個人の能力・スキルを一段も二段もレベルアップさせることができれば、総和として組織全体の力が飛躍的に向上するはずです。これからの厳しい競争環境を勝ち抜いていくためには、会社に守ってもらうのを待つのではなく、一人ひとりが自律的に力をつけ、「個」が強くなることが不可欠です。「個の能力向上」と「会社の成長」を車の両輪として回していくためには、制度として明確に「個」に焦点を当てる必要がありました。
■スズキが実施した人事制度改革の概要
- 職能資格制度の導入
(1)各職系・階層ごとの役割と社員一人ひとりの職務遂行に必要な能力要件を明確化した職能資格制度へ移行。
(2)各本部の職務で必要とされる知識・スキル・ノウハウ・経験を明示し、職務能力の増強に活用。
- 評価制度の見直し
(1)業績と職務能力の向上は別々に評価し、短期の業績は賞与に、職務能力は昇給・昇格に反映。これによりさらに挑戦できる環境の醸成を図る。
(2)能力評価の項目を明示し、上司と部下の相互コミュニケーションを通じて職務能力改善に取り組む。
- 60歳以降の働き方の見直し
(1)60歳を過ぎても、気力・体力・環境に問題がなければ、60歳時点の業務と給与を維持。
(2)全社レベルの人材マッチングと再教育による個の職務能力に最適な配置を実現し、60歳以上の方々が活き活きと働くことができる会社を目指す。
- 給与・手当・初任給の見直し
(1)職務と職能に基づく給与体系を導入。
(2)子育て支援、通勤、国内出向などの各種手当を見直し。
(3)初任給を大幅に引き上げ、若年層からの賃金カーブの立ち上がりを改善。
| 区分 | 2023年 | 2024年 4月以降 | 2025年 4月 |
|---|---|---|---|
| 院 卒 | 242,000 | 273,000 | 299,700 |
| 大学卒 | 220,000 | 251,000 | 276,000 |
| 高校卒 | 179,500 | 201,000 | 219,000 |
スズキ株式会社提供
異例の「半年」で成し遂げた制度設計と、現場の戸惑い
2023年の夏に検討を開始し、半年後には全社への説明を行い、翌年の春には導入というスピードは、これだけの規模の企業としては異例です。なぜこれほどまでに急ぐ必要があったのでしょうか。
これには経営陣、特に社長の鈴木俊宏の強い意志がありました。社内の組織改革や技術戦略の転換は既に進んでおり、人事制度改革は「最後の仕上げ」という位置づけでした。制度という「器」だけを作っても、そこに魂が入らなければ意味がありません。制度が変わり、人の意識も同時に変わらなければいけないという危機感もありました。
「2024年には何としても新制度を入れる」というデッドラインは、経営としての絶対的な決定事項でした。変化の激しい時代のスピードに取り残されてしまう。この数年が当社の将来を決める勝負の分かれ目だという強烈な危機感が、スピードを生み出した最大の要因です。私自身、2023年1月に人事部長を拝命した際、まさにこの改革を完遂するためにアサインされたと認識していました。
トップダウンの強い意志があったとはいえ、30年間変わらなかった制度が変わることに対し、現場の社員からは戸惑いや抵抗の声も上がったのではないでしょうか。
それはもう、大変な騒ぎでした(笑)。正直なところ、これまで人事制度とは「空気」のような存在だったのだと思います。良くも悪くも、毎日会社に来て仕事をしていれば、1年たてば自動的に給料がある程度上がり、職能等級も上がっていく。それが当たり前すぎて、そもそも自分たちがどのようなルールで評価され、処遇されているのかを知る必要すら感じていなかったのが実情でした。そこに突然、「制度を変える」という話が降ってきたわけです。「何が変わるんだ?」という不安が広がるのは当然です。
例えば、評価制度に関して言えば、以前から「相対評価」で運用していたのですが、その事実さえも正しく認識されていなかったように思います。そのため、今回の説明会であらためて制度の詳細を説明したところ、「頑張った人が報われる制度なら絶対評価にすべきではないか!」といった声も噴出しました。「絶対評価では育成につなげることや、レベルを合わせることも難しいので、これまでもずっと相対評価だったんですよ」と説明しても、長年の運用で形成された認識とのギャップを埋めるのは容易ではありませんでした。
