新卒採用で会社を変える、業界を変える
徹底した「社員第一主義」を貫く、国際自動車の若手採用・育成の極意
国際自動車株式会社 専務取締役
渡邉 啓幸さん
学生一人ひとりに30時間 悩みや不安に寄り添う選考
新卒採用の「選考フロー」で大切にしていることを教えてください。
当社の採用活動は、学生一人ひとりに費やす時間がとても長いんです。会社説明会は3時間ですし、丸一日かけて行うグループワークもあります。内定を出すまでに費やしている時間は学生一人あたり30時間。最後の役員面接で、私が「皆さん、大変長い選考にお付き合いいただき、本当にありがとうございました」というと、笑いが起きるくらいです。「そんなに時間をかけると学生に嫌がられるのではないか」「選考辞退につながるのではないか」という意見もあるでしょう。しかし当社では、「採用にかける本気」を伝えなければスタートラインに立てないと考えました。タクシー業界初の新卒採用というと、ただ単に話題づくりのためにやっていると誤解されやすい。1年か2年やって、うまくいかなければやめればいい、という話ではありません。私たちは新卒を採用したいと真剣に考えています。新社会人としてイチから育てていく意思があります。そのことを学生にわかってもらうために、労を惜しまず、一人ひとりに徹底的に向き合っています。
「あなたの夢を応援します」というのが、採用活動で大切にしているメッセージです。当社には、「将来起業するための資金を稼ぎたい」「働きながら絵を描いて30歳で個展を開きたい」といった明確な目標を持った若者が、たくさん入社してきます。もちろん、一方で学校を卒業する時点では夢を描けていない人もいますが、その一人ひとりに対して「一緒に夢や目標を考えよう」と誠心誠意向き合っています。1時間の個人面談が2時間に伸びることも、よくあります。他社で選考が進んでいる学生に、真剣にアドバイスする社員の姿もよく見かけます。その他大勢ではなく、一人の人間として学生と向き合う。お互いに欠点をさらけだして、弱みも個性として認め合う。新卒採用スタッフの真摯な姿勢が、100人を超える入社結果につながっていると感じています。
選考に十分な時間をかけ、お互いに本音で話し合うことで、会社と学生、双方の理解が深まるわけですね。長い選考フローが、内定辞退率の低下につながっている手応えはありますか。
そうですね。この選考スタイルが「志望動機の醸成」や「内定辞退率の低下」につながっていると思います。たとえば「親御さんが入社に反対している」とか「他社と迷っている」という話を選考過程で打ち明けてくれるので、悩みや不安を解消するためのアクションを早めに起こすことができます。
当社では月1回、学生のご両親も参加できる「オープンカンパニー」というイベントを開催しており、毎回20~30組のご家族が参加されています。息子さんや娘さんから「大学を卒業したらタクシードライバーになりたい」と言われて、反対されるご両親は多いのですが、現場で活躍している先輩や新卒社員の姿や工場のハイテクな設備を見ることで、当社の就業環境、メカニック技術や安心安全への姿勢を実感できると思います。参加者アンケートでは8割以上の方から「タクシー会社へのイメージが変わった」という回答をいただき、なかには「息子を安心して預けられます」とおっしゃってくださる方もいます。まだまだ内定辞退率は低いとはいえないのですが、職場の実情を正しく伝えていくことは最低限必要なことだと考えています。
新卒にとって魅力ある職場へ、業界の慣習をぬりかえる
毎年、コンスタントに新卒社員が入社することによって、組織や職場にはどのような変化が起きていますか。
営業所の雰囲気が明るくなりました。新卒採用を始めるまで、当社の平均年齢は56歳。これでも業界平均よりは低い数字だったのですが、今年4月で平均年齢はなんと49.9歳に。50歳を割って、組織は大きく若返りました。新卒採用を始めた当初は正直、60代のおじさんばかりの職場に若い人たちが飛び込んでくることに不安がありました。「寡黙なベテランたちは、若手とコミュニケーションをとれるだろうか」「若い人たちは職場になじめるだろうか」と。しかし、その心配は杞憂でした。特にベテラン側は、若い人に教える機会を与えられたことで張り合いが生まれたようで、以前にも増してイキイキと働いています。教えることが嫌いではないようで、若手に質問されると、しっかりと説明していますよ。
また、新卒が入社してくれたことで、「業界の当たり前」を見直す機会が増えました。実は、業界ではお客さまへの釣り銭をタクシードライバー個人が用意するのが長年の慣習でした。私たちにとっては当たり前だったので、入社前には特に説明もしていなかったのです。入社して初めてその事実を知った新卒はみんな一様に、「えっ? 会社が用意してくれないの?」と驚きました。実際、入社したばかりで、少ない給料のなかから数万円を釣り銭として確保することは大変です。お客さまを乗せているときに「釣り銭が足りなくなったらどうしよう」とひやひやしていれば、ホスピタリティの低下にもつながりかねません。
新卒社員に対して、「業界の慣習に従いなさい」と伝えることもできました。しかし、これこそ変えなければいけないことだと思いました。こういう小さな疑念や反発、ほころびが積み重なれば、次第に社員の心が離れていくからです。そこで、多額の費用をかけてシステムを導入し、業界で初めて「釣り銭は会社が用意する」スタイルに切り替えました。常に結構な額の資金が釣り銭として必要ですから大きな決断でしたし、業界でもかなり驚かれましたね。
このことに限らず、社員から発せられるさまざまな意見や声を会社が吸い上げられるように、日ごろから気を配っています。井戸端会議のような場で交わされた小さな意見こそ、会社を変える大切なヒントが隠されているものです。実際に立ち話のような提案も、社員から班長へ、営業所から本社へと、きちんとあがってきています。よい意見を着実に実行していくことで、社員が声をあげやすい風土が生まれるのではないでしょうか。
貴社では業界で初めて、運送約款を変更しています。運転手へのモラルハラスメントやセクハラ行為への対処を目的とした変更とのことですが、そのような取り組みも、新卒採用から派生したものなのでしょうか。
今年4月の新卒者137人のうち、女性ドライバーは28人。年々、若い女性ドライバーが増えています。会社としては、女性ドライバーは日中の勤務を希望するだろうと想定していましたが、働き方の自由度が高く収入増が見込める「夜間の勤務がしたい」という声があがってくるようになりました。ただ、夜間は酒に酔ったお客さまを乗せることも多い。以前から酒に酔った男性のお客さまが運転中の女性ドライバーの体に触れたり、食事やデートに誘ったりする被害が問題になっていました。運転席と客席の間に防護板を設け、遮断する方法も検討しましたが、当社が大切にしている、おもてなしや接客の心に反します。セクハラやモラハラがあるのは、ごく一部のお客さまです。
そこで、もしも被害があった場合には、お客さまにタクシーを降りてもらえばいいのではないか、と考えました。ただ、従来の運行約款ではそれができません。前例のないことではありましたが、国土交通省に相談し、乗客に対して乗車拒否や運行中止、慰謝料の請求ができるよう運送約款を変更しました。変更直後は、前部座席のヘッドレストに注意事項を記したチラシを掲示し、お客さまへの周知を図りました。