酒場学習論【第47回】
月島「rosecoton」と「人事キャリアの主流の変遷」
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
皆さんはロゼワインをお飲みになるでしょうか。今回ご紹介する酒場「rosecoton」に出会うまで、私は人生で数杯しかロゼワインを飲んだことがなかったように思います。ちょっと甘めで、お酒を好まない人が飲みそうな、ワインの中でも傍流中の傍流のような存在だというイメージを持っていました。

店頭にロゼ色の胡蝶蘭が出ているのが営業中の合図
「rosecoton」のある月島は、急速に再開発が進み、タワーマンションが林立していますが、それでもまだ風情のある路地が多く残っている大好きな街です。ある晩、路地の一つをふらふらと巡っていたところ、この酒場に出会いました。ロゼワインの専門店だといいます。おそらく初回訪問時だけで、それまでの人生で飲んできたロゼワインと同じくらいの杯数を飲んだかもしれません。
この酒場では席につくと、まず4本程度のロゼワインをカウンター上に並べて、1本1本を丁寧に説明してくださいます。そこから選んでいくわけですが、当然、1杯では終わらず、並べられたボトルを一通りいただくこともあります。

席に着くや否や、数本のボトルがカウンター上に居並びます
この酒場に通うようになると、ロゼワインへのステレオタイプ的な見方が良い意味で壊されます。ロゼというのは、フランス語の「ローズ」が語源だといいますから、色はピンクがベースです。でも、とても薄いピンクから、赤じゃないかと指摘したくなるようなピンクまで、バリエーションはとても広いのです。
味も同様で、ロゼは甘いワインという先入観は消え去ります。甘めのものもありますが、とてもすっきりとしたものが多く、幅広さがあります。どうやら、私はロゼワインについて、限定的な経験から誤った不十分な知識を得て、その良さを知ることなく生きてきたようです。

飲み比べも楽しい
似たような立場のお酒がもう二つあります。燗酒とテキーラです。いずれも私が大好きな酒ですが、飲んだ次の日は二日酔いになるイメージがあるという方も多いのではないでしょうか。若い頃、先輩に熱燗をなみなみとつがれて、翌朝ひどい二日酔いで目覚めた記憶のある人は、燗酒をそうとらえがちです。罰ゲームのようにテキーラのショットの一気飲みをさせられ、記憶を失った経験のある人も、テキーラをそうとらえがちです。しかし、それは完全な誤解です。まともな燗酒やテキーラほど、翌朝に残らない酒はありません。
タイプは違いますが、ロゼワインも同じように過去の経験による被害を受けている酒のように感じます。皆さんもこの酒場を訪問して、ぜひ、自分の常識を打ち破ってみてください。
さて、ロゼワインをワインの中では傍流だといいましたが、何の世界でも主流と傍流はあるものです。しかし、時代とともに傍流が少しずつ主流に近づいていくこともあります。私は営業担当として社会人のスタートを切りましたが、30歳に近い頃に人事部に異動しました。最初の担当は、採用です。採用担当は、人事のキャリアとしては傍流だといっていいでしょう。採用がキャリアの軸だという人事部長は、ほとんどいないのではないでしょうか。
それでは、人事のキャリアの主流は何でしょうか。古くは、労務だったように思います。日本の主要産業が製造業だった頃、組合対策・組合交渉は企業にとって極めて重要でした。これを一気に担っていたのが労務屋という立場の人たちです。ホワイトカラーの社員を担当する人事部とは別に、ブルーカラーの職員を担当する労務部があった時代です。力関係は人事部よりも労務部の方が上だったといえます。かつて企業の人事トップのほとんどは労務畑の人だったのではないでしょうか。
しかし、バブル崩壊の頃から、人事のキャリアの主流は、制度企画に移ります。大手企業が先を争うように成果主義人事制度を導入し始めた頃の話です。その後、人事部長の大半は制度企画系の人が占めるようになったように思います。
そんな中で、常に採用と人材開発は人事のキャリアでは傍流だったといえます。しかし、大きく変わってきているように感じます。採用という仕事は、最後まで主流のど真ん中にはなれない仕事かもしれません。しかし、未曽有の人材不足・採用難の中、採用の役割は飛躍的に高まっています。どんなによい人事制度があっても、優秀な社員が入らないことには始まりませんから。
人材開発はさらに違った様相を見せています。私もそうだと自認していますが、人材開発を主たる人事キャリアとしている人事トップが増えてきているように感じます。10年前にはほとんどいなかったのではないでしょうか。キャリア開発・組織開発も含んだ広義の人材開発の重要性が、ますます高まっています。良い人事制度を創り、しっかりと運用することの重要性は変わりませんが、それだけでは組織が機能しなくなってきているのです。組織の中に入り込み、一人ひとりの社員と対話を続けることで、ようやく良い人事制度は生きてきます。
人材開発そのものも、大きく変遷を遂げています。人材開発担当者に求められる専門性も、さらに高まっています。人事のキャリアとしても、人材開発の時代が到来するのではないかと感じています。労務屋、制度企画屋の時代の次は、人材開発屋の時代が来るのではないでしょうか。
さて、話を「rosecoton」に戻しましょう。この酒場は小さいながら2階もあるのですが、いろいろと工夫して常にワンオペで回しています。そして、私にとってこの酒場の大きな魅力は、お通しで出てくる、ビーツのサンドイッチです。ロゼ色のサンドイッチがとにかく美味しい。ここにいるとロゼワインに対して傍流感を一切感じることはありません。世の中、変わってくるのです。
燗酒とテキーラとロゼワインが、多くの人からまっとうな評価を得られる時代が、もう少しで到来するかもしれません。そして、人材開発の重要性をどの経営者もが認める時代も、もう少しで到来しそうだと感じています。

名物のビーツのサンドウィッチが美味しい

- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。

HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
連載をフォローすると、新着記事が掲載された際にメールでお知らせします。
フォローするには『日本の人事部』への会員登録(無料)が必要です。