そうした現場の反発や不安に対して、福田さんご自身はどのように向き合われたのでしょうか。
とにかく「対話」と「説明」を尽くすしかありませんでした。説明会を何度も開催し、私自身も可能な限り現場へ足を運びました。そこで痛感したのは、これまでの人事制度が非常にブラックボックス化してしまっていたという反省です。
制度の「How(どう変わるか)」ではなく、「What(何を)」「Why(なぜ変えるのか)」を徹底的に伝えることでした。「人事制度とは、会社が決めた単なるルールではない。会社が将来どうありたいか、そのために社員にどうあってほしいかというメッセージそのものだ」と訴え続けました。つまり「他社がやっているから」ではなく、「スズキの社員として成長してもらうためには、この仕組みが必要だ」というストーリーを、何度も何度も繰り返し語りかけました。
また、社員の不安や不満の声に対しては、まず「気持ちに寄り添う」ことを徹底しました。「急にそんなことを言われても不安だよね、その気持ちはすごくわかる」と受け止めた上で、「でも、会社として目指す方向はこちらだよね。やらなきゃいけないことはこれだよね」と、視線を未来に向けてもらえるようなコミュニケーションを意識しました。感情は否定しないけれど、進むべき道は譲らない。バランスを取るのには、多大なエネルギーを要しました。
「夏休みの宿題」と「アサガオの観察」――評価の本質
制度改革の中で、特に議論が紛糾したポイントや、現場の理解を得るのが難しかった点はどこでしょうか。
「評価」の部分です。これまでは「業績(実績)」と「能力」が混然一体となった運用がなされていました。極端な話、短期的な業績目標さえ達成していれば、能力評価も自動的に高くつくような運用だったのです。今回の改革では、「業績」と「能力」を明確に切り分けました。業績は賞与に反映し、能力は昇給・昇格に反映させる。つまり、たまたま数字が良かったからといって、能力評価まで上がるとは限らない仕組みにしたのです。
これに対して現場からは、「実績を出したのになぜ能力評価が低いんだ」「能力なんて目に見えないものをどうやって測るんだ」といった反発が相次ぎました。特に管理職からは、「低い評価(例えば5段階の2など)をつけるのが怖い」「部下に説明できない」という悲鳴にも似た声が上がりました。
どのようにして評価者である管理職の意識を変えていったのでしょうか。
人事評価とは人財育成そのものなのですが、そのことについて、先日の労働組合との協議の中で、「夏休みの宿題とアサガオの観察」という非常にわかりやすい例え話がありました。もちろん、社員がアサガオということではないのですが、人事評価は人財育成そのもので、それは日々行うべきことだ、という話です。非常に正しい理解だと思いました。
これまでの評価は、いわば「8月31日にまとめて絵日記を書く(笑)」ようなものであったという自省でした。期末の面談時だけ部下のことを思い出して、「彼は今期、業績が良かったから良い評価」「なんとなく頑張っていた気がするから、標準の評価としよう」などと決めていた。このような評価では、本当の意味での成長支援にはなりません。
本来あるべき評価とは、夏休みの間、毎日アサガオに水をやり、観察し育てることと同じはずです。「今日は葉っぱが元気だな」「ちょっと土が乾いているから水をあげよう」「虫がついているから取ってあげよう」。このように、上司が部下を日頃から観察し、その都度フィードバックを行っていれば、スピードや姿は違っても、一人ひとりが成長するはずです。
「評価が難しい、説明できない」と嘆く管理職には、こう伝えました。「『評価面談』というイベントだけで全てを決めようとするから難しいのです。育成として日々の部下に対する観察と対話をやっていれば、成長は目に見えるし、その評価は自然と決まるものです」と。期末評価だけにとどまらず日々の評価と助言をすることの大切さが少しずつ管理職の腹に落ちたように感じています。

今回の改革で印象的なのが、給与水準の引き上げです。あえてコスト増となる選択をされた背景には、どのような経営判断があったのでしょうか。
まず、当社の給与水準が業界他社、特にベンチマークとしてきた競合他社と比較して劣後してしまっていた現実がありました。採用競争力を高めるためにも、ベースアップは不可欠でした。しかし、それ以上に強かったのは、経営陣の「社員への投資」に対する確固たる意思です。
私たちは今回の改革を、単なる制度変更ではなく、会社を成長させるための「先行投資」だと捉えています。社員の能力が上がり、稼ぐ力が強くならなければいけない、ということを常々経営陣から発信してもらっています。甘やかしではなく、覚悟を問うものでもあるのです。
管理職の役割も、これまでとは大きく変わることになりますね。
はい。これまでは「プレイングマネジャー」であることが当たり前で、自らも最前線で走りながら部下を見るスタイルが称賛されてきました。しかし、これからは「選手兼監督」は辞めてもらいます。「皆さんが優秀なプレーヤーだったことは知っています。でも、これからはベンチから采配を振るい、選手を育てる『監督』の仕事に専念してください」と伝えています。
「忙しくて部下を見る暇がない」というのは、もはや言い訳にはなりません。部下の育成こそが管理職の最大のミッションであり、それができなければ組織の成長はない。このマインドセットの転換には時間がかかりますが、研修などを通じて粘り強く働きかけています。
「働きがい」と「生きがい」が循環する組織へ
これだけの大改革を、短期間かつ強力なトップダウンで進めるにあたり、人事部門と経営陣はどのように連携を図ったのでしょうか。
このスピードを実現できた最大の要因は、経営陣との密度の高いコミュニケーションでした。検討を開始してからの半年間は、週に2回から3回、社長と人事部門が直接議論する時間を確保しました。多忙を極める社長が、このプロジェクトを最優先事項として人事制度改革の先頭に立ってくれたのです。
打ち合わせの場で「スズキをどういう会社にしたいのか」「社員にどうなってもらい、それに対しどう報いるのか」を膝詰めで議論し続けました。人事担当者が持ち帰って検討するのではなく、その場で決断し、即座に修正する。この繰り返しがあったからこそ、経営の意思が細部にまで宿った制度を作り上げることができたと確信しています。
制度設計では「ぶれない軸」を持つことが重要です。現場の声を聞きながらも、軸をぶらさずに、制度改革をすすめること。経営陣と強固なスクラムを組み、「この会社をこうするために、まずはやってみるのだ」という確固たる信念を共有できていれば、どんな意見があっても説明を尽くすことができます。今回の改革で私が最も手応えを感じたのは、この点でした。
制度導入から約1年半が経過しました。社内の変化をどのように感じていらっしゃいますか。
中堅層を中心に、明らかに変わってきました。これまでは年功序列の壁に阻まれ、閉塞(へいそく)感を抱いていた社員たちが、「頑張れば報われる」という事実に気づき、仕事に取り組み始めています。
一方で、年功だけで高い処遇を得ていた層からは、「居心地が悪くなった」という声も聞こえますが、これは健全な新陳代謝の始まりだと捉えています。「船にただ乗っているだけの乗客」ではなく、全員が「こぎ手」にならなければ、この激流は乗り越えられないと考えています。
最後に、今後の展望についてお聞かせください。人事制度改革に「完成」はあるのでしょうか。
人事制度に完成はありません。社会情勢や会社のフェーズに合わせて、枝葉の部分は常にチューニングし続ける必要があります。実際、導入から2年目以降に向けて、既に見直している部分もあります。
しかし、根幹にある思想は変わりません。今後は、この新しい制度を土台として、社員の「ウェルビーイング」の実現により注力していきたいと考えています。スズキで働くことで個人の能力が高まり、それが仕事のやりがいにつながる。会社を離れた私生活でも、地域社会や家庭でその能力を発揮し、豊かな人生を送ることができる。
「スズキにいて良かった」「この会社でもっと成長したい」。社員が心からそう思えるような、働きがいと生きがいが好循環する組織を目指して、これからも改革の手を緩めることなく進んでいきたいと思います。
※記事中の写真はスズキ株式会社提供
(取材:2025年12月17日)
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